「社員の顔と名前が一致しない……」そんなマネジメント層の悩みを解決すべく、顔写真とともに氏名や評価、スキルといった人材情報を一元化し共有するためのクラウド人材管理システムを提供するカオナビ。2019年6月時点で利用企業数は1400社を突破しており、日本のHR Techを牽引するベンチャー企業のひとつとして成長を続ける。

そして今年7月、カオナビは行動指針を新たにした。「ぎゅっと働いて、ぱっと帰る。」など、子どもにも伝わるような平易な言葉で説明されているのが特徴だ。

カオナビ 代表取締役社長 CEO 柳橋仁機氏

そこにはどのような思いや考えが込められているのだろうか。同社 代表取締役社長 CEO 柳橋仁機氏に聞いた。

プラットフォームを作り、「仕組み」として人材マネジメントを変えていく

カオナビは「シンプルな仕組みで、世の中をちょっと前へ。」をミッションに、一元化された人材情報を簡単に共有できるプラットフォームとして「カオナビ」を提供する。同プラットフォームは、顔写真が並ぶシンプルなUIと機能が特徴だ。

<Mission>
シンプルな仕組みで、世の中をちょっと前へ。

<Vision>
マネジメントが変わる新たなプラットフォームを。

カオナビの原点は、柳橋氏が前職で人事部長を務めていた際に肌で感じた経験だ。人材マネジメントが会社の栄枯盛衰を左右する様子を見てきた。

企業にとって重要なはずの人材マネジメントに対して適切なITツールがないことに柳橋氏は違和感を抱き、自ら起業する道を選ぶ。

「人材マネジメント」「プラットフォーム」というテーマにこだわりはあったものの、起業後しばらくは具体的なプロダクトのアイディアが出ずに苦しんだ時期もあったという。しかしあるとき、顔写真をもとにした人材マネジメントシステムを作って欲しいという相談をIT企業から受け、「これだ」と直感した柳橋氏は、サービス化して広く展開していくことを決意する。

「人材マネジメントをより良くするツールを通して、誰もが人材情報を活用できる仕組みを作っていきたいと考えています。人材マネジメントに関するコンサルティング会社は多くありますが、私たちはプラットフォームを提供することで『仕組み』として人材マネジメントに貢献していきたいんです。

私たちが取り組む『人材マネジメント』というテーマは、組織がある限り発生する問題です。世の中の9割以上の人は、何らかの組織に属していると言えます。適切な人材マネジメントで組織を良くするということは、世の中を良くすることにつながると考えています」(柳橋氏)

カオナビが目指すのは、徹底的な汎用品だ。「汎用品はシンプルでなければいけません。誰でも使えるシンプルな仕組みにしていくことが大切です」と柳橋氏は説明する。

クライアントの要望に答えようと、多くの機能を盛り込んでしまい、結果的に使い勝手の悪い複雑なシステムになってしまっている事例は枚挙に暇がない。それに抗う思想として、カオナビのミッションがあるというわけだ。

オプションとしてさまざまな機能の開発は進められているが、カオナビのコアとなる部分は、シンプルさが追求されている。

全社員の残業時間は平均数分! “早く帰れるヤツがかっこいい”文化を

今年7月に発表されたカオナビの行動指針の特徴は、擬態語など子どもにも伝わるような平易な表現が使われている点。そのほうが愛着が湧きやすく、社内へ浸透していきやすいという考えからだ。

<行動指針>
1. ぎゅっと働いて、ぱっと帰る。
2. ちゃんと聞く、ちゃんと言う。
3. そもそもなぜ?を考える。
4. スピードで勝負する。
5. 顔と名前の一致からはじめる。

柳橋氏は特に「1. ぎゅっと働いて、ぱっと帰る。」に思い入れがあるのだという。

「働き方改革が進められているものの、日本には長時間労働=美徳とされている文化が根強く残っています。しかし今後人口が減るとともに労働力が減少していく日本において、長時間労働で無闇にがんばるのはナンセンスです。

生産性を上げ、限られた時間で仕事をして帰る。そしてプライベートを充実させ、人間らしく生きることを大事にするという価値観が求められていると思います。社内に対しても、仕事ばかりやっていても煮詰まってしまうので仕事以外の時間を設けて頭をリフレッシュしたほうが良い、と言い切っています」(柳橋氏)

実際に、カオナビ全社員の平均残業時間は数分-20分程度。こうした状況が数年続いているというから驚きだ。行動指針として明文化される以前から柳橋氏が全社ミーティング等でも伝え続けてきたこともあり、早く帰ることを良しとする価値観がすでにカオナビのカルチャーとして根付いている。

