世界に15万人の社員、連結売上収益は4.5兆円という日本の自動車業界を代表するメガサプライヤーとして君臨するグローバル企業、デンソー。
“100年に一度”とも言われている自動車業界の変革という荒波に立ち向かうべく、サプライヤーの域を超え、クルマから社会全体に広がる新たな価値を提供する企業となるべく舵を切った。その変革を加速させるため、デンソーは2017年4月にデジタルイノベーション室を設置。今後、自動車業界においてもその比重が高まるであろうソフトウェア開発に注力するという。
今回、変化するデンソーの最前線にいる、デジタルイノベーション室のメンバーに話を聞いた。
デジタルイノベーション室の立ち上げから携わる二人は、2017年にデンソーに転職したメンバーだ。 最初にそれぞれの経歴を伺った。
小泉氏は、日本電気でのICTサービスモデルの研究や、カリフォルニア大学バークレー校の客員研究員を経て2017年にデンソーに転職。複数の大手自動車企業からオファーをもらう中、デンソーに決めた理由をこう語る。
「転職後の仕事内容が決まっている会社が多い中、デンソーは、真っ白な画用紙を渡されて、好きにやっていいよ、というような自由な内容でした。そこに興味を惹かれ入社を決めました。現在は、モビリティIoTプラットフォームの開発に携わっています」
佐藤氏は、元々スーパーコンピュータを研究し、東芝でソフトウェアを中心とする研究開発を行っていた。組み込みデータベースからディープラーニングまで、興味のあることを幅広く手がけるなか、転職のきっかけは、自分のキャリアを考えたことだったという。
「プログラマか、マネージャーか、研究職か、という選択肢が挙がったのですが、自分のスキルの棚卸しのためにいろんな会社の話を聞きました。その中でデンソーの成迫さん(デジタルイノベーション室長・成迫剛志氏)の、エンジニアが幸せに生きるためには? という考えに感化されました。社内でスクラム開発を行い、定時で帰る、密度の濃い仕事ができる部署をゼロから作るという話を聞いて、面白そうと思ったんですね。しかも自動車産業はAIなどでこれからさらに盛り上がる、投資される分野なので入社を決めました。今はアジャイル開発でコネクティッドなどクラウド側の新しいプロジェクトに取り組んでいます」
経営陣の切実な「危機感」から生まれた“攻めのIT”部隊
自動車業界は今、大変革の時代を迎えている。内燃機関からモーターを主軸としたEVや自動運転、インターネットと繋がるクルマ“コネクティッドカー”など、従来の自動車メーカーのみならず、白物家電企業やIT・ソフトウェア企業も参入してきている。
「自動車の開発において重要とされるモノが変化しているのを実感します」と小泉氏。
「従来、自動車メーカーのなかでは“エンジン>ボディ>材料>電気>ソフトウェア”と言われていたほど、ソフトウェアの地位は非常に低かったのです。しかし、情報化やコネクティッドが進む時代において、ソフトウェアは非常に重要となってきています」
例えば、AT車で見られるクリープ現象をEVで再現するのもソフトウェアで制御することができるという。さらに、ソフトウェアの制御によって自動車そのものの乗り味を変えることも可能になるそうだ。
EVや自動運転が進めば、自動車を構成する部品点数が減る。また今までは一次請負、二次請負…とピラミッド型で安泰だった自動車業界の構造が大きく変わり、フラットな世界になる。ほぼ全ての事業が自動車の部品や制御システムであるデンソーも、いち早く新時代の波に乗って新たな価値を提供しなければ生き残れない―経営陣の強い危機感から、ソフトウェア開発に白羽の矢が立った。
しかし、従来自動車業界で行われてきた組み込み系ソフトウェア開発と、IT業界で見られるクラウドを用いたソフトウェア開発では、考え方や意識の持ち方、スピード感が大きく異なる。自動車業界の組み込みで行われている完成させてバグを取っていく手法と、IT業界ではごく当たり前なっているアルファ版を出して改善する手法では、後者に大きく取り残されてしまう。 生き残りを賭け、旧態依然としたものではない、新たな素地を作るITチームになるにはどうすれば良いのか。
