CRMプラットフォームを提供するHubSpot Japanは、2月15日に「日本の営業に関する意識・実態調査2023」を発表した。同調査は日本企業の営業組織の現状と課題を明らかにすることを目的として、「売り手」法人営業組織とその取引先である「買い手」を対象に2019年から毎年実施されている。

特にここ数年の営業のあり方には大きな変化があった。新型コロナウイルス感染症の拡大で、一時は客先への訪問が難しくなり、Web会議を活用したオンライン営業が一気に浸透したのは記憶に新しいだろう。もともと政府が推進していた働き方改革やDXといったムーブメントも相まって、日本企業の営業スタイルは短期間で激変した。一方で、2022年頃からは揺り戻しが起き、オンラインとオフラインをバランスよく取り入れたハイブリッドな営業スタイルを目指す企業も増えてきている。

そして2023年。変化し続ける日本企業の営業組織はどこへ向かうのか。HubSpot Japanシニアマーケティングディレクター 伊佐 裕也 氏への取材を通して、「日本の営業に関する意識・実態調査2023」を紐解いていこう。

営業活動における「無駄な時間」は金額換算で”約1兆円”に

数年前から多くの日本企業が取り組んでいる施策といえばDXだ。様々なITシステムを導入して業務効率化を図っているのだから、無駄な時間は削減され、営業成果も上がっているに違いないと思いきや、調査では意外な結果が見えてきた。

なんと、日本の法人営業活動における「無駄な時間」は、前回の調査よりも増えているというのだ。

具体的には、「1日の労働時間」と「労働時間のうち、無駄だと感じる時間の割合」が増加しており、その結果算出された日本の営業組織を金額換算すると約1兆円にも上る。これは、前回の数字と比較しても1,500億円分悪化しているそうだ。また、業務効率に課題を感じていると答えた売り手のうち、63%は「その課題感はこの1年間で悪化した」と回答している。

長らくDX推進が叫ばれているにもかかわらず、なぜ「営業活動において無駄だと感じられる時間」が増えてしまうのだろうか。この点について伊佐氏は、「DXが本来あるべき姿で進んでいないのでは」と分析する。

HubSpot Japan株式会社
シニアマーケティングディレクター 伊佐 裕也 氏

「DXとは本来、単なるデジタル化のことではなく、デジタルを活用しながら新しいビジネスを創出するなど企業が競争力を高めることをいいます。しかし、多くの日本企業は残念ながらその域に達していないのが現状なのかもしれません」

たとえば、企業が「名刺管理をデジタル化しよう」と考え、名刺を取り込んでデータ化を行ったとしよう。時間とコストをかけて大量の名刺のデジタル化を完了したところで、1つの疑問がわく。

「このデータをどう活用すればいいのだろう」

名刺データの活用法として一例を挙げるなら、顧客管理システムとの連携だろう。しかし、そのためには名刺が“顧客管理システムで使える形式”でデータ化されていなければならない。顧客管理システムと連携することを想定せず、とりあえず名刺をデータ化しただけでは意味がないのだ。DXがトレンドになったことで、このような“デジタル化のためのデジタル化”が急増した。その結果、活用しづらいデータが量産され、多くの営業が「あの時間は無駄だったな」と感じるケースが増えたのではないだろうか。

「重要なのは、何のためにその取り組みをしているのか考えることです。HubSpotのユーザーのなかにも、上層部から『とりあえずDXを進めるように』という曖昧な指示を受けて困っている人は少なくありません。リーダー層がしっかりとメンバーにDXの目的を伝えなければ、システムと分断された活用されないデータばかりが生まれてしまうのです」(伊佐氏)

加えて、調査で「業務の中の無駄な時間」として挙げられているのが「社内会議」である。実に半数以上が会議を無駄だと感じている。この結果自体は意外ではないものの、「社内の上司や部下・同僚とのつながりを重視している」と回答した人が67.3%に達している点は注目に値する。つまり、多くの人が「多くの社内会議は無駄だが、社内の他の人とのつながりは重要」だと感じているわけだ。

