三豊市は香川県の西部に位置し、2006年1月、7つの町が対等合併することにより誕生した。現在の人口は6万人を切っており、人口減少、教育、少子高齢化などの課題があるという。そこで同市は、これらの課題をAIによって解決しようとしており、そのための人材育成に積極的に取り組んでいる。
6月20日には、三豊市市長 山下昭史氏が、東京・六本木で開催された「Intel Connection 2023」において、同市の人材育成の具体的な取り組み内容と成果について説明した。
デジタルの力で海水浴客が100倍に!
三豊市がAI人材の育成に取り組むきかっけになったのは、1枚の写真だという。
「観光協会の女性が写真(父母ヶ浜(ちちぶがはま))を撮って、SNSに載せたところ、2016年に年間5,000人だった海水浴客が、51万人まで増えました。これ受け『デジタルはすごい!』ということを実感したわけで、われわれはデジタルに舵を切ったということです」と、山下氏は説明した。
ただ同市は、デジタル化に舵を切ったといっても、自治体だけでこの取り組みを進めるのは難しいと判断し、市民・企業・行政が一体となった取り組みとして進めるため、新たな共助を構築することにしたという。山下氏は、その上で重要になるのが「人材」だと語った。
「自助、共助、公助のスキームの中で、企業さんはいろいろな技術や知見を持っています。そして市民が望んでいるのは、暮らし続けたい街であること、そして幸せであることです。まさに、それが幸福度ということです。ここを結ぶには人材が必要です。これは市役所の人間である必要はなく、企業の人でも、市民でもいいわけです」(山下氏)
MAiZMを設立し、人材育成を本格化
そこで同市は2018年6月、山下市長の高校の後輩という縁で、東京大学大学院 工学系研究科 松尾豊教授を講師にAI・人工知能講演会を開催。同年8月には、松尾研究室、香川高等専門学校(香川高専)、三豊市の3者において、人工知能(AI)技術による地域活性化のための連携協力を締結した。
さらに2019年には、「松尾研究室 みとよサテライト」を三豊市財田庁舎内にオープンし、三豊市、松尾研究室、香川高専、互助会員企業などで運営する「一般社団法人 みとよAI社会推進機構」(通称:MAiZM(マイズム))を設立した。
MAiZMでは、「AI人材育成」、「AI技術による地域課題解決」を推進。スタートアップ支援やAIセミナー、プログラミング体験会などを行っており、近隣4市3町連携の「小学生プログラミング体験会」は、約300名の募集枠が1日で満員なるほどの人気だという。
また、AIサマースクールも開催し、AIやデータサイエンスに関する技術について正しく理解してもらうとともに、実際のプログラミング演習を通して、深層学習モデルを実装できる能力を集中的に習得してもらおうとしている。
Well-beingの向上を目指して
同市が、共助領域のデジタル化、DXで解決を目指す最優先課題が人口減少だ。この対策としては、市民が幸せを感じる“Well-being(ウェルビーイング)”の向上が必要だと山下氏は語った。
「なぜ、Well-beingなのかというと、住民が幸せじゃないと街から出ていきます。あっちの街の方がいい、あっちの市の方がいい、子育てはこっちの方がいい。本当に露骨に移動していきます。そういった面で、Well-beingをまず向上させなければいけない。Well-beingが上がっていくと、住民が自分の街を好きになる。三豊市は、こんなこともできる、あんなこともできる、あんなこともやってくれるということになると、自分の街だと思えるようになります」(山下氏)
Well-beingの向上では慶応大学の前野研究室と連携し、LWC指標*(Liveable Well-Being City)活用フローに沿って、アンケートやワークショップを実施。まず、市の課題を俯瞰することから始め、市民の幸福感を高める因子を探し出し、市民の幸福感を向上させるシナリオを可視化。ワークショップを実施しながら、市民と職員がディスカッションしていく。その後、幸福感を高めるための施策を決定し、実行する。そして、目標に対する達成度をモニタリングして改善していく。同市は、このサイクルを作り上げていくという。
山下氏によれば、Well-beingの向上で重要なポイントは、どういうところに課題があり、市としてどこを目指していくのかを明確に市民に示すことだという。
「現状のポジショニング、そこに生活の変化を加えていくとどうなるのか、住民の状況がそれによってどう変わっていくのか。そして、それが地域全体にどう広がっていくのか。これをまさに共助の世界で、職員だけではなく、市民も知っていきましょう、共有していきましょうということを三豊市としてはやっています」(山下氏)
AIをより身近なものにするためにインテルと協定を締結
山下氏によれば、三豊市が目指す人材育成は、AIの専門家を育てることではないという。
「必要なのは、企業と市民との間を結ぶ一つのかけ橋、そういった人材です。AIというのは、どうしても身近なものにできない。だから、今、必要なのは、AIをどうやったら使えるのか、うちの街のこれに使えるのではないかといったアイデアにつなげることです。こちらの方が、人材育成としては重要だと思います」(山下氏)
そこで三豊市とMAiZMは昨年の9月、AIをより身近なものにするために、インテルとテクノロジーの活用によるスマートな社会の実現を目的に協定を締結した。
国は、デジタル技術の活用により、地域の個性を活かしながら、地方の社会課題を解決し、地方活性化を加速する「デジタル田園都市国家構想」を推進しているが、インテルも、日本のデジタル人材育成の遅れに危機感を持っており、インテル・デジタルラボ構想を推進している。三豊市との協定もその一環だ。
