ここ数年でAIの導入が一気に進んだ。ロボットのようなわかりやすい姿をしたものから、業務用ソフトウェアの一機能、家電製品に至るまで、さまざまな分野でAIが活用されている。本連載では、そうした各業界の最前線で活躍するキーマンに、本誌でAIについて解説する連載「教えてカナコさん! これならわかるAI入門」を執筆するAI研究家 大西可奈子氏(NTTドコモ R&Dイノベーション本部 サービスイノベーション部)がお話を伺っていく。

今回、ご登場いただいたのはタカラトミー マーケティング本部 ニュープロダクト事業部 事業部長の木村貴幸氏。エンタテインメントロボット「オムニボット」シリーズを手掛けるほか、2015年には大西氏も開発に加わったNTTドコモとタカラトミーの共同開発の対話AIを搭載するクラウド型おしゃべりロボット「OHaNAS(オハナス)」を生み出した人物でもある。

おもちゃの世界に次々と新しい風を吹き込んできた木村氏は、おもちゃとAIの未来をどう見据えているのだろうか。

タカラトミー マーケティング本部 ニュープロダクト事業部 事業部長の木村貴幸氏(左)と”カナコさん”ことAI研究家の大西可奈子氏(右)

おもちゃ業界の”ロボット事情”

大西氏:木村さんと言えば(新しいおもちゃを企画する)ニュートイ事業部! というイメージなんですが、今のお仕事について教えていただけますか。

木村氏:実は今年からニュートイ事業部はニュープロダクト事業部に名称が変わりました。トイに限らず新しいプロダクトを作っていこうというコンセプトです。

大西氏:そうでしたか。これまでにどんなプロダクトを手がけてこられたのでしょう。

木村氏:1984年にスタートした「オムニボット」というロボットブランドは今も人気があります。最近だと犬型のロボット「ハロー! ズーマー ミニチュアダックス」やうさぎ型のロボット「ハロー! はらぺこラビット」、(デアゴスティーニの)週刊ロビをベースにしたシリーズも好評です。NTTドコモさんとの共同開発で大西さんにもご協力いただいたOHaNASもオムニボットシリーズの1つですね。

大西氏:OHaNASは私にとっても思い入れのあるプロダクトです。それにしても、タカラトミーさんは30年以上も前からロボットブランドを展開されていたんですね。80年代当時のロボットはどんなものだったのでしょう。

木村氏:実は当時から音声認識機能はあったんですよ。

大西氏:えっ、それはすごい!

木村氏:もちろん今と比べればシンプルなものです。10~20くらいのコマンドを登録しておけるのですが、できるのは「歩け」と言うと歩く程度でした。それでも結構高価な商品でしたね。

大西氏:オムニボットはその後、どのように進化していったのですか?

木村氏:10年ごとくらいにロボットのトレンドがやってきて、技術も高まっていった印象です。例えば(約10年前の)2007年に発売した「i-SOBOT」は、ニ足歩行ができるロボットとして話題になりました。サーバを介して音声を認識するOHaNASも、そうしたトレンドの波を反映したプロダクトの1つですね。

大西氏:最近はどんなロボットが流行っているんですか?

木村氏:スマホやタブレットを利用できる小型で低価格のパートナーロボットが人気です。価格を抑えることができるようになったのは、スマートフォンの普及のおかげで小型で性能が高い部品の値段が安くなったことが大きいですね。

大西氏:小さいほうが売れるんですね。

木村氏:日本だと小さいほうが好評ですね。特に、ロビのように周りの音や環境の変化を認識して対話できるようなロボットは人気があります。おもちゃは未来感や感動、驚きを与えることが大事なんです。例えば、最新作の「マイルームロビ」は、夕方になるとロビは「暗くなったね」と言ったりします。これは温度計や時計機能がついているからなのですが、ユーザーにはまるでロボットが人間のような感覚を持っているように感じられるわけです。

大西氏:どんどん技術が発達して、おもちゃも高機能になっているんですね。ただ、おもちゃである以上、価格帯には限界がありますよね。そのなかで使える技術の取捨選択をすることが難しさであり、楽しさなんだろうなと思いました。特に、AIに関してはリッチなものが増えてきましたが、それを今後おもちゃに取り入れていく可能性はあるのでしょうか?