一見すると矛盾するように思えるが、“会議で顔を合わせること”と“従業員が求めるつながり”が異なるものだと考えれば納得がいく。

「ここで重要なのはつながりの質やつながりのあり方の見直しです。無駄だと捉えられている会議は、会議の要件が明確になっていないことが多々あります。社内会議を開く目的を明確にし、組織内の全員で目線合わせを行うだけでも、その質やあり方を高められる可能性があります。一方で求められているつながりとは、”心理的安全性が高い関係性”であり、気軽に質問できたり、上司に対しても臆せず意見を言えたりするような関係性なのです。」(伊佐氏)

こうした課題が増えている一因には、テレワークの普及があると伊佐氏は見ている。在宅勤務が一般的になり、上司や同僚と対面で話す機会が減ったことで、孤独感を持つ人が増えている。もちろん、コミュニケーション自体はオンライン会議やビジネスチャットで毎日のように行えるが、そうしたオンラインツールは業務の話ばかりになりがちで、雑談が生まれにくい。結果として孤独感を募らせる従業員が増えるというわけだ。

このような課題に対して、どう取り組めばいいのか。伊佐氏はこう話す。

「対面と違い、オンラインコミュニケーションは、意識して雑談の時間を設けることで、前述の”気軽に質問できたり、意見を言えたりする”ような雰囲気をつくる工夫が必要です。私のチームでも、毎週のミーティングの最初15分を意図的に雑談の時間にあて、週末こんな漫画を読んだ、こんなアニメを見た、などちょっとした会話から入るようにしています」

営業現場の6割以上が「燃え尽き症候群」の経験あり

心理的安全性は従業員のメンタルにも大きく影響する。調査によると、実に営業現場の6割以上が「燃え尽き症候群」や「仕事のモチベーション低下につながるメンタルヘルスの不調」を感じたことがあると回答。一方でマネジメント側も「従業員のモチベーション維持」を課題に挙げるなど、現状が浮き彫りになっている。

燃え尽き症候群の原因について、伊佐氏は「仕事量の多さ」「挑戦機会の少なさ」「組織からの支援・期待不足」の3点を挙げる。

「私自身も燃え尽きを感じた経験があります。今振り返ると、業務量の多さによる疲弊だけでなく、自分自身が仕事を通して成長を感じられていたか、組織から適切な支援がなされているのか、などの要素が影響していたように思います」(伊佐氏)

では、どうすれば燃え尽き症候群を防げるのか。現場からの声でもっとも多く挙がるのは、やはり人員不足の解消だ。業務量の多さを解消するには人を増やすのが手っ取り早く、会社のそうした動きは「組織が適切に支援してくれている」という納得感を現場に抱かせるからだ。

しかし現代の日本において人手不足の解消は簡単ではない。別の方法をもって現場に還元すべきと伊佐氏は指摘する。

「現実的に人を増やすのが難しい場合、前述した“無駄な時間”を減らしたり、社員との対話を通して、その社員の適性や思考性に合わせた「やりがい」をもたらすことのできる挑戦をサポートしたりすることが求められるでしょう。私自身もチームマネジメントにおいて、各メンバーとの対話を重ねながら、コンフォートゾーンから一歩踏み出した挑戦を推奨しています」(伊佐氏)

さらに、成長実感という点で伊佐氏が着目するのが「リスキリング」だという。リスキリングとは、新たな学びを通してスキル習得やスキルアップを目指すこと。リスキリングを実現できれば、営業としての可能性が広がり、従業員のモチベーションアップが期待できる。

ただし、リスキリングについても注意すべき点があるという。

「バズワードということもあり、リスキリングに取り組むこと自体が目的化している企業も少なくありません。DXと同様、何のためのリスキリングなのか、どういうキャリアを目指すのかをしっかりと見定めることが重要です。リスキリングはそのための手段にすぎないのですから」(伊佐氏)

重要なのは、従業員自身がしっかりとしたビジョンを持ってリスキリングに取り組むことだ。組織が行うべきは、制度の整備に加えて「新しい学び」への姿勢のインストールなど、ソフト面でのサポートである。制度をすぐに作るのが難しいという会社は、「リスキリングコンソーシアム」のような社会の取り組みを活用するのも良い。また、体系的に学ぶ仕組みでなくとも、日々の対話の中で新しいチャレンジを促すアクション、例えば顧客の業界について新たに調べ直してみるなど、アドバイスをしあうようなこともリスキリングの始まりと言える。

