ニューノーマルといわれる、新しい勤務体系が広く浸透し始めてきているのはご存じの通り。開発の現場でも、たとえばソフトウェアエンジニアだと、最後の実機でのテストを行うのは難しいとしても、その手前までは在宅のまま仕事が行えるようになってきた。ところが、これに反して意外に在宅勤務ができないのがハードウェアエンジニアだ。特にアナログ廻りを扱うエンジニアは、引き続き出勤して作業を強いられていることもめずらしくない。

その理由は、部品の評価ができないとか、測定機器が自宅にないといったものが少なくない。特に部品の評価に関していえば、担当者が出社できないことで評価作業が遅れ、開発遅延に繋がってしまうなんて話まで耳にする。あるいは評価ボードを入手しても、その評価ができないといった笑えない話も出てきているようだ。

“実際の部品を使って”評価や開発を行っているがゆえの出社

背景にあるのは、「実際の部品を使って評価や開発を行っている」から、出社を余儀なくされるということである。逆にいえば、これが何とかできればハードウェアエンジニアでも在宅で作業ができるようになるはずだ。

実はこうした問題に対する解はかなり昔からある。シミュレータを利用したアナログ回路のシミュレーションである。特にアナログ分野ではSPICEが広範に利用されており、もう事実上の標準になっている。それにもかかわらず、なぜ実際の部品を使って評価や開発を行うのか。それには、利用する部品のSPICEモデルが存在しない、大規模回路のSPICEシミュレーションには時間がかかる、あるいはアルゴリズムによってはシミュレーションが収束せずに発散してしまったなどの様々な理由がある。結果、初期段階ではシミュレーションで済んでいても、最後に設計を詰める段になると実機でのシミュレーションが欠かせない、ということが起こってしまっている。

解決のヒントはMicrochipの統合アナログシミュレータに

こうした問題に対して、アヴネットが取り扱うMicrochipからの回答がMPLAB Mindi Analog Simulatorである。MindiはSIMetrix(半導体/PCB用SPICEシミュレータ)とSIMPLIS(電源回路用SPICEシミュレータ)を核に、Microchipの部品ライブラリを組み合わせるかたちで提供される統合アナログシミュレータである。MicrochipはこのMindiを無償で提供している。

SIMetrixは優れた収束性と高速性が特徴の回路シミュレータである。上記でも簡単に触れたシミュレーションの収束性と精度は、回路決定にあたって様々なアルゴリズムを比較検討する際に、大きな影響を与えることになる。特にアナログ回路の場合、幅広い範囲の電圧/電流やコンダクタンスを扱うことになるため、シミュレーションが発散してしまうとそもそも比較検討にならない。

SIMetrixはSPICEベースながら、核となるアルゴリズムやモデル式を20年以上かけて開発してきており、実際の部品を使っての実験無しに検討や検証を完了させるのに十分な精度のシミュレーションを、非常に高速に実行可能となっている。一方SIMPLISはSIMetrixをベースに、特にスイッチング電源回路のシミュレーションに特化した製品で、SPICE比で10~50倍高速にシミュレーションが可能となっている。また電源回路のシミュレーションで問題になりやすい過渡特性の解析に役立つPOP(Periodic Operation Point)や小電力AC解析モード、最近だとデジタル制御電源に向けたADL(Advanced Digital Library)の提供なども行われており、SIMPLISの従来バージョンに比べてこのデジタル制御のシミュレーションを10~20倍高速化するなど、様々なアルゴリズムの比較や検証に要する時間を最小限に抑えることが可能となっている。

MindiにはMicrochipの部品ライブラリが組み合わさっていると説明したが、実は元々Microchipは豊富なAnalog製品のラインナップが提供されている。

  • MicrochipのAnalog製品一覧
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このなかで、比較的検討の対象になりやすいものとしては、DC-DCコンバータのなかのSwitching Regulatorsや、様々なオペアンプ、モータドライバ、LEDドライバなどがある。たとえばLEDドライバひとつとっても、組み合わせるLEDの特性や数、利用の仕方などで回路のパラメータは細かく変わってくる。そこで最適なアルゴリズムの検討や動作の確認のために、これまでだと実際の部品を組み合わせてテスト回路を構築し、動かして検証するといったことが煩雑に行われていた。ところがMindiを使えば、LEDドライバそのもののSPICEパラメータは全部Mindiのなかに含まれているから、あとはLEDのメーカーからLEDのパラメータさえもらえれば、すぐにシミュレーションが開始できる。かつ、「このドライバだとちょっとまずいな」ということで別のドライバに切り替える場合でも、いちいちそれをサンプルとして取り寄せる必要もなく、直ちにシミュレーションが開始できることになる。

直感的な操作で簡単にシミュレーションを実行

図1はMCP1623というDC-DCコンバータに1.2Vを入力、3.3V@50mAを出力させる際の動作を検証したものだが、御覧の通り直感的な操作で簡単にシミュレーションを実行できることがおわかりいただけるかと思う。

  • 図1

    図1

これで試してニーズに合わないと思ったら、同じStep-up Internal SWのなかから、より出力の大きいMCP16251やMCP1640などを試してみるといったことも、Mindiならば簡単に行える。

また図1の回路はリファレンスのものだが、パーツの都合などで受動部品の定数を変更したいという場合も、シミュレーションで気軽に変更して検証が可能である。Mindiの部品ライブラリには多くのMicrochip製品が準備されているので、こうしたほかの部品の検討も非常に容易である。

シミュレーションのもうひとつのメリットは、事前に回路の検証を行うことで、設計ミスや不確定要素のバグ出しも可能になることだろう。図1はVFBとVOUTの電圧、IOUTの電流値のシミュレーションであるが、ほかにもVBATTやIBATT、IVIN、IVOUTなどの様々なポイントにおける電流/電圧の値のシミュレーションも当然可能である。これらを検討段階で行っておくことで、部品の定格を超える電圧・電流になっていないか、異常動作が発生していないかといったことの確認が可能である。こうした確認は、開発期間の短縮に当然効果的である。

在宅勤務でも、アナログ回路の開発作業を迅速に行えるMindi

冒頭の話に戻ると、こうしたシミュレーションを活用することで、アナログ廻りを担当するハードウェアエンジニアであっても、かなりの作業を在宅のまま、しかも迅速に行うことが可能になる。それにデジタル系回路を担当するエンジニアであっても、アナログ回路のシミュレータを利用することで、たとえばI2CやSPIの出力波形がどうなっているか、アナログフロントエンドの回路がどうなるとトリガがかかるのか、といったことを確認するのに役立つ。あるいはビギナーのエンジニアにとって、アナログ回路の学習用教材としてこうしたシミュレータが非常に役立つことになるだろう。

加えていうと、アナログ回路のニーズは今もまったく減っていないどころか、むしろ増えている。IoTの興隆に伴い、より広範にアナログ回路も利用され始めているからだ。その一方で、アナログエンジニアは次第に減りつつある。ある程度のレベルのアナログエンジニアを育成するには10年単位の期間がかかることもあり、新人があまり増えていないうえに、熟練のアナログエンジニアが定年などでどんどん減っているのだ。さらにCOVID-19の影響で人の移動が制限されていることもあり、昔のような人海戦術的な手法は非常に取りにくくなっている。

こうした状況に対応するためには、アナログ回路であっても開発効率をさらに引き上げる必要がある。Mindiはこうした開発効率改善のための、非常に有用なツールとなることだろう。

MPLAB Mindi Analog Simulator
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