コロナ禍はすべての産業に大きな影響を与えた。企業は戦略の見直しを余儀なくされ、2021年に向けて難しい舵取りを迫られている。特に重要度を増すと見られているのがマーケティング戦略だ。コロナ禍でさまざまな体験を経た消費者のマインドは変化し、これまでのマーケティング手法が通用しなくなっているからだ。
ではマーケティング担当者は何に着目し、消費者を理解していけばいいのだろうか。あるいはマネジメント層はどのようにマーケティング組織を構築し、導いていくべきなのだろうか。
7月9日に開催された「マイナビニュースフォーラム2020 Summer for データ活用」では、特別講演にクー・マーケティング・カンパニーで代表取締役を務める音部大輔氏が登壇。「コロナ禍で変化する顧客体験 - 顧客の心をつかむブランドはこう作る」と題し、マーケティング担当者とマネジメント層の双方にアドバイスを送った。
現象をいかに「解釈」するか
P&Gに17年間在籍し、複数のブランドでその手腕を発揮した後、数々の企業で成果を上げてきた音部氏は、いずれの企業においても一貫してブランドマネジメントやマーケティング組織構築に携わってきた。2018年にクー・マーケティング・カンパニーを創業し、現在はCMOの経験を基に国内外のさまざまな企業のマーケティングを支援している。
音部氏は、CMOの役割として「マーケティング組織の構築」、つまり「ディレクターやマネジャーが力を発揮できるような環境をつくること」を挙げる。いずれCMOの役割とはビジネスを持続的に成長させるために「マーケティング組織を構築し、成長させる仕組みを作ること」なのだ。
では、組織の成長とは具体的に何だろうか。
音部氏は「成長」について「昨日できなかったことが明日できる」ことだと定義する。さらに掘り下げると、成長とは「昨日は持っていなかった手段が手に入る」こと、あるいは「昨日は知らなかったやり方がわかる」ことである。特に、組織においてより頻繁に必要となるのが後者だと音部氏は説く。
「昨日は知らなかったやり方がわかる」ようになるためには経験や知識を共有し、蓄積していくことが重要だ。そうした経験/知識の管理手法を「ナレッジ・マネジメント」とも呼ぶ。
ここまでのマネジメントに関する前提を踏まえた上で、音部氏は現在のマーケティングシーンに切り込んでいく。
「コロナで新商品の発売もイベントも延期になり、売上が落ちましたという声をよく耳にします。それは間違いではありませんが、現象をつなげているだけとも言えます。そこで留まっていては、対応策を講じることは難しいでしょう」
ポイントは現象だけにとらわれるのではなく、現象を消費者マーケティングの観点で解釈することだという。つまり「コロナでビジネスが停滞した」ではなく、「コロナで”消費者の行動が変化”したことでビジネスが停滞した」と解釈するのだ。
年末商戦の例で考えてみよう。年末にスーパーが食品の増量パックを販売したとする。増量パックは売れ行きがよく売上が大幅に伸びた。その理由は何だろうか。消費者の行動を軸にしないと「年末に増量パックを販売したら売上が伸びた」という事実だけが残り、そこから先にはつながらない。
消費者の行動を軸にして「年末は家庭内の在庫が増える時期であり、そこに追い風となる増量パックを販売したから伸びたのではないか」という分析ができれば、「家庭内在庫が期待できる商品なら同様に売れるだろう」という予測ができるというわけだ。消費者を軸にすることで、次のアクションが取りやすくなるのである。
コロナ以降、このような消費者理解は一段と難しさを増している。「コロナが消費者に大規模な”知覚”変動をもたらし、認識の地形を変えてしまった」(音部氏)からだ。2021年以降の戦略を立てる際、企業はより一層、消費者の理解を進めなければならない。
もっとも、消費者の変化が「持続的な変化なのか、一時的な変化なのかはしっかり区別しなければならない」と音部氏は指摘する。コロナ禍の今は非常事態であり、現在の理解が終息後もそのまま通用するかどうかはわからないからだ。現時点での消費者行動は移行期の最中にあり、今後も変化していくことは留意しておく必要がある。
ではどのように消費者行動をリサーチしていけばよいのだろうか。
音部氏がヒントとして挙げるのが「自我(アイデンティティ)」の分析である。実は一人の人間であっても多くの自我を持っていると音部氏は説明する。例えば「誰かの子としての自分」「誰かの親としての自分」「誰かの友人としての自分」といった具合だ。それぞれは別個の自我でありながら、混ざり合って一人の人間を形成している。
誰がどんな自我を持っているのかはコミュニティに立脚する。誰と会って何をして1日をどのように過ごしているのか。その点を分析することで消費者の購入動機や抱える課題、ニーズを探ることができるのだという。