ヒールの高い靴で足が痛くなった経験のある女性は、少なからずいるはず。それは「靴選び」が間違っているせいかもしれない。とはいえ、自分にピッタリの靴を選ぶのはなかなか難しい。
今回は、足の写真を画像解析し、その人にピッタリな靴を提案してくれるシステム「バーチャルシューフィッター」を開発している「シンデレラシューズ」にお邪魔して、代表取締役・松本久美氏に起業の経緯や同システム開発の進捗状況などについてお話を伺った。
「シンデレラシューズ」代表取締役・松本久美氏。ちなみに同社のサービスは、KDDIが手がけるインキュベーションプログラム「KDDI ∞ labo」第8期(2015年)において、最優秀賞に輝いている (撮影協力:31VENTURES Clipニホンバシ) |
――最初に起業のきっかけをお教えください。
元々、靴業界で13年ほど働いていましたが、その後IT業界へ転職し、新規事業部でスタートアップなどに携わっていました。
靴業界を辞めた理由は、零細企業が多く、倒産などでいきなり収入が途絶えたりするのを目の当たりにしてきたからです。でも、決して「靴」自体が嫌いになったわけではなかったと思い直し、自分の武器である「靴」と「IT」を掛け合わせて何かをしようと考えました。
以前は靴の製造に携わっていたため、「いかにキレイな靴を作るか」ということしか頭にありませんでした。ですが、IT業界の営業として外廻りをしていたときに、高いヒールを履いていて足が痛くなった経験から、「かわいい靴」ではなく「痛くならない靴」をもっと追求したくなり、「IT×シューフィッティング」で起業しようと考えました。
――「靴のオーダーメイド」というのは昔からありましたが、松本さんご自身が経験のある「製造」ではなく、あえて「フィッティング(調整)」に進んだきっかけはなんでしょう?
いちばん大きな理由は「製造業に戻りたくなかった」ということですね(笑)。また、シューフィッティングについて勉強をすればするほど、モノで解決できることが限られてくることを知りました。
"ぴったりフィット"というのは、「サイズ」と「足の歪み」の2つの要因が必要ですが、足の歪みに関しては、インソール調整でしか解消しません。私は靴の製造に関しても知り尽くしていますし、将来的にはオーダーメイドもやりたいとは思っているのですが、現状の靴製造の形態をなぞって展開したくはないですね。
今の業界状況でオーダーメイドを始めても、シューフィッティングの効果を発揮できないと思います。実際、オーダーメイドで作った靴を当社に調整依頼されるお客様もいらっしゃいます。
――自分の足に合わせた型で靴を作れば良いというわけではないんですね。
そうですね。足の伸縮なども影響しますから、木型だけで解決することではないです。
――現在「バーチャルシューフィッター」を開発中とのことですが、システム開発のメンバーはどのように集めているのでしょうか?
創業メンバーとはビジネスコンテストで出会いましたが、現体制には残っていません。最初のプロトタイプは、コンテストの時のチームが解散してから作ったものです。
創業当時に作っていたシステムは、当時の私のシューフィッティング技術が浅く、メンバーの誰もがシューフィッティングというものに対して無知だったこともあり、作ったけれど「使えない」ということがわかりました。
――足のサイズや幅だけでは、情報は足りないわけですね?
はい。当社のシューフィッティングは片足で50カ所、合計100カ所も計測するんですが、それでもまだわからない部分があります。
――サロンでの反応はいかがですか?
毎日お客様がいらっしゃるのですが、足と靴の関係は大変難しく、皆さんを100点満点の状態にすることはできませんが、現状の痛みを軽減することは必ずできます。
施術前と施術後にその靴の履き心地を100点満点で採点していただくのですが、施術前はだいたい10点とか20点とか、酷い場合はマイナス50点という仰るお客様もいらっしゃいますが、施術後70点以下に採点されることはほとんどありません。中には、0点から100点になったと仰ってくれたお客様もいらっしゃいました。点数はお客様の主観なのでブレはありますが、効果は感じていただけているかと思います。
――サロンの運営目的はサービス提供のほかに、データの蓄積という狙いもあるのでしょうか?
はい。どちらかというと後者がメインです。
――お客様の男女比としては女性が多いですか?
はい。100パーセント女性です。
――靴の種類ですと、やはりハイヒールが多いのでしょうか?
そうですね。フラットシューズの浅いパンプスタイプの靴はたまにありますが、スニーカーなどの依頼はないですね。ハイヒールが最も調整が難しく、紐付きの靴の調整は簡単ですから。
――「バーチャルシューフィッター」開発の目処はいかがですか?
