10月1日、指輪型デバイスのパイオニアであるOuraが「a new colorful chapter(新たな色彩の章)」と銘打ち、よりカラフルでファッション性の高い新デザイン「Oura Ring 4 Ceramic」を発表しました。若年層、特に従来のテックガジェットが取り込めていなかった女性層をターゲットに、ライフスタイルブランドとしての地位確立を狙っています。‌「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第46回

    Oura Ring 4 Ceramic

技術的価値で注目を集めた初期市場から「自己表現」や「ファッション」といった感情的価値を付加価値としてメインストリーム市場へ拡大を図る--。これは、かつてAppleの「Apple Watch」が「ファッション」から始まり「ヘルスケア機能」へと軸足を移したのとは正反対の戦略です。Ouraはなぜ、過去10年で最も成功したウェアラブルデバイスとは真逆の方向に進むのでしょうか。

キャズムを超えるために「ファッションへのピボット」

Oura Ringの初期の成功は、高精度な「睡眠トラッキング」機能によってもたらされました。精度の高いセンサ、詳細な睡眠分析、身体データのトラッキング……。同社はまず、健康状態を数値で把握したいアスリートや経営者、「バイオハッカー」と呼ばれる自身の身体やメンタルパフォーマンスの最適化に取り組む人々のニーズに応える製品を提供しました。

マーケティングもその機能的優位性を訴求する内容が中心で、睡眠トラッキングや健康指標の精度、心拍変動の測定といった機能性こそがOura Ringの存在意義であり、差別化要因だったのです。

しかし、アーリーアダプターという熱狂的な初期市場から、アーリーマジョリティ(前期追随者)、メインストリーム(一般層)へと普及させるには「健康オタクのガジェット」というイメージが障害になることも。

一般層には「そこまでストイックに健康管理をしたくない」「いかにもガジェットらしいものを毎日身につけたくない」と感じる人が少なくありません。これが、テックガジェットが主流化に挑む際に直面する「キャズム(深い溝)」です。

これを乗り越えるためにOuraが選んだ処方箋が、今回の「ファッションへのピボット」です。セラミック製の新しい仕上げ、カラフルなバリエーションの投入、これらの狙いは明確です。

テクノロジーを背景に溶け込ませてガジェット感を払拭し、ユーザーが「機能」ではなく「スタイル」を意識する状態を作ること。多くの人は「測定器」を毎日身につけたいとは思いませんが、自分のスタイルに合う「自己表現のためのジュエリー」なら24時間365日身につけられます。Ouraはハイテクデバイスから「感情的な愛着の対象」への転換を図っているのです。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第46回

    Ouraは「Oura Ring 4 Ceramic」を「精巧に作られたジュエリー」と位置付けています

Apple Watchがたどった「ファッション」→「機能」

この流れは、2010年代後半のApple Watchの進化と対比されています。2015年に登場した初代Apple Watchで、Appleはまず消費者の「手首」を確保するため、スイスの高級時計がライバルであるかのように振る舞いました。

1万ドル(150万円:1ドル=150円)を超える18金の「Apple Watch Edition」をラインナップし、Vogueの表紙を飾り、パリの高級セレクトショップで展示するなど、ファッションアイテムとしての正当性を打ち出していました。

しかし当時、消費者にとってApple Watchは「何のデバイスなのか」が曖昧で、身につける理由が希薄でした。

そこでAppleは戦略を大きく転換します。Series 2でフィットネス機能を大幅に強化し、さらにSeries 4からは高度なヘルスケア機能を前面に押し出しました。「iPhoneの通知アクセサリ」から「ユーザーの健康を保つヘルスケアデバイス」へとコアバリューをシフトさせたことが、ウェアラブル市場での成功の鍵となったのです。

「ポスト・ディスプレイ」時代の先駆け

同じくメインストリーム市場の獲得を目指しながらも、なぜApple WatchとOura Ringは“逆方向の進化”を遂げているのでしょうか。その違いは、両者のフォームファクタ(品形状)、特に「画面の有無」に表れています。

Apple Watchは画面を持つ「アクティブ(能動的)」なデバイスです。画面が光り、通知が来て、ユーザーに操作を求めます。それ自体がテックガジェットであることを隠すことはできません。だからこそ、Appleはその「ガジェットとしての存在意義(機能)」を深掘りする必要がありました。

一方でOura Ringは、画面を持たない「アンビエント(環境的)」なデバイスです。画面がなく、ユーザーに操作を求めません。その価値は「バックグラウンドでの無意識なデータ収集」にあります。だからこそ、Ouraは「ハイテク・ガジェット」であることをユーザーに忘れさせ、日常のファッションに溶け込ませることでその価値を高めようとしています。

つまり、両者の戦略の違いは、単なる好みや偶然ではなく、それぞれのデバイスが持つ特性から導かれた必然的な方向性と言えます。そして今、ウェアラブル業界では、この画面を持たないデバイスの特徴が再評価されています。

これまで、画面がないことはウェアラブルデバイスの機能性を損なう要因とされてきました。ユーザーは画面を通じて情報を確認し、操作を行うことで多機能性を享受してきたからです。

しかし、対話AIの進化により、言葉によるインタラクションだけで豊かな情報や機能を得られる未来が近づいています。画面のないデバイスでもできることが広がり、それによってデザインの自由度や長いバッテリー持続時間といったメリットが高まっています。

私たちは今「スマートフォンの次」に来るデバイスの形を模索する時代の入り口に立っています。OpenAIのサム・アルトマン氏とAppleの元最高デザイン責任者ジョニー・アイブ氏は、OpenAIのAIデバイス・プロジェクトにおいて「画面中心の体験から離れる」という方向性を示しています。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第46回

    OpenAIのDevDay 2025で、アイブ氏とアルトマン氏はAIハードウェアに関して、既存のデバイスのように中毒的なループを強めるのではなく、感情的な幸福を優先するテクノロジーの推進を示唆しました

MetaはAIスマートグラスを自社デザインではなく、Ray-BanやOakleyといった人気ブランドと提携し、提供しています。Googleも5月にAIスマートグラスの開発を発表した時点で、アイウェアブランドであるWarby ParkerとGentle Monsterとの提携を明らかにしました。こうした動きから、AIデバイスを手掛けている企業がAIとユーザーの間のキャズムを埋めるのに何が必要と考えているのかは明らかです。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第46回

    MetaはRay-Banというスタイリッシュかつ世界的に認知されたサングラスブランドと提携することで、ファッションとしても受け入れられやすいAIグラスを実現しています

Ouraが進めている「ガジェット感を消し、ファッションに溶け込む」という戦略は「ポスト・ディスプレイ時代」のAIデバイスが目指すべき姿です。テクノロジーは、それ自体が意識されなくなったときに最も強力になります。ウェアラブルテクノロジーは今「使うもの」から「纏うもの」へと変化し始めているのです。