リベラル派の牙城といわれるベイエリアで、シリコンバレーの大物によるトランプ支持が拡大しています。7月21日にバイデン氏が選挙戦からの撤退を表明しましたが、民主党が苦戦している理由は「バイデン不信」だけではありません。→過去の「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の回はこちらを参照。

米国の大統領選挙に大きく影響を与えた7月16日

7月21日(米国時間)に、バイデン大統領が2024年の大統領選挙からの撤退を表明しました。討論会での精彩を欠く様子や高齢であることへの不安から、民主党内で撤退を求める声が高まっていました。

その決断に大きな影響を与えたと考えられるのが「7月16日」の出来事です。「AI感謝デー」に、イーロン・マスク氏がXとSpaceXの本拠をテキサス州に移転することを公表しました。

さらに、Andreessen Horowitzの共同創業者であるマーク・アンドリーセン氏とベン・ホロウィッツ氏が、今年の大統領選でトランプ氏を支持し、選挙活動に寄付する考えを明らかにしました。これらの動きは、シリコンバレーの大物たちの民主党離れを広く一般に示すものになりました。

  • イーロン・マスク氏は、XとSpaceXの本拠をカリフォルニア州からテキサス州に移転させると発表

    イーロン・マスク氏は、XとSpaceXの本拠をカリフォルニア州からテキサス州に移転させると発表

カリフォルニア州にあるシリコンバレーにはリベラル派の住民が多く、保守的な共和党支持者は少数です。Voxによると、ベイエリア(サンフランシスコ、オークランド、シリコンバレー地域)の住民は、過去2回の大統領選挙でそれぞれ1億6300万ドルと1億9900万ドルを民主党に寄付しました。

一方で、トランプ氏が候補になった共和党への寄付はわずか80万ドルと2200万ドルにとどまりました。その差、9倍(2020年)です。

ところが、そんなリベラル派の牙城において、今回の選挙ではシリコンバレーの大物によるトランプ支持が拡大しています。イーロン・マスク氏、Oracleのラリー・エリソン氏、投資家のウィンクルボス兄弟、Palantirの共同創業者であるジョー・ロンズデール氏、Sequoia Capitalのパートナーであるダグラス・レオン氏などに加え、前述のアンドリーセン氏とホロウィッツ氏も名乗りを上げました。

前々回選挙からトランプ氏を支持していたPayPalマフィアのドン、ピーター・ティール氏は今回の選挙では関与を控えていますが、支持の姿勢に変わりはありません。

シリコンバレーで突然吹き始めたトランプ支持の赤い旋風に住民も戸惑っているのが現状です。この変化は、トランプ支持というよりも、バイデン政権のテック規制強化と課税への反発が大きな理由となっています。

  • マーク・アンドリーセン氏とベン・ホロウィッツ氏は7月16日にトランプ支持を表明し、「[The Ben & Marc Show](https://www.youtube.com/watch?v=n_sNclEgQZQ)」でその理由を語りました。

    マーク・アンドリーセン氏とベン・ホロウィッツ氏は7月16日にトランプ支持を表明し、「[The Ben & Marc Show](https://www.youtube.com/watch?v=n_sNclEgQZQ)」でその理由を語りました。

AIのイノベーションを繁栄させる新興企業の芽を摘んではならない

ポッドキャスト「The Ben & Marc Show」の最新エピソード(7月16日公開)で、アンドリーセン氏とホロウィッツ氏は、AIや暗号通貨などの分野におけるバイデン政権の動きが「新興企業を犠牲にして既存企業に利益をもたらしている」と指摘しました。

その上で、トランプ氏がそれらの分野のイノベーションを助けると考える理由をいくつか挙げています。AIに関してトランプ氏は、「(AIは)非常に恐ろしいが、われわれが勝たなければ、中国が勝ってしまうので、絶対に勝たなければならない」と述べていたそうです。

「小さなテック企業にとって、ドナルド・トランプは正しい選択だと思います」とホロウィッツ氏は述べています。共和党の副大統領候補に指名されたJ・D・バンス上院議員は、かつてピーター・ティール氏のベンチャーキャピタル(VC)に所属しており、副大統領候補への起用をトランプ氏にマスク氏が推したと報じられています。

そのバンス氏は、ビッグテックに批判的であり、現FTC委員長のリナ・カーン氏が提訴を通じてビッグテックの取り締まりに尽力していることを称賛しています。

AIのイノベーションを繁栄させる新興企業の芽を摘んではならないというのが、シリコンバレーのトランプ支持者の主張です。しかし、その主張には解せない部分もあります。

なぜなら、アンドリーセン氏はMetaの取締役を務めており、Andreessen HorowitzはMicrosoftと密接な関係にあるOpenAIに投資しています。小さなテック企業にとって倒し難いゴリアテであるビッグテックにも彼らは関わっているのです。

シリコンバレーの大物、特にVCをトランプ支持に踏み切らせているのは、もう1つの理由、超富裕層の保有する資産の「未実現益」に課税するバイデン氏の方針です。純資産1億ドルを対象に、未実現のキャピタルゲインに25%の課税を提案しています。

VCの大物の多くは1億ドル以上の資産を持っており、その多くは非流動的な未公開企業の株式によるものです。例えば、ある新興企業に1億ドルの評価額で1000万ドルを投資し、数年後にその新興企業が10億ドルの評価額で新たな資金調達をしたとします。

希薄化がないと仮定すると、1000万ドルの投資はその時点で1億ドルの価値になります。 9000万ドルの含み益が発生し、それに対して2250万ドルの税金を支払わなければなりません。しかし、未公開企業の株式ですから、その一部を売却して税金支払いに充てることはできません。

未実現キャピタルゲインへの課税が実施されれば、テック産業のベンチャーのエコシステム全体に混乱が広がるでしょう。しかも、今はAIバブルが一度はじけそうな不安定な時期です。長期的で効果的な投資が重要になるこの時期の混乱は、なんとしても(トランプ氏支持に転じても)避けたいところなのです。

現政権の動きに不満を持つ人たちの民主党離れ

シリコンバレーは国防総省からの大量の資金援助から誕生しました。政治に関して、シリコンバレーの住民はリベラル派が多数でも、シリコンバレー企業のリーダーは歴史的に両党の大統領の下で成功を収めようとして、どちらかの側につくことはほとんどありませんでした。

それにも関わらず、今VCの大物たちがトランプ氏のコーナーに加わっているのは驚くことではありません。しかし、トランプ氏が大統領になれば、テック市場への政府の介入が避けられるかというと、また別の問題に直面しそうです。

例えば、トランプ氏は2020年に米国内で中国のTikTokを禁止することを提案しましたが、今はTikTok規制に反対しています。ソーシャルメディアの競争を強めて、FacebookやInstagramの力を削ぐためです。また、バンス氏をはじめとする共和党員は、オンラインにおける人権や表現の自由を保護する通信品位法第230条にも狙いを定めています。

民主党政権でも、共和党政権になっても混乱が予想される今は、「あちらを立てればこちらが立たない」状態です。ビッグテックの一角、Metaのマーク・ザッカバーグ氏は「どちらも支持しない」決断を表明しました。一方でトランプ氏への反発も強まっており、シリコンバレーで分断が広がっています。

バイデン氏の撤退で民主党が選挙戦で勢いを取り戻せると予想されています。しかし、それだけで形勢を変えられるかは不透明です。なぜなら、「バイデン不信」だけが民主党の抱える問題ではなく、影響力を持つ人たちの民主党離れは現政権の動きに不満を持つ人たちの間で起こっているからです。