KDDIは、Space Exploration Technologies(スペースX)の「Starlink」を活用したエリア構築ソリューション「Satellite Mobile Link」を清水建設に提供。北海道新幹線の渡島トンネル(上二股)工区でし、光回線の敷設が難しい建設中のトンネル内にKDDIのモバイル通信サービスを提供しています。→過去の「次世代移動通信システム『5G』とは」の回はこちらを参照。
工事現場のデジタル化に5Gの活用をアピールする事業者が多かったのですが、なぜ現実には5Gではなく衛星通信のStarlinkが積極活用されているのでしょうか。
光回線不要でトンネル坑内外をauのエリアに
ここ最近、スペースXの「Starlink」を活用した通信サービスやソリューションが急拡大しており、携帯各社が大規模災害で被災したネットワークの仮復旧用途として、Starlinkを活用するケースが増えているというのは前回説明した通りです。
しかし、Starlinkを活用したソリューションはそれだけにとどまらず、より幅広い用途に向けて提供されているようです。その1つとして、新たに活用が進められているのが工事現場でのネットワーク構築です。
実際、KDDIはStarlinkを活用してauのネットワークエリアを構築するソリューション「Satellite Mobile Link」を2022年より提供しているのですが、それが実際に採用されている現場の1つが、現在延伸のためのトンネル工事が進められている北海道新幹線のトンネル工事現場です。
その現場となっているのは、北海道新幹線の渡島トンネル(上二股)工区。このトンネルの工事は鉄道・運輸機構が発注し、それを清水建設が請け負って進めているのですが、KDDIはその清水建設に対して2022年12月19日からSatellite Mobile Linkの提供を開始。現在もその活用が進められています。
この工区は北海道の山間部にあり、光ファイバーの敷設が難しいことから周囲に携帯電話の基地局は設置されていません。それゆえ工区内では従来、スマートフォンが利用できず。いざという時の緊急通報もできないだけでなく、ネットワークを活用した建設現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)も進められないという大きな課題を抱えていました。
とりわけ問題となっていたのが、ネットワークカメラなどを活用して離れた場所から現場の巡回や確認などの監督業務をする「遠隔臨場」ができないことです。事務所から作業ヤードまでの距離は往復で約90分、現場内を往復するのにも約30分かかることから、ネットワークがないと臨場をするだけでおよそ2時間もの時間を費やす必要がありました。
そこで、清水建設はKDDIにSatellite Mobile Linkの採用を判断したとのこと。Satellite Mobile LinkではStarlinkをバックホールとして活用し、KDDIが免許を持つ800MHz帯の基地局をトンネルの坑外と坑内にそれぞれ設置。
トンネル坑外の広いエリアをau回線でカバーしてスマートフォンを使えるようにするだけでなく、トンネルの本坑内の3.7km全域を、2つのアンテナを使ってカバーしているとのことです。
従来、同社では光ケーブルとWi-Fiを使って坑内のネットワーク構築をしていましたが、坑内にはさまざまな構造物があり、電波が遮蔽されてしまうことから広域のカバーが難しいという課題を抱えていました。
しかし、Satellite Mobile Linkであれば、携帯電話向けのシステムとプラチナバンドの電波が活用できるため、遮蔽物の影響を受けづらく坑内の広いエリア構築が可能になったようです。
Starlinkのフレキシビリティが5Gを圧倒
そのSatellite Mobile Linkを用いてKDDIと清水建設が進めているのが、トンネル建設現場からの3D点群データのリアルタイム伝送の実証実験です。実際、KDDIとKDDI総合研究所、KDDIスマートドローン、そして清水建設の4社は、2024年9月2日に実証実験に成功したことを明らかにしています。
これは四足歩行ロボットやドローンが工区内の3D点群データを撮影し、Starlinkを用いたネットワークによってリアルタイムに伝送するというもの。
多数の点の集合によって表現される3D点群データを用いれば、建物などの広域な空間を高い精度で立体データとして表現できることから、遠隔臨場などには非常に有効である一方、点群データは非常に容量が大きく、いくら大容量通信が可能なStarlinkとはいえそのままリアルタイムで伝送するのは困難です。
そこで、KDDI総合研究所が開発したリアルタイム圧縮技術を用い、撮影した点群の品質を維持したままおよそ20分の1にまでデータを圧縮。Starlinkの回線でも送付できるサイズにすることで、リアルタイム伝送を可能にしたとのことです。
この取り組みはまだ実証実験の段階ではありますが、現実のシステムとして現場に落とし込むことができれば、監視や検査にかかる負担を短縮することが期待されます。
こうした実績から、他のトンネル工事などを担う事業者などから、Satellite Mobile Linkに対する問い合わせは増えているとのこと。Starlinkが災害復旧や離島・山間部のネットワーク補完だけでなく、建設現場のDXにも大きく貢献しようとしている様子を見て取ることができます。
しかし、以前はこうした工事現場のDXに活用されるネットワークとして期待されていたのは5Gであったはずです。
実際、建設現場にローカル5Gを活用し、建設機械の遠隔操作をするといった実証実験は、5Gのサービス開始前には積極的に実施されていました。また工事現場などに一時的に導入する小型の5G基地局などをアピールしている携帯電話会社も多くありました。
現在の状況を見るに、多くの企業は5Gと比べ性能が高いとは言えないStarlinkが高い人気を獲得しているのが実情です。
その理由として大きいのは、やはり機器が小さくて通信コストが安く、導入が非常にしやすいという圧倒的なフレキシビリティと、それでいて衛星通信ながら従来よりも高速通信が可能と、適度に高いパフォーマンスを備えていることが挙げられます。
とりわけローカル5Gと比べた場合、電波免許を取得して高額な基地局と管理者を自ら用意し、ネットワークを敷設・管理する必要がない点はStarlinkの大きなメリットといえるでしょう。
そして、もう1つ大きな要因として挙げられるのが、そもそも5Gの高いパフォーマンスを必要とするソリューションがまだほとんど存在しないことではないでしょうか。
低遅延が求められるとされていた建設機械の遠隔操作も、実際には1秒程度のラグがあっても作業に大きな影響は出ない……。といったように、実際のソリューションに落とし込んだ結果、5Gのパフォーマンスがオーバースペックだったというケースも散見されます。
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NTTコミュニケーションズは2024年6月6日に、ARAVの建設機械遠隔操縦/自動化ソリューションの提供を開始。5Gや固定回線だけでなく「Starlink Business」にも対応するとしており、5Gより遅延が大きくても建機の自動操縦に対応できることを示していた
性能より導入しやすさとコストを求めるという傾向は、企業向けのIoT通信などでも多く見られるもので、現状を見る限り企業側も4Gで満足してしまっているというのが正直な所ではないでしょうか。
それに加えて、圧倒的なフレキシビリティを備え、場所を問わずに利用できるStarlinkが登場したことは、5Gのビジネス活用を一層大きく遅らせる要因となってしまうかもしれません。