国内の5G主要周波数帯である3.7GHz帯が長年抱えてきた、衛星通信と電波干渉してしまう問題が解決に向かいつつあるようです。とりわけ3.7GHz帯の免許を多く持つKDDIは、電波干渉の緩和に強い期待を寄せているようですが、3.7GHz帯の活用に向け、同社はどのようなネットワーク整備を進めているのでしょうか。→過去の「次世代移動通信システム『5G』とは」の回はこちらを参照。

衛星通信事業者の対処で干渉問題解決に目途

世界的に「遅れている」と言われて久しい日本の5Gネットワーク。その遅れを生じさせている要因はいくつかあるのですが、間違いなく大きな要因の1つに挙げられるのが3.7GHz帯の電波干渉でしょう。

3.7GHz帯は5G向けとして新たに割り当てられた、6GHz以下の「サブ6」と呼ばれる周波数帯の1つで、日本では携帯4社全てに割り当てられているスタンダードな周波数帯でもあります。その一方で、3.7GHz帯には長年大きな問題とされてきた要素があり、それが衛星通信と干渉してしまう問題です。

衛星通信に用いられる周波数帯は「Cバンド」と呼ばれ、日本ではその下り周波数帯として3.6~4.2GHzが用いられています。

他方、5Gに用いられている3.7GHz帯の周波数は3.6GHz~4.1GHzと、Cバンドの下り帯域と重複してしまうことから、何も対策せずに使ってしまうと電波干渉で互いのシステムで通信がうまくできなくなってしまうなど、大きな影響が生じてしまいます。

その中でも影響を大きく受けるのが、衛星と無線通信するため地上に設置されている「地球局」の周辺です。

元々、この周波数帯は衛星通信が先に利用していたことから、後から設置された5G基地局が地球局の周辺で電波を射出してしまうと、電波干渉のため衛星通信に大きな影響を与えてしまいます。

それゆえ、これまで地球局に近い位置にある3.7GHz帯の基地局は、電波出力を大幅に抑えたり、アンテナの向きを変えたりして干渉を避ける必要があり、場合によっては電波出力を通常の100分の1にまで抑えるケースもあり活用が非常に難しい状況にありました。

そのことが携帯4社の3.7GHz帯の活用を遅らせる、ひいては高速大容量通信が可能な5Gのネットワーク整備自体を遅らせる要因の1つとなっていた訳です。

しかし、携帯電話会社などと、スカパーJSATなどの衛星通信事業者が交渉の末に電波干渉対策が進められ、最後に残った首都圏でも2024年度には対策が完了するとのこと。これにより電波干渉の問題が大幅に緩和され、基地局からの電波出力も大幅にアップさせられるようです。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第115回

    3.7GHz帯は衛星通信に用いる「Cバンド」の下り帯域と重複するため、地球局の近くに基地局を設置すると電波干渉が起きるという問題が生じていたが、衛星通信事業者側の対処によって2024年度にはその影響が大幅に緩和されるという

KDDIは出力アップと基地局設置でエリアを2倍に

3.7GHzの電波干渉問題緩和は携帯4社すべてにメリットをもたらすものですが、中でも問題解消に強い期待を抱いているのがKDDIのようです。

KDDIは2024年2月15日に通信品質向上の取り組みに関する記者説明会を実施しており、執行役員 技術統括本部 技術企画本部長の前田大輔氏がその理由について説明しています。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第115回

    2024年2月15日に通信品質向上の取り組みに関する説明会に登壇する、KDDIの前田氏

実は5G向けに割り当てられたサブ6の周波数帯免許は携帯電話会社によって違いがあり、ソフトバンクと楽天モバイルは3.7GHz帯を100MHz×1幅、NTTドコモは3.7GHz帯を100MHz×1幅と4.5GHz帯を100MHz×1幅が、それぞれ割り当てられています。

これに対してKDDIは3.7GHz帯を100MHz×2幅を割り当てられており、3.7GHz帯の電波干渉問題が解消すると5Gの高速大容量通信がしやすく、とても有利な立場になるのです。