HubSpot Japanではリスキリングに関する様々な制度を設けているという。

「HubSpot Japanでは、福利厚生として従業員1人あたりに年間55万円までの学習支援費用が与えられます。また、会社自体も様々な学習プログラムを用意しており、社員自身が目指すキャリアに合わせて受講できます」(伊佐氏)

不確実性の高い時代の中、顧客の判断軸は信頼性に

最後に調査結果で注目したいのが、市場環境の変化と営業スタイルとの関係だ。

営業スタイルには大きく「訪問型営業」と「非訪問型営業」があるが、売り手と買い手は果たしてどちらが好ましいと感じているのか。2019年から行われたこの調査は、コロナ禍を経たことで興味深いトレンドを示すことになった。

まず、売り手側、つまり営業担当者が思う「好ましい営業スタイル」は、2019年から2022年に至るまで、一貫して「訪問型営業」となっている。コロナ禍で非訪問型営業もやや伸びはしたが、全体の傾向としては変わっていない。

一方、買い手側が考える「好ましい営業スタイル」はコロナ禍前後で大きく様変わりしている。2019年には訪問型営業を好ましいと考える企業が多かったが、コロナ禍を迎えた2020年には非訪問型営業が逆転。その後、2021年と2022年は非訪問型営業を望む声が落ち着き、「どちらでもよい」が大きく伸びを見せているのだ。

  • ※2019年のデータは、2020年12月実施調査の回答者が前年の意識を振り返って回答した数値のため、参考値

この背景から見えてくるのは、「信頼」というキーワードだ。

「ここ数年、企業はコロナ禍や円安など、予測できないビジネス環境の変化や不安要素に悩まされました。そのような不確実性の高い時代において、買い手側には取引相手は信頼できる先にしたい、という心理があるのではないでしょうか。」(伊佐氏)

市場環境も価格も短期間で大きく変動する現在、購入するかどうかを決める判断軸は“信頼できる売り手かどうか”である。そして、その信頼をつくる役割を担うのが営業担当者というわけだ。

「信頼とは“どれだけ営業担当者が顧客のことを考えているか”が顧客側に伝わることで生まれます。そのために重要なのは情報です。たとえば、自社製品について顧客がサポートに問い合わせした内容がしっかり営業担当者に共有されており、訪問時にその話題が出たら、顧客は『この会社と営業担当者は、うちのことをよくわかってくれている。信頼できるな』と感じるでしょう」(伊佐氏)

とはいえ、複雑化した現代のビジネスにおいて、何もせずにすべての情報が営業担当者に集まってくることはない。顧客の情報を集約するには、カスタマーサポートやマーケティングチームなど他部署との密な連携が必要だ。そこで重要になるのが、CRMの存在だ。情報を一元化し、社内全体で連携することで初めて顧客からの“信頼”が得られるのである。

今回、「日本の営業に関する意識・実態調査2023」を紐解くなかで見えてきたのは、わずか数年で市場環境が大きく変化していることに加え、「DX」や「信頼の築き方」、「メンタルヘルスの向上」など、アプローチを見直すことでこれまでとは異なる成果を実感できそうな領域があることだった。

「変化するビジネス環境に対応するためにも、企業には営業プロセスや顧客との関わり方をあらためて考えてみてほしいです。この調査結果がそのためのきっかけになればと思いますし、私たちHubSpot JapanとしてもCRMというサービスを通じて皆さまを支援して参ります」(伊佐氏)

組織が直面する課題は一筋縄ではいかないものばかりだが、伊佐氏が述べたように、まずは自社の現状に向き合い、やるべきことを確実に実行していくべきだろう。

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HubSpot年次調査「日本の営業に関する意識・実態調査2023」
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関連リンク

「日本の営業に関する意識・実態調査2022」参考記事:
TECH+「コロナ禍での営業をいかに「フレキシブル」で「ポジティブ」な発想に転換できるか? 年次調査から見えてくる新時代の営業コミュニケーション」

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