この価値観をさらに浸透させていくため、同社は、月所定労働時間に±20時間の幅を設け各自で労働時間をコントロールできる「±20時間制度」に加え、フレックス制度を今年4月から導入し、「フレックス±20時間制度」という人事制度を制定した。

同制度は、残業してはいけないわけではなく、あくまで自己管理能力を問うもの。「明るいうちに帰れる人=仕事ができてかっこいい人」というイメージを確立させていくことが狙いだ。

そうはいっても、変化の激しいベンチャー企業は業務量が多く、長時間労働が当たり前の状況にならざるを得ない。実際に柳橋氏も創業時には夜遅くまで働いていたという。

しかし、自身の結婚、そして子どもが生まれたタイミングで働き方を見直し「ベンチャー企業でも、早く帰ることは良いこと」という新しい価値観に行き着いた。

「そもそも、従来の価値観を作り変え、大企業ではやっていないようなことをやる、というのがベンチャービジネスの価値であり醍醐味です。

ベンチャー経営者の仕事は、新しい価値観を人に伝え理解してもらうために『論理』を作り出すこと。人材マネジメントシステムをどういう論理で普及させていくかということ自体にも頭を使いましたが、それは働き方に対しても同じです。

ベンチャーをやっていても早く帰るのは良いことなんだ、という既存の価値観とは異なる主張をするための論理を考えていくことも、自分の仕事だと考えました」(柳橋氏)

ぎゅっと働いて、ぱっと帰るためには「議論」が必要

短時間で高い生産性を上げ、「1. ぎゅっと働いて、ぱっと帰る。」を実現するためには、コミュニケーションの密度を高める必要がある。そこで「2. ちゃんと聞く、ちゃんと言う。」を実践しなければならない。この言葉の根底には、議論が苦手という日本人の国民性に対する柳橋氏の問題意識がある。

柳橋氏は、「欧米では幼少期からディベートの訓練をしており、『ちゃんと聞く、ちゃんと言う。』ことが当たり前になっていますが、日本人は『議論=軋轢』と捉えてしまい、気を遣って言いたいことが言えない人が多い。その結果、会社の課題が放置されてしまい、長時間労働にもつながってしまいます。

北欧では、少ない人口なのにも関わらず高い生産性を保っています。それは、きちんと議論して合意形成を図っているのではないでしょうか。カオナビも、労働力に頼らず、ディスカッションやデザインで勝負できるような北欧型の会社にしていきたいと考えています」と、「2. ちゃんと聞く、ちゃんと言う。」に込められた思いについて語る。

「3. そもそもなぜ?を考える。」には、かつてITコンサルティング企業に務めていた柳橋氏の経験が背景にある。

「当時は自分の仕事に対して上司から『なぜこれをやったのか』と徹底的に聞かれました。上司から命じられた仕事でもしつこく聞かれたのを覚えています。誰かに言われたまま何も考えずに仕事をするのではなく、きちんと背景まで理解して取り組んでいるかということが問われていたのだと思います。

自分の中ではこうした考え方は癖づいていますが、そうでない社会人も多いのではないかと感じています。カオナビの使命は、仕組みを作ること。そのためには、お客さまからの要望を鵜呑みにするのではなく、『なぜ?』を考え、仕組みに還元していかなければなりません」(柳橋氏)

行動指針は発表されたばかりであるため、社内への浸透はこれからだ。しかし柳橋氏は、すでに手応えを感じているという。その理由は、行動指針策定の要望がボトムアップで起きたことにある。

柳橋氏は「経営者が独断で決めないことが大事だと思っています。行動指針を作ったほうが良いという社内の声は昔からありましたが、意図的に無視していたんです。社内での合意形成ができるのを待っていました。そうでなければ社内に浸透していかないという考えからです」と説明する。

まだ1カ月と少しだが、すでに現場でも行動指針を言葉にして発している社員が出始めているという。

まずは全国、あらゆる業種でカオナビ導入を目指す

ある調査によると、人材マネジメントシステムの普及率は全国で12%程度。全国的に見ると、人事関連業務のIT化は進んでおらず、いまだに多くの企業が書類ベースで行っているのが現状だ。

「こうした状況を考えると、道半ばどころかまだ入り口に立っているような段階」と柳橋氏。「まずは全国、特に首都圏以外のあらゆる業種にカオナビを導入することが目標。そして人材マネジメントシステムとしてのプレゼンスを確立させていきたい」と展望を語る。

オフィス入口前には、社員の顔が印刷された壁。写真中央に柳橋社長の顔

プロダクトはもちろんのこと、「ぎゅっと働いて、ぱっと帰る」という概念が全国で当たり前になったときこそ、日本において真の「働き方改革」が実現するときなのだろう。今後もカオナビは、普及率向上に向けた取り組みを進めていくと共に、新しい働き方に挑戦していく。