2017年にAmazonや楽天などの大手ネット通販の利用拡大により、日本の物流業界に混乱が広がりました。現在、米国で、物流業界が同じような混乱に陥っています。要因は、TemuやSheinといった中国発の通販サービスの急速な拡大です。→過去の「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の回はこちらを参照。

中国系通販の急成長

SheinやTemuといった中国系通販の急成長により、米国の配送サービスが混乱しています。

米配送大手UPSは、2024年4〜6月期に、2年ぶりに取扱量(配送した荷物・貨物数)を増加させました。待望の需要回復です。ところが、売上高と利益は前年同期から減少し、予想を大きく下回りました。その結果、発表後にUPS株が約12%も急落し、同社にとって最悪の1日になりました。

原因の1つは、労働組合と交わした新契約による人件費の上昇を、1月に発表したコスト削減策でまだ相殺できていないこと。しかし、これはしばらく様子を見ていく必要があります。

問題はもう1つの、新たな顧客からの出荷需要が「爆発的に増加」し、予想を大きく上回る需要に混乱したことです。UPSは決算発表会見で新たな顧客の名前を明かしませんでしたが、TemuとSheinの影響だと見られています。

  • 中国発の激安オンラインショップTemu、米国ではこの1年で月間アクティブユーザー数を5倍近く増加させ、Amazon対抗の一番手になっています。

    中国発の激安オンラインショップTemu、米国ではこの1年で月間アクティブユーザー数を5倍近く増加させ、Amazon対抗の一番手になっています。

TemuとSheinは、中国を拠点にオンラインショップの利便性を活かし、圧倒的な低価格で豊富な商品を揃えて、米国の消費者に直接配送しています。どちらも米国でのサービス開始からそれほど時間が経っていません。Sheinは2015年に米国に上陸し、Temuのサービス開始は2022年です。

両社は巧みなソーシャルメディア戦略とオンライン広告で若い消費者を惹きつけています。 Sheinは米国のファストファッション市場で2020年に市場シェアが20%を超え、2022年に50%に到達しました。

Temuは、Shein以上に新規ユーザーを獲得するための広告戦略に力を入れており、2023年にスーパーボウルに1400万ドルを投じてCMを放映し、「Shop like a Billionaire(億万長者のようにショッピング)」というキャッチコピーで、広く一般にも知名度を広げました。それをきっかけに、AppleのApp Storeの無料アプリ・ランキングでトップ10の常連になっています。

  • 「安かろう、悪かろう」で劣悪品や品質基準を満たしていない商品も報告されており、消費者から苦情も出ています。しかし、格安と巧みなマーケティング、アプリを開かせる仕組みでTemuの利用を止められない消費者を増やしています。

    「安かろう、悪かろう」で劣悪品や品質基準を満たしていない商品も報告されており、消費者から苦情も出ています。しかし、格安と巧みなマーケティング、アプリを開かせる仕組みでTemuの利用を止められない消費者を増やしています。

SheinとTemuは、日本でも事業を展開しているのでご存じの方も多いと思います。しかし、米国では日本と比べものにならないぐらい広く深く消費者に浸透しています。2023年にTemuのGMV(流通取引総額)が150億ドルを超え、その大きな部分は米国市場からのものでした。

2024年第1月時点のTemuの米国の月間アクティブユーザー(MAU)は約5100万人(Sensor Tower)。わずか2年で、Amazonの6700万人に迫るところまで上りつめています。

  • 米市場におけるAmazonとTemuの月間アクティブユーザーの推移(2022年9月〜2024年1月、Sensor Tower)

    米市場におけるAmazonとTemuの月間アクティブユーザーの推移(2022年9月〜2024年1月、Sensor Tower)

「10年経っても変わらないないこと」が変わった

配送サービスに話を戻すと、SheinとTemuの成功で、中国の大手Eコマース業者が米国に発送する荷物は1日60万個を超えて増え続けており、その荷物の大洪水が米国の物流システムに混乱を引き起こしています。

Temuを例にすると、送料はスタンダード配送が無料、配送完了までの日数は6〜22日。エクスプレス配送にすると4〜11日で届きます。費用は12.90ドルで、129ドル以上の買い物でエクスプレス配送が無料になります。

