欧米を中心に広がり、昨今国内でも認知度が高まりつつある「FinOps」について、本連載ではその基本から解説してきました。FinOpsは、エンジニアだけでなく財務担当や経営層など様々な役割の人が協力してクラウドコストを継続的に最適化していくためのフレームワークやその実践です。単なるコスト削減ではなく、ビジネス価値を最大化するために「適切な投資を、適切なタイミングで行う」ことを目指すものです。

最終回の今回は、FinOpsの現在と今後の展望について3つのトピックを紹介するとともに、日本国内の状況を紹介します。「はじめてのFinOps」の過去回はこちらを参照。

FinOpsの現在と今後の展望

トピック1. クラウド課金データ標準「FOCUS」

トピックの1つ目は、クラウド課金のデータ標準「FOCUS(FinOps Open Cost and Usage Specification)」についてです。

FinOpsの実践で最初に取り組むのはInformフェーズにおけるコストの可視化です。クラウドコストを可視化するために手っ取り早いのはクラウド事業者が提供するツールの活用ですが、より詳細な分析を行うにはクラウド事業者が提供する課金データを直接取り込んで分析することになります。

そこで「クラウド課金データの複雑さ」という壁に直面することになるでしょう。AWS(Amazon Web Services)、Microsoft Azure、Google Cloudなど各クラウド事業者はそれぞれ異なる用語、データ形式、粒度で課金データを提供しています。

複数種類のクラウドを利用する企業団体ではそのデータを統合・分析するために、独自の変換スクリプトを用意してETL(Extract:抽出、Transform:変換、Load:格納)処理を行う必要があるなど、その維持コストは大きな負担となっていました。

こうした背景から、FinOps Foundationが中心となり、クラウド課金データの標準仕様を策定するプロジェクトが始まりました。その成果がFOCUSです。FOCUSはクラウドの課金データを統一的な形式で表現するためのオープンな使用であり、ベンダー中立の設計が特徴です。(詳細はこちら)

これにより、請求データの統合が容易になり、分析ツールやダッシュボードの開発が効率化され、コスト比較や最適化施策の効果測定が迅速になります。現在、ハイパースケーラーに限らず、SaaS(Software as a Service)事業者やクラウド管理ツールベンダーも参加し、エコシステムが拡大しています。

FOCUSはまだ発展途上ですが、参加ベンダーが広がることで業界全体の透明性が向上し、FOCUS準拠のデータを前提とした自動化ツールやAI分析サービスが増えることで、FinOpsの実践がよりスピーディかつ精度の高いものになることが期待されるでしょう。

トピック2. 「クラウド」から広がりを見せるFinOps

FinOpsは誕生当初より、クラウドのコスト最適化を主な対象としていました。しかし最近では、その範囲が SaaSやデータセンターなど、より広い「テクノロジー支出全体」 に拡大しつつあります(※1)。

※1:FinOps Foundationではこのことを、「Cloud+」(クラウドプラス)と表現しています。

理由は明確です。企業団体のIT環境はクラウドだけで構成されているわけではなく、オンプレミスのデータセンター、複数のSaaSサービス、ネットワークやセキュリティのインフラなど、多様な要素が混在しています。これらすべてがビジネス価値を生み出すための投資対象であり、総合的に最適化する必要があるからです。

最新のFinOps フレームワークでは、「スコープ」(Scope)という要素が追加され(詳細はこちら)、適用対象に応じて必要なケイパビリティが定義されました。FinOpsの範囲が広がることで以下のような領域にもFinOpsの考え方が適用されるようになります。

  • SaaS契約の利用状況とROI(Return On Investment:投資利益率)分析
  • データセンターの電力・冷却コストの最適化
  • ハイブリッド環境全体のキャパシティ計画

将来的には、FOCUSのような標準仕様がクラウド以外の領域にも拡張されることで、企業のすべてのIT支出を横断的に管理する「総合FinOpsプラットフォーム」が普及する可能性があるでしょう。

トピック3. FinOpsとAIの関わり

最後のトピックは、FinOpsとAIの関わりについてです。FinOpsとAIの関係は、大きく分けて2つの方向性があります。「AI for FinOps」と「FinOps for AI」です。

