株式会社神戸製鋼所は言わずと知れた日本を代表する大手鉄鋼メーカー。他の鉄鋼メーカーと異なり複合経営に特徴を持ち、エンジニアリング事業では社会インフラである鉄道のシステム構築や保守においても強い存在感を示している。同社は東京都交通局が運営する新交通システム「日暮里・舎人ライナー」の建設に携わり、開業後も電気設備の保守点検業務を受託している。保守の現場では、Claris FileMaker(以下、FileMaker)によって開発したシステムを活用し、業務の効率化を進めているという。今回は、重要な社会インフラを縁の下から支える神戸製鋼のデジタル化の取り組みをレポートする。
エンジニアリング力を生かし、メーカーの垣根を超える総合的な保守を実現
2008年に開業した日暮里・舎人ライナーは、東京都交通局が運営する案内軌条式鉄道(AGT:Automated Guideway Transit)の新交通システムで、運転士なしの自動運転で走行するという大きな特長を持っている。電車とバスの間の役割を担う交通機関として、東京都荒川区の日暮里駅と足立区の見沼代親水公園駅を全13駅・営業距離9.7kmで結び、通勤・通学をはじめとした地域の日常生活を支える足となっている。
日暮里・舎人ライナー建設時、神戸製鋼は長年培った新交通システム建設の経験を生かし、同路線の信号設備や通信設備、ホームドア設備等の建設工事を請け負った。そして完成後も、東京都交通局からの委託を受け、24時間・365日体制で電気設備の保守点検業務に臨んでいる。電気設備とは、変電所の変電設備、軌道上の電車に給電する電路設備、運行時の制御情報等をやり取りする信号設備、インターホンや無線などの通信設備、そして駅の照明や感知器といった機械設備の総称で、さまざまなメーカーの設備が含まれている。日暮里・舎人ライナーの電気設備保守点検業務を担う藤原 雄輝氏は次のように解説する。
「鉄道のような大きなシステムは、多様なメーカーの製品やシステムを組み合わせて構築されていますが、各メーカーでは自社製品のみを保守の対象としていることが多い傾向にあります。当社はメーカーの垣根を超えた総合的なシステム構築や保守を行っており、各メーカーの特徴や強みをよく理解しながら、システム全体の観点から効率的かつコスト削減につながる提案が出来るという強みを持っています」(藤原氏)
膨大な量の報告書や伝票……、書類管理で直面した課題とは
日本の鉄道は、世界の交通機関の中でも高い定時性を誇っており、多くの乗客が「電車は時間通りに来て当たり前」と考えていると言われている。それゆえ、問題を発生させないこと、また障害が発生した際にどれだけ速やかに対応できるかということが重要であり、それらを担う鉄道保守業務を徹底することは、鉄道の交通機関としての価値と安全性を高めることにつながる。
同社は前述の変電・電路・信号・通信・機械の5種類の設備、100以上の装置に対して、日々の定型的な保守点検業務と、突発的に障害が発生した際の非定型対応業務を行っている。このうち後者の非定型業務は、設備の故障やトラブルに対処したり、軌道上に飛来物が入り込んだ場合にはそれを取り除いたりなど、予測できない事象に対して可能な限り短い時間で対応する業務だ。
これらの点検作業は、一つの作業につき7種類ほどの報告書や伝票をExcelやWord、手書きなどで作成し、日勤・夜勤の引き継ぎに活用したり、紙に出力して東京都交通局に提出していた。こうした膨大な書類の管理で課題が生じていたと所長として責任者の立場を担う福村 孝史氏が語る。
「障害が発生した際は、過去に同様の事例がないか毎回伝票を確認するので、後から検索できるようにExcelやWordで作成した伝票のファイル名を事象内容にしていました。ところがファイル名だけでは的確な検索が難しいうえ、人によってタイトルの付け方が異なる場合もあります。書類ごとに採番しているのですが、人的作業のため番号が重複してしまうこともありました。さらに、古い事例の場合はデータがなく、紙の伝票を書庫に格納しているケースもあるため、探し出すのに長い時間を要することがありました」(福村氏)
FileMakerのシステムで過去の伝票を迅速に検索
迅速な障害対応を目指し、データの検索性を高めるために、神戸製鋼は2018年にデータベースを構築することを検討しはじめた。そのプラットフォームとして選ばれたのがApple Inc. の子会社で Claris International Inc. が提供する Claris FileMakerである。
従来ExcelやWord、紙で行っていた日暮里・舎人ライナーにおける書類作成業務を改善するために、IT部門と協力してプラットフォーム選定を行った。既に他の現場で導入されていたFileMakerで構築していたシステムが参考例となり、当プロジェクトでも各書類の検索性向上や効率的なデータ管理を実現できると判断されFileMakerの採用に至ったという。その後のシステムの改善に藤原氏が任命された。現在は、神戸製鋼は全社的にDXを推進しており、デジタル技術を活用して現場の効率化を図る動きがある。そのうち、日暮里・舎人ライナー保守業務の現場におけるデジタル化の牽引役として藤原氏が活躍されている。
