総務省が通信契約に紐づくスマートフォンの値引き上限額を現状の2万円から4万円にアップさせる一方、いわゆる「1円スマホ」には規制をかけるという案を打ち出しました。値引き規制の強化によって懸念されるのが5Gスマートフォンの普及にブレーキがかかることですが、総務省は値引き規制と5Gの普及にどのような見方を示しているのでしょうか。→過去の「次世代移動通信システム『5G』とは」の回はこちらを参照。
値引き規制見直しの一方で端末メーカーは苦境に
総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」が2023年6月20日、「競争ルールの検証に関する報告書 2023」の案を公表しています。その内容を確認しますと、値引き上限額は現状の2万円から、4万円に緩和するとの案が示されています。
この内容は、一見するとスマートフォンの値引き規制を緩和する動きにも見えますが、実際にはいわゆる「1円スマホ」の値引き手法を規制することが大きな狙いとなっています。
1円スマホとは、スマートフォンの元の値段を大幅に値引きして誰でも安く買えるようにし、さらに通信契約に紐づいた電気通信事業法上の割引を最大限適用することで、スマートフォンを激安で買えるようにする手法です。
実際、今回の案では値引き上限の緩和と同時に、スマートフォンと通信契約のセットで販売する時にも、その値引き上限規制を適用することが示されています。そうしたことから値引き上限の緩和は1円スマホ規制とのトレードオフともいえ、政府が値引き規制を緩めようとしている訳ではないことが分かるでしょう。
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総務省「競争ルールの検証に関するWG」第45回会合資料より。通信契約に紐づくスマートフォンの値引き上限を4万円に緩和する一方、「白ロム割」、つまり「1円スマホ」を規制対象に加えることが報告書案には盛り込まれている
そうなると気になるのは、やはり5Gスマートフォンの普及に対する影響ではないでしょうか。
確かに5Gに対応するスマートフォンはハイエンドだけでなくミドル、ローエンドにまで広がっていますが、昨今の半導体の高騰や円安などによって低価格でスマートフォンを提供することが難しくなっており、2023年の動向を見てもミドル・ローエンドクラスの5Gスマートフォンは投入される新機種の数が明らかに減少しています。
加えて、値引き規制や円安などの影響により、2023年5月には国内のスマートフォンメーカー3社が相次ぎ撤退・破綻。5G対応スマートフォンを提供するメーカー自体が減少することへの懸念も高まりつつあります。
そうした状況で、総務省は5Gスマートフォンの普及に関してどのような見方を示しているのでしょうか。先の報告書案には5Gを含めた端末市場の動向についても分析がなされていることから、そちらの内容を基に確認してみましょう。
5Gスマホの割合は9割超だが販売数は大幅減に
まずは、端末値引き規制の対象となっている、携帯4社をはじめとした指定事業者における2022年度のスマートフォン売上台数と売上高を確認しますと、それぞれ前年度比で13.9%減の3086万台、0.4%増の2兆308億円となっています。売上は大きく変わっていないものの、販売される端末の数は大きく落ち込んでいるようです。
その理由としては10万円以上の高価格帯の端末販売割合が増えていることが挙げられており、2021年度には27.2%だったのが、2022年度には38.2%と大きく伸びているようです。
報告書では急激な円安・物価高の影響による「価格帯の上昇」と、携帯4社による「端末の大幅値引き」が、その原因とされています。
とりわけ後者には1円スマホが大きく影響していると見ており、総務省は「高価格帯の端末の販売割合が著しく増加するなど、歪んだ競争状況になりつつある」と評価しているようです。それが先に触れた端末値引き規制の見直しにつながったといえるでしょう。
また、5G端末に関しては民間会社の調査によると、2022年は前年比53.4%増の3007万6000台に拡大しており、スマートフォン出荷数の全体に占める割合は95%に達するとしています。
ちなみに携帯4社がオンラインストアで販売している5G端末のうち、スタンドアローン運用に対応した端末は約25%、ミリ波対応端末の割合は約22%とされています。
一方、通信事業者や通信機器・端末メーカーなどの団体である一般社団法人情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)からは、端末メーカーを巡る状況が非常に厳しいとの声が挙がっていました。
それゆえ、端末販売数が2022年度に20%も減少したというKDDI、そして5Gのミリ波の普及を求める米クアルコムなどからも、5G普及拡大のため端末値引き規制の緩和を求める声が挙がっていたようです。
しかし、先の報告書案ではすでにスマートフォン全体の出荷台数に占める5G対応端末の割合が大半を占めていることや、ミリ波などを活用したサービスが広まっていないながらも対応端末が2割以上あることなどから「現時点において直ちに5Gへの移行や5GSAやミリ波等を活用したサービスの提供に支障が生じている状況にはないと考えられる」とまとめられています。
現在の報告書案はあくまで案ではありますが、一連の内容を見るに総務省としては5Gの普及に向けた策は現行で十分であり、それよりも公正競争の追及を優先して値引き規制を継続する考えが強い様子を見て取ることができるでしょう。
実際、一連の議論の中では、4万円に規制を緩和すること自体に懸念を示す有識者の声も少なからず挙がっており、できるならば一層の値引き規制強化を図りたいというのが本音といえそうです。
ただ、そのスマートフォンの販売数自体が大きく落ち込んでおり、1円スマホの規制で今後一層の販売減少が見込まれること、そして4Gを含む中古端末のさらなる促進に力を入れる姿勢を変えていないことなどを考えると、やはり現行の施策では5Gスマートフォンの普及を大きく伸ばすのは極めて困難というのが筆者の見方です。
本気で5Gを普及させ、6Gで世界に勝つためには、規制ありきの考え方を抜本的に変える必要があるのではないでしょうか。