ウチの行きつけの中華料理店は本格的な海鮮中華で、しかも安くてうまい。だけど、店が小さくて汚く、英語が流暢ではないファミリー経営のためサービスが行き届かないところがある。そのためレビューサイトYelpでの平均評価は星2.5しか取れていない。その店から車で15分程度の大通りにシェフの名前を冠した中華料理チェーンがある。料理は(悪い意味で)ファミレスのような中華。それなのに価格は本格レストラン並み。しかし、マネージャーや接客スタッフは英語ネイティブまたはバイリンガルで、サービスは行き届いていて、Yelpの平均評価は4つ星を超えている。ここが中華街なら、中国語だらけの店でも通用すると思う。でも、米国のスタンダードが求められる場所では、様々な文化が交わる米国であっても伝わる言葉とコミュニケーションなくして本物も認められない。言葉って大事だと、つくづく思う。

英語発音矯正アプリELSA

英語発音矯正アプリELSA

サンフランシスコとホーチミンに拠点を置くELSAがシリーズBラウンドで1500万ドル(約15億7500万円)の資金を調達した。南米事業の拡大と、企業や教育機関向けのB2Bプラットフォームの構築、また昨年に利用が伸びたベトナムやインド、日本での事業強化に充てるという。

ELSAは、AIによる音声認識と機械学習を活用した英語の発音矯正アプリだ。スマートフォンで単語や例文を読むと発音が分析され、「[l]をもっと強く」とか、「/k/はお腹から強く発声するように」というように非常に細かく指導してくれる。従来の発音学習の場合、「正しい音はコレで、このように発音します」と丁寧に説明してくれても、それをうまく再現できないから正しく発音できない。問題の原因は人によって様々で、修正の方法も異なる。ELSAの場合、学習者の発音のどこが不自然で、どのように直したら正しい発音に近づけるかパーソナライズした修正を示してくれる。問題点が分かりやすく、しばらくレッスンを受けると確実に発音が向上する。

  • 個々の発音の問題点を見つけてピンポイントで修正しながら、流暢な英語に近づけていくELSA

ビジネス分野にAI翻訳が浸透し、いずれ英会話学習は要らなくなるという声がある。それなのに英会話学習のELSAが1500万ドルもの資金を調達できた。

たしかにAI翻訳の精度は早いペースで向上しており、今や仕事の現場に浸透している。先日、あるグローバル展開する企業からプレスリリースをもらった際に、AI翻訳で訳されやすい英語で作成しているので、AI翻訳するならその出来のフィードバックが欲しいとお願いされた。ハードウェア製品の発表のようなシンプルな文章なら、それほど遠くない将来にAI翻訳による多言語対応が通用するようになるかもしれない。

でも、それで事足りるかというと、AI翻訳で効率化できる部分も大きいけど、それだけで海外展開が可能になるわけではない。海外の市場に本気で取り組む企業はこれまでと変わらず、AI翻訳ではなく、その国に向けたマーケティングを展開するだろう。正しくは、AI翻訳に任せられる部分は任せて、人の力を必要とする部分によりリソースを集中できるようになる。

例えば、Appleが秋にiPhoneの新製品を発表した後、一昨年から2年連続でティム・クック氏がスペイン語版のPeopleのインタビューを受けている。昨年はコロンビアを代表する若手ミュージシャン、セバスチャン・ヤトラと対談し、学生時代に学んだというスペイン語を披露していた。海外に展開するということは、その国の文化や考え方、暮らしなどを理解しないと成功できない。言葉の修得はコミュニケーションというだけではなく、そうした理解を促進してくれる。だから、グローバル企業ではバイリンガルやマルチリンガルであることがこれまで以上に重視されている。

ELSAの資金調達はコロナ禍の自粛でできた時間を使ったセルフラーニングブームが追い風になっている面もあるが、同サービスがある程度の英語を話せる人に効果があるサービスであることも大きい。世界の英語人口は約15億人、そのうち約2/3はネイティブスピーカーではない。その約10億人にとって、ネイティブ言語ではない英語を磨くことは大きなチャンスにつながる。シリコンバレーではインド系やインド人のエンジニアの台頭がめざましい。ディベート重視で英語を叩き込まれた彼らの物おじしない話っぷりを見ていると、成功を目指して英語を学ぶ人たちに刺さりそうなELSAに対する評価に納得できる。

スティーブ・レヴィン氏が新著「America’s Bilingual Century」で、他の言語を学ぶのに早すぎることも、遅すぎるということもないと、全ての米国人に外国語の修得を勧めている。「言語が苦手」「テクノロジーが言語学習を不要にする」「米国だけでも広くて、英語だけで十分なのになぜ必要?」といった疑問にユーモアと巧みな語り口で答えている。「English is what unites us. Our other languages are what define and strengthen us」-- 英語は私たちを結びつけ、他の言語は私たちを定義し、そして強くしてくれる。レヴィン氏の言う「私たち」とは米国人だが、英語ネイティブではない人たちを英語の結びつきから除いているわけではない。非ネイティブの人たちが英語を修得する価値もまた、同じように大きい。