システム構築に際してはIT部門と協働し、他の現場で使われていたものを日暮里・舎人ライナーの業務に合わせて改良し、「電気設備保守管理システム」を開発。構築の過程においては、事前に打合せを重ね、現場で作成している書類の種類や、フォーマット、運用状況等を細かく伝えて、それをシステムに落とし込んだので、導入がスムーズに行えたと振り返る。導入については、登録する書類の数が多かったことから段階的に開始した。まずは手書きの書類ではなくExcelで作成していた不良・障害処理伝票から移行が進められた。
不良・障害処理伝票は、事象の種類・規模にかかわらず1件ごとに1枚作成する。例えば軌道上に飛来物が入り込んでも1枚、照明の電球が切れても1枚となるため、その数は年間で膨大な量になる。電気設備保守管理システムには過去10年以上のデータが登録されており、累計で3,500件を超える不良・障害処理伝票が格納され、FileMaker上で書類作成を行える。システムの切り替えにおいても、苦労はなくスムーズに移行できたと藤原氏は言う。
「もちろん最初は慣れない部分もあったと思いますが、一度慣れれば作業スピードは格段に上がります。書類がデータベース化されたことで設備・日付・問題箇所等から過去の伝票を迅速にピックアップできるようになり、検索性が大幅に向上したと現場からは好評を得ています。業務効率化に加えて原因究明と処置をスムーズに行えるようになった点は大きな効果ですね」(藤原氏)
またFileMakerで自動採番できるので、書類の番号が重複してしまう問題も解消。そのほかにも、書類作成に際し、過去に同様の文言が使われているものも迅速に見つけられるため、それらを参照することで書類作成のスピードも上がる。このように伝票を探す手間や書類作成負荷の軽減により、作業時間が大きく減ったことを実感しているという。
現場で必須の作業看板もFileMakerでデジタル化
FileMaker Pro のアプリ展開に並行して、同社では現場へのiPad(FileMaker Go)の導入も進められた。このiPad用アプリには作業看板のフォーマットを入れており、現場の業務効率化に貢献している。
現場作業の際は必ず作業状況と作業内容・場所・日付・受注者等の情報を記載した看板の写真を残す必要がある。従来はホワイトボードの作業看板に手書きで情報を記していたが、作業状況ごとに看板の書き換えが発生するため、業務効率の悪さが課題となっていた。作業内容や日付が記載されたマグネット付きのラベルを導入するなど、効率化のために試行錯誤が重ねられていたが、ラベルの枚数が増えるにつれ効率化とは遠くなり、ときには現場でラベルを落として紛失し、作業後の列車の運行に支障を与えかねなかった、ということもあったという。
藤原氏は「作業看板のフォーマットをFileMakerで作ることで、iPadの画面をタップして項目を選択し、そのiPadの画面を作業看板とすることができます。これにより大きなホワイトボードやマグネットを現場に持っていく必要もなくなり、かなりの効率化が図れると考えました」と語る。
実際に導入すると、機能自体はシンプルであるものの効果は絶大。ラベルの印刷が不要になり、ラベルの作り忘れはもちろん、モノを持ち運ぶ手間や現場でラベルを紛失する心配もなくなったと現場からは高い評価を得ているという。
「モノの量が減るのはそれ自体が大きなメリットですし、取り違いなどのリスクも減るので、安全性向上の点でも効果があると考えています」と福村氏も効果を実感する。
「地味でも確実に現場を良くする」社会インフラ維持に重要な保守デジタル化の心得
FileMakerの導入によって、日暮里・舎人ライナーにおける保守点検業務のデジタル化へ一歩踏み出した神戸製鋼。今後は、検査表や作業報告書などすべての書類のデジタル化を進め、完全なペーパーレス化を目指しつつ、今回の取り組みを通じて、東京都が推進しているDX化の動きに積極的に貢献していきたいと言う。また、この取り組みは同社内の他の分野のプラントを運営する部署からも関心を寄せられているそうだ。
「デジタル化やDXというと、革新的なイメージが持たれやすいと思います。ただ、どれだけ革新的な仕組みを導入しても、現場で受け入れられなければ意味がありません。現場に即したシステムを実現できるよう、作業員に細かくヒアリングを行い、運用していくなかでも簡単なシステム改修を現場で行いながら、システムの最適化を図ってきました。一見地味な取り組みであったとしても、確実に現場の負荷を軽減するものを作ることが何よりも重要だと感じています」と藤原氏は今回の取り組みを振り返る。
また福村氏は「デジタル化のために現場の作業を変えて何か問題が起きてしまったら本末転倒です。まずは現場に説明し合意を得たうえで、できるところから少しずつ取り組んでいくことが大事だと、今回のFileMakerの導入を通して改めて実感しました」と語る。
高い定時性を誇る日本の鉄道は、細かな点検作業や膨大な量の書類作成など保守作業員の努力に支えられている。そうした保守業務を効率化することは安全性の確保や障害時の迅速な復旧、ひいては障害の減少にもつながるため、社会全体にとっても大きな価値を持つ取り組みだ。今回の神戸製鋼のDXを起点に、FileMakerは社会インフラの維持管理において今後もシステム面から貢献していくことだろう。
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