TemuやSheinの利用者の多くが無料の配送方法を選択していることに加え、米国の配送サービスにおける人件費の上昇が重なり、UPSは取扱量が増えても収益が圧迫される状態に陥っています。

利益を確保できるぐらいに配達料を引き上げるか、中国系通販業者との提携を見直すべきと言われていますが、それは解決策にはなりません。なぜなら、SheinとTemuの成功により、「安く買い物できるなら、消費者は長い配送日数を厭わない」ことが証明されたからです。来週のイベントに着ていく服を買うならエクスプレス配送を選ぶけど、夏に秋物を買う時は届くのに数週間かかっても無料のスタンダード配送を選択する、そこに消費者の大きな需要があります。これは無視できません。

1990年台後半にオンラインショップが利用され始めてからこれまで、オンライン小売事業者は配達にかかる時間というデメリットの解消に取り組み続けてきました。それをサポートするように、物流事業者もEコマースの普及とともに商品をより速く届けられるよう配送ネットワークを整えてきました。

以下は、2012年のre:Inventで、ジェフ・ベゾス氏(当時Amazon CEO)がAmazonの事業戦略の選択について語ったものです。

「今後 10年間で何が変わるのか」という質問をよく受けます。これはとても興味深い質問であり、非常に一般的な質問でもあります。逆に「今後10年間で何が変わらないのか」という質問はほとんど受けません。そして、私は後者の質問の方がより重要であると考えています。なぜなら、時間とともに変化しないものに基づいてビジネス戦略を構築することができるからです。小売業では、顧客が低価格を望んでいることは分かっていますし、10年後もそれは変わらないでしょう。そして、顧客は迅速な配送と豊富な品揃えを望んでいます。10年後の未来に顧客が私に『ジェフ、私はAmazonが大好きだ。ただ、もう少し価格が高ければいいのに』とか、『私はAmazonが大好きだが、もう少し配送スピードが遅ければいいのに』と言ってくることを想像できません。ありえませえん。ですから、私たちがこれらのことに力を注ぎ、努力を重ねることで、今日私たちが注ぐエネルギーは、10年後も顧客に利益をもたらすでしょう。長期的に見て真実だと分かっているものなら、それに多くのエネルギーを注ぐ価値があります。

Amazon利用者が「配送をもっと速く」と望むのは、10年経っても変わらない真実であり、だからAmazonは「より速く」を追求し続けてきました。しかし、消費者がオンラインショップに「安くなるなら、遅くてもかまわない」と言い始めたのです。これは、長きにわたってAmazonの成長を支えてきた事業戦略の基盤が変わることを意味します。

SheinやTemuの急伸に対抗するために、Amazonも中国の小売企業が安価な日用品や衣類を米国の消費者に直接配送できる仕組みを取り入れ始めました。The Informationによると、これはTemuに乗り換えるセラーをとどめるための対策であり、注文から配達までは9〜11日と、通常のAmazonの配送インフラを使うより日数を要するそうです。

こうしたEコマース業界の変化に配送業者も対応していかなければなりません。速く届いて欲しい商品と、動きが遅くてもかまわない商品があり、どちらにも消費者の需要があります。従来の速く届けるためのシステムとは別に、効率性を重視した低速なシステムを構築して、両方をうまく機能させなければなりません。

それを誤ると、モノの流れと費用の齟齬が生じ、4〜6月期のUPSのような混乱に見舞われます。必要なスピードに見合った配送システムを構築し、活用することが求められています。

米国でアクティブユーザーを増やしたTemuは、今後の目標として米国以外の国・地域への拡大を掲げ始めています。米国同様のマーケティング攻勢が日本でも今後、展開されるかもしれません。日本の配送事業者は、米国のサービスよりも正確できめ細かく、信頼性の高いサービスを提供しています。

それゆえに、2017年にアマゾンの当日配送サービスをめぐる混乱が起こりました。もし中国のEコマース業者からの小荷物の洪水が押し寄せてきたら、日本の配送サービスは耐えられるでしょうか。中国系通販の台頭に注意を払って備えておかないと、UPSのように突然の取扱量増加でパンクすることになりかねません。