そう考えたデンソーが選んだ道が、海外のIT業界で実績のあるアジャイル開発のフレームワーク”スクラム開発”の手法を取り入れることと、それを実現するために、社内外のエンジニアを招いて作る専門部隊“デジタルイノベーション室”の創設だった。
この経営陣の意志を受け、コネクティッドカー時代における “攻めのIT”部隊として2017年4月に誕生したのが、デジタルイノベーション室だ。
3チーム、合計27人からなるこの部署は、自動車部品やシステムを主に扱うデンソーではやや異色ともとれる、通信での車両運行管理サービスを行っていた2人の社員と、転職者、派遣社員から構成されている。誕生してからまだ1年未満ではあるが、コネクティッドカーのクラウド側の開発はもちろん、開発効率の向上、残業ナシの働き方など、多くの実績を上げ社内外から注目を集めている。
その要因のひとつが、大企業でありながらスクラム開発を十二分に機能させていることだ。
アジャイル開発成功の要素は「環境・プロセス・役割」
「アジャイルというと、”仕様を決めず、品質を犠牲にしてとにかく早く作ればいい”、と思われがちですが、それは違います。仕様はその都度何をすべきかしっかり定義して進めますし、品質についても同様です。アジャイルは、“この人数で何をどこまで作れるのか”をその都度決め込んでいくものだと僕らは理解しています」と佐藤氏。
アジャイル開発を成功させるに置いて重要な要素として、”環境”、“プロセス”、”役割” が挙げられるという。
「まず、環境について。兼務はさせずひとつのプロジェクトに専任させることはアジャイルを成功に導くために大事なポイントだと考えています。プロセスについても、流れを遵守するようにしています。全員で一斉に重要なモノから取り組み、優先順位に則って終わらせるという流れをしっかりと作っています」と佐藤氏。
役割については、”プロダクトオーナー”、”スクラムマスター”、”ディベロッパー”という3種の役割と、そこに存在するルールをキチンと守ることがスクラム開発において成否を分けるという。
顧客や営業といった開発チーム以外の外部との窓口となり“ミニCEO”として意思決定を行う“プロダクトオーナー”、開発を行うディベロッパーメンバー間の調整や第三者的にプロダクトオーナーと折衝する“スクラムマスター”、1スプリント(スクラム開発におけるひとつの工程)で制作すべき内容に対してどれだけの工数が必要か見積もりして作業に当たる“ディベロッパー”。それぞれの役割に則って、時には「それって本当に必要なの?」と意見を述べ合う風通しの良さが欠かせないのだという。
心理的安心・安定性の担保し本音で話し合える
この環境をデンソーはどのように構築したのか?
プロジェクトを完遂させるため、真摯に意見を述べ合う。
文字として表現するのは非常にカンタンではあるが、実際に実行するのは困難を伴う場合が多い。この問題に対して、デンソーでは先に述べた“環境・プロセス・役割”の3要素のなかでも、特に”環境”が重要だと捉えている。例えば、スクラム開発のチームを円滑に稼働させるためにコーチを外部より招聘していると佐藤氏。
「コーチはスクラム開発のありとあらゆることに対して的確にアドバイスを与えてくれます。例えば、開発の優先順位を考える際に使用するフセン紙の使い方といった細に入ったものから、技術的なものまで。そういった方のサポートを受けることで円滑にスクラムが回せていると考えています」
また、事務所を愛知県刈谷市の本社ではなく新横浜に設けたことも大きく寄与しているという。
小泉氏は“出島”と表現していたが、適度に本社から離れた環境のため、他部署の眼を気にせず働ける。スクラム開発に必要な人材を惜しみなく投入し、環境についても同様に十分な投資を行う。 デンソーが、ソフトウェア開発に対してどれだけ本気であるかが伺える。
「チームの最初の仕事は、場の構築、開発する部屋を作ることでした。机はどうするか、パソコンはどれにするか…自分たちが”働きやすい環境”を自分たちで作りました。また開発効率を高めて、定時で帰るようにしていますが、他部署を気にせずに帰れる環境ですね」と佐藤氏。
「”出島”で働いていますが、積極的に外(講演や取材)に出ています。このデジタルイノベーション室の取り組みで、会社だけでなく顧客や自動車業界自体も変えたい、それを実現するためには、今までのように社内でアピールするのではなく、外で騒いで興味を引いたほうが良いと考えたんです。実際、同業種の企業からも問い合わせが来ています」と小泉氏。