現状ではアルゴリズム的なエラーが多く、入力データと出力される結果の関係に不明な点がある状況です。そこで近々、直販のショップをオープンして、売り上げとデータの蓄積を同時に得ようと考えています。
ある程度アルゴリズムが実用的な精度になってくれば、企業導入を開始する予定です。オンラインショップの靴の返品率は洋服の10倍~15倍もあって、それだけ経営を圧迫していますので、企業からのニーズは確実にあることはわかっています。
「KDDI ∞ labo」で最優秀賞を受賞したときには、かなり多くの問い合わせがありました。当時はまだできていなかったので、すべてお断りすることになってしまいましたが…。やはり、返品による無駄なコストを下げたい企業からのニーズは多いと思います。
――シューフィッティングをバーチャル化するにあたり、苦戦している部分はどこですか?
まず、人間の体を計測するということは非常に難しいです。データを計測する時には環境を必ず固定しなければならないのですが、それまで生活してきた体のクセとか、筋肉の柔らかさとか、体の使い方がすべて影響してしまうので、計測したデータがその後どう動くのかを予測するのが非常に難しいんです。あまりにも個体差が激しすぎるということが、いちばんの障害となっています。
――足の形状だけではないということですね?
足の形ももちろん大切ですが、その足が歩くとどのような動きをするのかが重要になってきます。同じ人でも、ヒールの高さが変わるとまた違った動きをしますし、別の靴を履けばまた違った動きをするんです。靴が変わったりヒールの高さが変わったりすることは、つまり環境が変わってしまうことになるので、同じ人が1度計測すればデータを使い回せるというわけではないんです。
また、計測する側の人間が違えば、測るときのクセや力加減が変わってきますので、「ディープデータ」と呼ばれる根底になるデータの測定は、私自身がすべて行うことも決めています。
――目標とするフィッティングの件数はどれぐらいですか?
解析を担当している人が目標数を指示してきますので、そのデータ数に達するごとに解析に出して、戻ってきたらエラー数などを確認して、また次のデータを集めるという手順を繰り返しています。
ですので、「バーチャルシューフィッティング」に関してはおおよそ10カ年計画で考えています。最初からすべて自動化するのではなく、部分的に自動化するという方向で、少しずつ導入しようと考えています。
――実測データを入れるとアルゴリズムにエラーがでるというのは、具体的にはどのような状況なんでしょうか?
アルゴリズムによって「この靴はこの人に対して履き心地が90点です」と評価しても、実際に履くと激痛が走ってしまう、というような状況です。実際に、アルゴリズムの評価に対して被検者の意見とぴったりなのかという実証実験も行ったのですが、結果は悲惨なものでした……(苦笑)
――なるほど。もっと簡単にできるものなのかと安直に想像していたのですが、実にシビアなものだということがよくわかりました。人体の構造に関わるといった面では、医学的な分野にも触れそうですね。
はい。かなり触れますね。「研究開発」にすごく近いと思います。
――不躾な質問なのですが、松本さんはなぜ諦めずにシューフィッティングのIT化に挑み続けていらっしゃるのですか?
ただ単に面白いからです。たぶん、研究が好きなんでしょうね。日々、謎が解き明かされるのが面白いんです。
でも、施術すればするほど色々な症例に遭遇するので、謎は少しずつ解消していますが、それ以上に別の謎が増えていますね。専門的になればなるほど、初心者の頃にはわからなかった謎に気づき始めるので、どんどん謎が深まっています。
いろんな知識を身につけないといけないので、最近は読む本のジャンルも「解剖学」などに変わってきましたし、「理学療法士」の資格を取りたいと思うようになりました。弊社のアルゴリズムに直結する内容を教えている先生を見つけたので、オーダーメイドの木型を削る技術を習いに行きたいとも思っています。
――最後に、今後の展望についてお伺いできますか?
直近では先ほどお話ししたショップのオープンですね。また、現在は超細幅、超太幅など「特殊サイズ」のマーケットがあまりにも小さいと感じているため、将来的には「特殊サイズ専門」の木型やヒール、底材などを扱う資材メーカーになりたいと考えています。
特殊サイズの資材の入手というのは、メーカーにとっては非常にコストがかかる部分ですので、その負担を弊社が軽減することができるなら、特殊サイズの靴のマーケットがもっと広がっていくと思うのです。それが実現される頃には、特殊サイズのどんなユーザーが何人いるのかということも当社が把握しているはずです。そして、メーカーに販売先の情報ごと提供するというシステムを構築したいですね。
――なるほど。「バーチャルシューフィッティング」の開発を進めながらも、別の事業で企業ミッションを果たしていくということですね。
はい。バーチャルシューフィッティングのアルゴリズムが完成しないと、将来的な話を進めることはできないので、まずはそれを実現したのち、多種多様なサイズの靴が一般の人にも手に入りやすい環境を作っていきたいと思っています。
――ありがとうございました。