民間機需要の回復に向けた取り組みを進める三菱重工業・江波工場

三菱重工業ではVertex AIのソリューションを導入しており、「江波工場・航空機組立における生産性改善活動 ~Google Cloud Vertex AIの活用事例~」と題し、その詳細が語られた。

江波工場はJR広島駅から自動車で30分ほど南下した場所に位置している。敷地面積30万平方メートル(広島市民球場6個分)に相当し、米ボーイング社の最新機種「ボーイング777X」と「ボーイング777」の部品・組立工場、 「ボーイング767」の組立工場が稼働し、担当製品は777の後部胴体と尾部胴体、767の後部胴体など大型民間航空機における日本最大のアルミ胴体組立拠点だという。

江波工場の概要

江波工場の概要

民間航空機の市場環境は新型コロナウイルスの感染拡大前は、運航機数が20年間で約2倍の増加が見込まれていたものの、コロナ後の需要は2019年から48%~70%急減し、回復は2024年までかかる見通しになっている。

このような市場環境を鑑みて、三菱重工業 民間機セグメント エアロストラクチャー事業部 工作部 主幹の吉野秀明氏は「コロナ禍の低操業状態だからこそ、アフターコロナーを見据えて、OEMに価値ある技術基盤を構築する活動を行っている。民間機需要の回復に向けた取り組みとして『操業に合わせたスリム化(収益力回復と事業体質改善)』『デジタル化(AI/IoT)および自動化技術の高度化・研鑽』『将来のデジタル人材育成(作業者/エンジニア)』を進めている」と話す。

三菱重工業 民間機セグメント エアロストラクチャー事業部 工作部 主幹の吉野秀明氏

三菱重工業 民間機セグメントエアロストラクチャー事業部 工作部 主幹の吉野秀明氏

一方で、江波工場における課題もあるようだ。2017年から多品種の胴体パネル自動機組立ラインを構築し、777X胴体パネル主構造部材の組立作業に提供を開始したが、ドア(乗降口)など狭隘部では職人による手作業組立を実施しており、自動化の適用に取り組みつつも航空機製造は人手に依存した労働集約型作業の側面もあったという。そのため、同工場では①自動化技術の高度化、②労働集約型作業の効率化の2つが課題となっている。

江波工場における課題認識の概要

江波工場における課題認識の概要

こうした状況に対して、吉野氏は「江波工場ではLET(Lern Enterprise Team:エアロストラクチャー事業部の生産性改善活動)で培った作業者のパフォーマンスにテクノロジーを掛け合わせることにした。ベテラン作業者の暗黙知を形式知化して、これにGoogleの自動化やAI/ML、データ分析などの技術を取り入れ、モチベーションの向上に取り組んでいる。具体的には、蓄積した作業者データを機械学習による分析でAI、クラウド化し、分析したデータをリアルタイムに可視化してマネージメントフィードバックを行うことで、改善のサイクルを早めることに取り組んでいる」と説明する。

同社では自動化技術の高度化としてVertex AIを活用したA/R(Automatic Riveter:穴あけ、鋲挿入、打鋲を連続で行う自動加工機)切粉検知、労働集約型作業の効率化ではWebカメラによるOPE(Overall Production Effectiveness:作業生産性指標)自動取得のプロジェクトを1年前から開始している。

江波工場における取り組みの概要

江波工場における取り組みの概要

自動化技術の高度化

自動化技術の高度化に関しては、三菱重工業 民間機セグメント エアロストラクチャー事業部 生産技術部 組立生産技術一課の中村俊介氏が説明した。

同氏は「A/Rは航空機特有の厳しい品質要求を達成するため、オペレータが常に残置切粉の有無を判定し、傷や挟み込みなど重大な品質問題を回避している。残置切粉の発生頻度は月3回ほどあり、切粉を排除する時間は120秒/回を要するため、常にオペレータによる監視が必要となっている」という。

三菱重工業 民間機セグメント エアロストラクチャー事業部 生産技術部 組立生産技術一課の中村俊介氏

三菱重工業 民間機セグメント エアロストラクチャー事業部 生産技術部 組立生産技術一課の中村俊介氏

そこで、同社はVertex AI(Vision API)を用いて残置切粉有無の自動判定に加え、NC(Numerical Control)と連動した残置切粉の自動排除に取り組んでいる。適用させるプロセスはA/Rでの穴あけ後に通常はオペレータが行う異物発見と異物を除去するためのエアー突出の部分であり、現状では試験環境において切粉検知は達成できているものの、本番環境には適用しておらず、今後適用していく考えだ。

労働集約型作業の効率化

一方、WebカメラによるOPE自動取得の取り組みを三菱重工業 民間機セグメント エアロストラクチャー事業部 工作部 工務課 松田達也氏が解説。OPEは生産性を表す指標であり、数値が高ければ付加価値を生み出していると捉えられている。

三菱重工業 民間機セグメント エアロストラクチャー事業部 工作部 工務課 松田達也氏

三菱重工業 民間機セグメント エアロストラクチャー事業部 工作部 工務課 松田達也氏

WebカメラによるOPE自動取得プロジェクトの位置づけ

WebカメラによるOPE自動取得プロジェクトの位置づけ

江波工場のOPE/現場離脱(作業者が持ち場を動くこと)分析は、現場観測者による分析が必要なため、限られたリソースですべての作業・号機を分析することは困難なほか、生産性改善はリアルタイムの情報が重要ではあるものの、人による分析ではリアルタイム性を担保することが難しい状況となっていた。

そのため、WebカメラとAIでOPE/現場離脱分析をリアルタイムに分析する仕組みを構築。適用した技術はVertex AIの「AutoML Vision」で作業エリア内の作業員を検知するMLモデルを作成し、「AutoML Video Intelligence:Object Tracking」で任意の物体を検出し、途切れなく追跡できるようにしている。

Verex AIでOPE/現場離脱分析をリアルタイムに分析する仕組みを構築した

Verex AIでOPE/現場離脱分析をリアルタイムに分析する仕組みを構築した

WebカメラによるOPE自動取得のイメージ

WebカメラによるOPE自動取得のイメージ

最後に将来的な取り組みについて松田氏は紹介した。今後、江波工場では作業実績や熟練者の暗黙知、設備などのデータをクラウドDB(Google CloudのBigQuery/Cloud SQL)につなげ、Vertex AIをはじめとしたAIソリューションを活用し、機械学習を行い、その結果にもとづいて作業進捗のリアルタイム分析、生産性指標のリアルタイム化、作業員の暗黙知の形式知化、自動化の高度化、人材育成などを進めていく。そして、作業進捗のリアルタイム分析などのデータを現場にフィードバックし、生産性改善のフィードバックを実現していくという。

江波工場における今後の展望

松田氏は、Google Cloudのソリューションを採用した理由について「Vertex AIは少ないサンプル数で高精度な機械学習モデルを実装でき、過酷な工場環境でのエッジデバイス対応が可能だ。また、Google Cloudはクラウド上でデータの蓄積・分析・予測・可視化まで一貫したソリューションの適用を可能とし、データ収集から運用までのMLワークフローを効率化するMLOpsに対応している。そして、Googleのre:workプログラムとしてGoogle Cloud社員とのディスカッションやCreative Skills for Innovation Labでのデザイン思考実践を通して、イノベーションプロセスを体感でき、当社としてもデジタル化のみならず風土改革を積極的に進めているため、これらの支援も受けられることは大きなポイントだった」と述べていた。