著者の中山一弘氏

「IT」とは「Information Technology」の略である。もちろん、このテキストをお読みの方はみなさんご存知だろうが、あえてこう切り出したのには訳がある。一般的にはITは企業やアカデミックなものに活用されていると思われるかも知れないが、実は非常に応用範囲が広いのだ。

例えば、釣り―

荒唐無稽に思われる向きも多いだろうが、このアナログなイメージの世界にもITは自然な形で取り込まれている。例えば携帯電話を釣り人が利用するようになってから、様々な変化が起こった。船釣りで沖合に出た場合、以前は連絡するすべがなかったが、現在ではよほど外洋に出ない限り、いつもどおりに使うことができる。また、端末サービスを利用しての天気予報を使いこなせば、急な雷雨に備えることだって可能だ。現在ではそれがスマートフォンになり変わりつつあり、釣り人はより詳細な情報を現地で入手し、釣行に役立てることが出来るようになっている。

また、釣り人の思考の中には非常に合理的な手法を取り入れているものもある。詳しくは後日詳細にお伝えするが、「雨の日はこの場所が良く釣れる」「風がある日はこんな仕掛けがいい」という定義に似たものが存在する釣趣があるのだが、これは過去の経験則をチャート化し、条件に見合った複合的な解答からひとつの方向性を導き出しているのだ。言い換えてみればナレッジマネジメントに近い思考をしながら、釣りを楽しんでいるといえる。

こうしたことはホンの一例に過ぎず、ITが日本に浸透し始めてきた頃から、わたしは釣りとの意外な共通点を垣間見てきた。この連載を通じて釣りとITの関わりの面白さをお伝えできればと思う。まず手始めにわたしのある休日のお話をしてみよう。

鯉釣り=カープフィッシング

とある休日。週末の徹夜明けが祟ってか、遅く起きたわたしは、今日がフリーであることに気が付くまでしばし時間が掛かってしまった。あらかじめ休日が分かっていれば、それなりのプランを立てるのだが、こういう日は近所でまったりとした時間を過ごすのがいい。

PCを起ち上げ、日常のメールチェックをしながら気象情報をチェックする。行きたい場所は決まっているのでピンポイント天気予報を見てみると、夕方になってやや風が強まりそうだが、釣りには良さそうな天気だ。ちなみに本日はちょっとの時間を釣りに費やす予定だからこの程度だが、気合いが入っている釣行の場合、1週間前から天気図とにらめっこしている。この辺りも紹介する機会があればお話したいと思う。

天気予報も地域を絞ってピンポイントで調べられるようになった。釣りにも非常に役立ってくれる

例えば近年発生するようになったゲリラ豪雨も情報端末を持っていれば事前に知ることができる。釣りは安全第一。すばやく情報を集めて的確な判断をすることも大切だ

さて、そうこうしているうちに出遅れ気味にようやく倉庫から道具を引っ張り出して車のトランクに積み込むと、すでに時刻は正午近くになっていた。釣り師としては失格だが、それでも少しの時間を水辺で過ごしたいという気持ちは抑えられない。

本日の狙いは「カープ(Carp)」、そう日本人なら誰でも親しんできた「鯉」を釣るのである。なぜ、カタカナから入るのかと言えば、「鯉釣り」もいまやゲームフィッシングとして親しまれるようになってきたからである。

実は数年前になるが、ヨーロッパで盛んだった「カープフィッシング」を日本でもという動きが釣具メーカーを中心に起こった。鯉釣りの餌といえば、ミミズや赤虫、サシ(ウジ虫)などの動物性のものをはじめ、配合飼料を加工した「練りエサ」などが日本ではよく使われていた。

しかし、ヨーロッパでは少し違っていて配合飼料を独自にブレンドして、それを一度茹で上げてから乾燥させた「ボイリー(Boilie)」を使う。15~20mmほどの球状のボイリーを針の直下にぶら下げるようにしてセットする。鯉がボイリーを吸い込むと同時に針も口に入り、吐き出すときに針先が唇に刺さるという具合だ。

これがボイリー。サイズやフレーバーによって実に様々な種類がある

ボイリーはこのようにセットする。ボイリーを吸い込んだ鯉が吐き出したときに針が唇に掛かるのだ

このボイリーには様々な「風味」がつけられていて、魚粉やザリガニフレーバーを加えたものなどの他に、バナナ味、パイナップル味などもある。フルーツ系のボイリーは人間が思わず口にしてしまいそうなぐらい良い香りなので危険なぐらいだ。

いずれもカープフィッシングが盛んなヨーロッパでは実績のあるもので、同じ鯉を対象とする訳だから日本でも同じように通用する。実際にこの釣りを始めたばかりの頃は、「こんなカチンコチンのエサに食いつくはずがない」という印象があったが、すぐにそのイメージは払拭された。これがまた釣れるのである。

詳しい釣り方や考え方は後述するとして、カープフィッシングのタックル一式を積み込んだ愛車は、自宅から20分程度の小河川に辿り着いた。さっそく準備に取りかかろう。

海外で進化を続けてきた釣道具

カープフィッシングでは竿掛けに「ロッドポッド」というものを使う。これにはロッドを保持するための機構があり、そこには「バイトアラーム」という道具を取り付けるのだ。

これがロッドポッド。竿を掛けやすいように何やら道具がついている

こちらがバイトアラーム

竿はこのように掛ける。リールのスプール(ラインが巻かれている部分)は逆転するようにセットできるので、大物が来ても竿が持って行かれるようなことはない

バイトアラームについて説明する前に、カープフィッシングのスタイルを少しお教えしよう。ボイリーがついた仕掛けを投入したら、ロッドポッドに竿を置いて待つ。リールのスプールはフリーにしておき、魚が掛かればラインが出ていくようにしておく。バイトアラームには滑車がついており、魚が掛かって引き出されるラインの力はこれに伝わるようになっている。バイトアラームの滑車が回るとスイッチが入り、「pipipipipipipi!」と魚が掛かったことを釣り人に知らせてくれるという具合なのだ。

ちなみに、日本式でいえばこうしたいわゆる「ぶっこみ釣り」の待ちのスタイルは、竿先に鈴をつけておくアレである。みなさんの中にも経験した方は多いと思うが、その鈴が今や電子デバイスに成り代わっているのである。

バイトアラームには何種類もあるが、わたしが愛用しているのは無線式のタイプだ。これだど、ロッドポッドを遠くに置けるので、魚に気配を与えない待ち方ができる。相手も生き物なので、「釣ってやるぜ!」オーラ全開の釣り人がいれば、その気配を察するのである。なのでアタリを待っている間は、ぜんぜん他のことをして殺気を絶つか、ちょっと離れてお茶でもしているほうが良いのである。

わたしが所有しているのはせいぜい200mぐらいが範囲のものだが、中には数km先まで電波を飛ばすものを自作している強者も居る。彼らは竿を置いたまま「ちょっとコンビニまで」などと釣り場から席を外すことさえ可能なのだから驚きだ。

さて、釣りの準備も済んだところで、いよいよ実釣開始。狙い通り鯉を釣ることができたかは、次回を待っていただきたい。それではまた!