インテル・デジタルラボ構想では、小中高学校向けにSTEAM教育を提供する「STEAM Lab」、クリエイターのコンテンツ制作を支援する「Creative Lab」、高等教育・企業・一般市民向けにAI教育を行う「AI Lab」、地方自治体・企業向けにDX/DcX研修を提供する「DX/DcX Lab」 構成で構成される(DcXは、データ・セントリック・トランスフォーメーションの略)。
三豊市との協定においてインテルは、社会課題の解決に向けたデジタル人材育成と実装への取り組みを支援する。具体的には、「DX/DcX Lab」を通して、地域の事業者や自治体職員向けの地域課題解決のためのDXを学ぶワークショップや、起業家や高専生を対象に「AI Lab」を通した、デジタル人材に必要なスキルを学ぶワークショップを開催。また、市民、社会人、学生など対象にデータサイエンティスト養成コースにおいて、インテルはコースの企画と講師の派遣を行う。
今年の5月には、インテル 代表取締役社長 鈴木国正氏が、ワークショップが行われている三豊市庁近くにある「瀬戸内暮らしの大学」を訪問。
瀬戸内暮らしの大学は、地域内外18の企業と個人が集まって設立され、年齢や居住地に関係なく全ての人が” ~地元がキャンパス・みんなが先生~”をコンセプトに、様々な講座を学び、そして先生となって教えることもできる市民大学として設立された。
その瀬戸内暮らしの大学で鈴木氏は、「重要なのは、参加する人たちの意識であり、志(こころざし)、何かを求めていくことです。われわれは、今回のように協力してくれる方々が後ろでしっかり支えている体制を全国に広げていきたいと思っています。インテルはいろいろなことをやっていますが、最終的には人材が重要だと考えています。インテルとしても、その部分に力を入れていきたいと思います」と挨拶した。
また、同日には、三豊市市長の山下氏とインテル 鈴木社長が人材育成で会談。三豊市の人材育成の進捗や課題、インテルの支援策について、意見交換が行われた。
人材育成の成果
三豊市のこういった活動では、すでに成果も出始めている。具体的には、ここ数年で、香川高専の卒業生が、計3社のベンチャー企業を立ち上げた。
Pandaは、AIを用いたシステム開発・研究を行っており、三豊AI開発は、送配電事業者向けのAI送電線点検システムなど、人工知能(AI)技術に関する 研究・開発社会課題解決のためのソリューションの開発を手掛けている。またD-yorozuは、これまでにAIカメラを活用したイノシシ捕獲用箱罠、自動草刈り機、健康状態見守りシステム、混雑情報発信システムなどを開発しており、デジタルの万屋として地方課題の解決する事業に取り組んでいく。
5月27日には、インテルの鈴木社長とD-yorozuのメンバーとの懇談が行われ、会社設立の経緯や現在開発中の製品、経営課題などにつて、意見交換を行った。
また、インテルの鈴木社長は同日、香川高専も訪れ、施設を見学するとともに、香川高専の現状とAI人材育成の活動内容について、学校関係者から話を聞いている。
いまの三豊市が課題として捉えている過疎化や少子化といった社会課題は、香川高専にも影響を与えており、学校としても取り組むべき課題となっている。香川高専で学び、育った若者が学校で培った知識や技術を地域に還元してもらえるよう、インテル・デジタルラボ構想にも参画し、「STEAM教育」の取り入れなどを行っているそうだ。
その他に、三豊市では人材育成とあわせて、”新たな共助の構築”の一環として多数のプロジェクトも推進しており、鈴木社長は地域内外の企業や人々が街を盛り上げている様子や、施設もいくつか見学した。
SNSに投稿された写真がきっかけで有名となった「父母ヶ浜(ちちぶがはま)」は、今や年間約50万人が訪れる観光スポットとなっており、夏の海水浴シーズンはもちろんだが、夏以外のシーズンでも観光客が集まっているという。
そこで父母ヶ浜では、どのシーズンに来ても楽しんでもらえるように、仁尾育ちの今川宗一郎氏がプロデュースした宗一郎珈琲や、地元の特産品を販売するショップなど、多数の施設を地元住民が中心となり運営している。
さらに、地域住民が豊かに暮らしていけるように、デジタル技術を活用した新たな共助サービスの開発や、地域活性化のための、観光客の受け入れ施設の拡充なども行っている。 その中で、地元企業が協力しあい新たな街の交通を考え誕生したサービスがmobiである mobiはアプリや電話で簡単に呼ぶ事ができ、AIを活用してエリア内を循環する新感覚の相乗り交通として、通勤・通学・お出かけなど地元住民の生活にはもちろん、観光客に向けても快適な移動手段として役立っている。
また、廃業した酒蔵を改修し、ユニークなコンセプトを掲げ運営する一棟貸しゲストハウス「三豊鶴TOJI」や地元企業が出資し誕生した一棟貸しの宿「URASHIMA VILLAGE」の取組みも、町全体で観光客を受け入れることで地域の活性化に貢献している。
「瀬戸内ワークスレジデンス GATE 」では地域の仕事を紹介し、三豊市の暮らしにチャレンジする人を応援する場としており、新たなスタイルで三豊市を訪れた方と地域住民のコミュニティをつなぐ役割を果たしている。
山下市長は「Intel Connection 2023」の講演の最後で、地方においては、デジタルやAIをいかに使い切れるかが重要だと語った。その理由を同氏は、「地方に行けば行くほど、大きなコストの一つは人件費になります。人がいないので人件費が高いというのが理由の一つですが、そういう意味で、(人の代わりとなる)デジタルやAIをどんどん投入していかなければいけないということで、三豊市では共助領域で進めています」と改めて説明し、講演を締めくくった。
*LWC指標についは、こちらを参照
[PR]提供:インテル