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    KDDIは100MHz幅の3.7GHz帯を2つ割り当てられていることから、電波干渉影響緩和による恩恵を最も受けられる立場にある

それだけにKDDIはこれまで、3.7GHz帯の活用に向けた下準備を進めてきたとのこと。同社では電波干渉の影響が残る2023年度までを「5G導入期」と位置付け、まずは4Gから転用した周波数帯を用いて5Gの面展開を優先。

面展開に目途がつき、3.7GHz帯の電波干渉が緩和される2024年度以降を「5G普及期」と位置付け、3.7GHz帯を積極活用して高速かつ安定した通信を実現するとしています。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第115回

    KDDIでは2023年度まで、4Gから転用した周波数帯を用いて5Gのエリアを面的に広げることに注力。3.7GHz帯の電波干渉が緩和される2024年度から、3.7GHz帯を積極活用して高速大容量通信ができるエリアの拡大に重きを置くとしている

ただその間は3.7GHz帯を有効活用できないことから、5Gの展開初期に発生しやすい問題にメスを入れ、電波は入るが通信できない「パケ止まり」の要因に対処を図ってきたようです。

1つ目は基地局のエリア端、電波が非常に弱い場所で5Gの通信を維持し続けることで生じるパケ止まりで、そうしたエリアではより通信品質の高い4Gに素早く切り替えるよう調整を図ってきたそうです。

2つ目は4Gと5Gをセットで運用するノンスタンドアローン(NSA)運用特有の事象。5Gの利用者が増えることでNSA対応の端末が最初に接続する「アンカーバンド」と呼ばれる4Gの周波数帯が混雑してしまうことで生じるパケ止まりであり、アンカーバンド毎に負荷分散を図ることで対処を進めてきたとのことです。

3つ目は4Gから転用した周波数帯の基地局と、同じ周波数帯を用いた4Gの基地局とが干渉してしまうことで生じるパケ止まりで、こちらも干渉を最小限に抑える調整を進めてきたとのこと。これら一連の対策によって、3.7GHz帯をフル活用できるまでの通信品質の維持・改善を図ってきたのだそうです。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第115回

    4Gから転用した周波数帯を主体に5Gのエリアを整備してきた導入期は、さまざまな理由から通信品質に影響する「パケ止まり」が発生しやすいことから、KDDIではその対処に力を入れてきたとのこと

そして5Gの普及期を迎える2024年度以降、KDDIは電波干渉の問題が解消した3.7GHz帯の出力を大幅にアップさせるとともに、3.7GHz帯の基地局自体も大幅に追加。これによって3.7GHz帯でのエリアカバーをおよそ2倍に拡大するとしています。

実はKDDIは3.7GHz帯の周波数免許を獲得する際に、総務省に提出した開設計画で、3.7GHz帯の基地局を2023年度末で3万4267局設置するとしていました。これは競合の2~3倍に当たる規模であり、この積極的な計画が評価されて3.7GHz帯の免許を競合より多く取得できたといえるでしょう。

それゆえKDDIには間もなく迎える2023年度末までに、計画通り3万4000局以上の基地局を実際に設置することが求められ、現在工事を急ピッチで進めているとのことです。ですがそれを実現できさえすれば、電波干渉の問題が解消する今後、通信品質の面で競合よりも非常に有利な立場に立てる可能性は高いといえそうです。

もっとも厳しいことを言えば、3.7GHz帯の本格活用は5Gのネットワーク整備の初歩に過ぎず、先行する国々にようやく追いついたという程度に過ぎません。

3.7GHz帯の整備が進んだ今に求められるのは、3.7GHz帯の大容量通信を生かして5Gの実力をフルに発揮できるスタンドアローン(SA)運用へ移行すること、そして5Gのポテンシャルを十分発揮できるサービスやソリューションの本格開拓をすることです。

通信トラフィックへの対処以外に5Gの利活用がほとんど進んでいない現状を変えることも、KDDIには強く求められる所です。