木村氏:可能性はもちろんありますし、AIを使うことで、もっと楽しいおもちゃが作れるチャンスが増えると思います。以前は対話ロボットを出しても、ロボットに人間が話しかけるなんて……という空気感がありました。でも今は音声認識技術が向上してきたことや、スマートスピーカーなどに話しかけるのに抵抗がなくなってきたこともあり、かなり対話ロボットに対するハードルが下がってきていると感じます。

大西氏:確かに、慣れの部分は大きいですよね! 以前はBluetoothイヤホンでハンズフリーで通話している人を見て驚いていましたが、今はすっかり見慣れてしまいました(笑)

“面白い”は難しい! - おもちゃならではの奥深さ

大西氏:おもちゃ業界ならではのAI技術に対する期待や要望はありますか? こんな技術があったら今よりも面白いおもちゃが作れるのに……という。

木村氏:そうですね。もっとハイコンテクストな対話ができるようになると楽しいんじゃないかと思います。例えば「あれ、良かったよね」と言うと、ロボットが「あれ」を把握して的確に返してくれるとか。

大西氏:なるほど。一緒に生活するなかで会話のログがたまっていきますから、それを活用できれば、そんな対話ができる日が来るかもしれません。会話には本人も気づいていないような本質や情報が隠れていたりするので、それを対話AIに生かせると面白そうですね。ちなみに「あれ」とか「それ」とかを使って会話するのは年配の方に多い印象ですが、ロボット自体はどんな方に受けているのですか?

木村氏:比較的、年齢層は幅広いです。2割くらいはお子さんですし、もちろんシニア層もいらっしゃいます。

大西氏:子どもにとっても良い話し相手になるのかもしれませんね。

木村氏:ロボットって良い意味で感情がないので、嫌われるかもしれないとか気にせず話しかけることができるんですよ。逆に思春期だと答えてくれないようなことでも、ロボットが聞くと答えてくれたりします。親子にとってもメリットがあると思います。

大西氏:確かにロボット相手だと話しやすい面はありますね。ロボットならではの良さというのは、追求するといろいろ出てきそうです。

木村氏:「いそうだけどいない生き物」とか、不思議なペットなどを作れるのもロボットならですよね。逆にリアルな方向にいくのは難しい部分もあるんです。いわゆる”不気味の谷”にハマってしまう。ロビがデフォルメされたかわいさなのも、そういう一面があるからでしょう。

大西氏:妙にリアルなのに本物とはどこか違う……という違和感があると、なぜか不気味な印象になったりしますよね。いつかそれを越えられるのかもしれませんが。

木村氏:ただ、おもちゃとしてはリアルならいいわけではなく、面白さが必要です。例えば対話にしても、「まじめに返さない」ということもポイントです。聞いたことに対して全て適切に返すのではなく、ギャグで返すとか、いきなり歌を歌ってみるとか。自動走行するにしても、まっすぐ目的地に向かうのではおもちゃとしてはつまらなかったりもするんです。

大西氏:そこは業務用のチャットボットなどと違う点ですよね。正しいから良いわけではないと。おもちゃはその点が奥が深いと思いました。

木村氏:とはいえ「面白いことを言います」というのは、作り手側としてもハードルが高いです(笑)。芸人さんと組んでも難しいでしょう。

大西氏:それはそうですよね。面白さって人によって違いますから。でも、おもちゃ業界は「お笑い」という意味ではなく、ユニークな人が多いと思いますよ。特にタカラトミーさんはOHaNASのプロジェクトでご一緒させていただいて感じましたが、チャレンジ精神が豊富で「まずやってみよう」という気質ですよね。ロボットにしても80年代から挑戦されていたわけですし。

木村氏:ありがとうございます。ぜひ大西さんにはエンタメ業界で活用できる対話AIを開発していただきたいです。といっても面白いAIでなくて大丈夫ですよ。むしろ面白くするのはこちらの仕事ですから(笑)。

大西氏:挑戦したいですね。技術先行ではなく、活用するユーザーのメリットを考えたAIを開発していきます!

After Interview

第1回は、お仕事でもご一緒したことのある木村さんとお話させていただきました。おもちゃ業界が、実は新しい技術や考え方をいち早く導入してきたのだということはあまり知られていないのではないでしょうか。木村さんのお話を伺い、素晴らしい技術が面白い商品を生むのではなく、必要十分な技術をどのように活用すれば面白くなるのかを日々考えることこそが、面白い商品を開発する上で重要なのだということを改めて実感しました。これからの技術開発でも、忘れないようにしたいと思います。