また、チームメンバー間において本音で話し合うためにユニークな取り組みを行っている。メンバーの大半がキャリア採用だというデジタルイノベーション室において、それぞれの人となりを理解するために「自己紹介シート」を書くのだという。
「エンジニアの自己紹介というと、どんな言語で開発してきて得意分野はアレで……と画一的なものが多いのですが、その人の人生をグラフ化してみて、例えば今は良い時期なのか、どんなことで挫折したことがあるか…といったことを書き出したり、得意・不得意や、適えたい目標がひと目でわかるようになっています。仕事のことだけでなくプライベートなことも含めて、 この自己紹介シートで、互いの個性を理解しやすくなっています」と佐藤氏。
自己紹介シートによってメンバーを深く知ることができるため、例えば、ペアプログラミングなどでも得意な人間が不得意な人間とペアでお互いに高め合うことも容易としている。
「日本ではアジャイル開発がうまくできていない、という状況を聞きますが、取り組むための環境ができていないことが原因のように感じています。デンソーはスタートが遅れていたからこそ、環境や役割など必要な要因を準備できました。これが成功している理由かもしれないですね」と佐藤氏。
「転職で入ったメンバーに言われたのですが、やっていることはスタートアップのように面白くて挑戦的なのに、デンソーという大企業なのでスタートアップにありがちなリスクを負わずに安定した環境で働ける。ラクというわけではなく大変なのですが、それぞれの良さを持つチームだと感じています」と小泉氏。
互いを尊重し合いコミュニケーションを図りながら“人間力”を磨き上げていける環境が、このデジタルイノベーション室には整えられているように感じた。
新しい取り組みにチャレンジすること。
それを楽しめる人材こそ「デンソー流アジャイル」に必要不可欠
新たな取り組みを行うデジタルイノベーション室だが、今後どのようなことを行おうとしているのか。最後に、展望を二人に聞いた。
「この部署は何を開発するかの垣根がないので、なんでもやりたい! という気持ちに応えられる環境です。今は自動車まわりのコネクティッドWebサービスを作っていますが、車両に関わることであれば、早いスピード感で開発できるのがデンソーの強み。何かと車両をかけ合わせて、面白いことしていきたいですね」(佐藤氏)
「自動車を持っていない人でも移動は必ずしているものなので、「移動」が変わるようなサービスを作りたいですね。デンソーは多くの自動車の関連会社に関わっているため、横串でプラットフォームを提供できます。またベンダーではなくサービスの提供側になっているため、データの収集・解析もできる。さらに、企業規模も大きいため、しっかり投資もしてくれる。より良いものを開発・提供できる環境と言えます」(小泉氏)
取材前、アジャイルを成功させるチームとそのメンバーは、ともすれば“何でもござれな完璧超人”的な人物像を想像していたのだが、決して個人の力量だけがアジャイルの成功を左右する要因ではないようだ。 それぞれの役割を理解し、互いを尊重し合い、ルールを遵守し、より良い成果物・サービスを提供するために今必要なことは何かを考える。ものづくりにおいて、ごく当たり前な事柄を実直に推し進めることができる人物こそが、今現場で求められているのだ。
デンソー 採用サイトはこちら
今回お話を伺ったデンソーのデジタルイノベーション室では、共にスクラム開発を行うエンジニアを募集している。募集概要等、詳細は以下の採用サイトを確認してほしい。
『Developers Summit 2018』講演スライドはこちら
当記事でも一部のスライドを掲載しているが、2018年2月16日実施『Developers Summit 2018』で実施された講演「残業ゼロで開発スピードが10倍に!もう元の開発体制には戻れないデンソー流のアジャイル開発」のスライドダウンロードを行っている。
デンソーのアジャイル開発をより詳しく知りたい方は、ぜひチェックしてはいかがだろうか。
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