  • AI for FinOps(FinOpsのためのAI)
    AIを活用してFinOps業務を効率化するアプローチです。例えば、リソースへのコスト配賦用タグ付け、機械学習によるコスト予測や異常検知、無駄なリソースの発見、自然言語でのコスト分析レポート生成などが挙げられます。AIの分析力と自動化能力によって、FinOpsチームはデータの集計・分析といった作業から、戦略的な意思決定に集中できるようになるでしょう。

  • FinOps for AI(AIのためのFinOps)
    こちらは逆に、AIシステムのコストを最適化するためにFinOpsの考え方を適用するアプローチです。特にFinOps for AIはFinOpsにおける重要テーマになりつつあります。LLM(大規模言語モデル)や生成AIの普及で企業団体は、AIの利用量を急速に拡大しています。一説によれば、企業団体がクラウドにかけるコストに対して、AIにかけるコストは急速に増えているといわれています。企業団体のAI投資が話題先行で急速に進み、そこにかけるコストの妥当性検証が後回しにされている状況がみてとれます。一方でAIモデルの学習や推論には膨大な計算資源が必要であり、データ基盤の整備やGPUやTPUの利用は高額なコストを伴います。さらにAIワークロードは短期間に急増することがあり、従量課金のクラウド環境では予算超過のリスクが高まります。そのようななかで、FinOps for AIはここ1年くらいの間で急に注目されるテーマになりました。FinOps Foundationでも活発に議論され、トレーニングコースの提供など、アセット整備が進められつつあります。(詳細はこちら)

AIの利用は企業団体の競争力に直結するため、「コスト削減」だけでなく「価値最大化」の視点が不可欠です。FinOps for AIは、単に支出を抑えるのではなく、限られた予算で最大のAI成果を得るための戦略的アプローチとして進化していくでしょう。

日本国内で広がるFinOpsの波

最後に、日本国内におけるFinOpsの広がりについて紹介します。FinOpsは米国発の概念ですが、日本国内でもその注目度は着実に高まっています。その象徴的な出来事が、2025年6月18日に東京・お台場で開催された「FinOps X Day Tokyo」です(写真1)。

これはFinOps Foundationが6月に米サンディエゴで開催している公式年次イベント「FinOps X」のローカル版、「FinOps X Days」の1つであり、日本はロンドンに続いて2番目、アジアでは初の開催地として選ばれています。FinOpsに関する国内初の大規模公式カンファレンスとして、多くの企業団体からの参加がありました。

  • はじめてのFinOps 第7回

    写真1:FinOps X Day Tokyoにおける J.R.Storment 氏の基調講演

また2024年末にFinOps Foundationの日本支部が立ち上がり、公式ミートアップイベントも開催されて、実務者同士が経験やノウハウを共有するコミュニティが育ちつつあります。

FinOpsの普及には、言語の壁を越えるための取り組みも欠かせません。2025年には、FinOps Foundationが公開しているFinOpsフレームワークの要約資料 「FinOps Framework Poster」 の日本語版が公開されました(こちら)。また、公式トレーニング資料や認定資格試験の日本語化も進行中です。こうした翻訳・ローカライズの進展は、日本国内でのFinOps人材育成を加速させ、企業団体の導入ハードルを下げる力となるでしょう。

おわりに

クラウドやSaaSの利用が当たり前となった今、FinOpsは単なる「コスト削減」手法ではなく、ビジネス価値を最大化するための重要な経営アプローチへと進化しています。今後は、クラウドだけでなくAIやオンプレミスを含む「テクノロジー全体の最適化」を目指す動きが加速するでしょう。

国内でもイベントやコミュニティ、日本語リソースの充実を通じて、FinOpsへの興味関心は高まり、その実践者は確実に増えています。FinOpsは、ITと経営をつなぐ新たな共通言語として、日本企業の競争力強化に貢献していく可能性を秘めているでしょう。

そして、その旅の第一歩は「可視化」から始まります。あなたの組織でも、FinOpsの旅を始めてみませんか?