モバイルアプリ市場におけるAppleとEpic Gamesの対立が話題だが、米国ではもう1つ、コネクテッドTV市場におけるRokuと「Peacock」や「HBO Max」の対立も注目を集めている。

Peacockは、4大ネットワークの1つNBCの番組を広告ベースで無料配信するビデオストリーミングサービスだ。言い換えると、地上波の雄がオンライン配信でテレビの新時代を切り拓こうとしているサービスである。HBO Maxは、ケーブルTV時代を通じてプレミアコンテンツでトップであり続け、近年も「ゲーム・オブ・スローンズ」などヒット作を提供するHBO(WarnerMedia傘下)が開始したサブスクリプション型のビデオストリーニングサービスだ。PeacockとHBO Maxの開始は、地上波放送から80年代以降にケーブルテレビ/衛星テレビへと移ってきたテレビ視聴方法の主流がオンラインストリーミングになろうとしていることを示す。

一方のRokuはセットトップボックスやスマートTV向けのOSを提供している。赤字続き(利益を全てR&Dとマーケティングに投資しているため)のシリコンバレー企業である。Rokuの時価総額は約200億ドル。Peacockを運営するNBCUniversalの親会社はケーブル大手のComcast、時価総額約2000億ドル。WarnerMediaの親会社は通信大手のAT&T、時価総額約2100億ドルだ。普通に考えたら、長いものに巻かれて、RokuはPeacockやHBO Maxを視聴できるようにした方が得策である。ところが、Rokuは条件を譲らず、交渉はまとまっていない。ちなみにRokuは、Rokuチャンネルのコンテンツパートナーに対して、サブスクリプション料金の20%、さらに広告枠30%や無料コンテンツの提供を求めているという。

それでRokuの評価が下がったかというと逆である。Disneyの「Disney+」が最高のスタートを切ったのに対して、HBO Maxの立ち上げは期待を下回った。その差を生み出した大きな理由の1つがRokuであると見なされており、コネクテッドTVにおけるRokuの門番(Gatekeeper)ぶりが注目されている。

  • HBOは「HBO Now」というストリーミングサービスを提供していたが、Max開始から1週間でNowユーザーの29%がMaxに移行しなかった

Apple TVに完勝、米ブロードバンド世帯の40%に浸透

近年、ビデオストリーミングサービスの視聴者を最も増やしているのがコネクテッドTVだ。Convivaのレポートによると、2019年第4四半期のストリーミング視聴時間のシェアはテレビが55%、モバイルが24%、PCが11%だった。そのコネクテッドTVのシェアの43%をRokuは握っている。今後の広告売上の伸びがもっとも有望視されている分野である。

Rokuのアクティブユーザーアカウントは約4300万(2020年第2四半期)。これはケーブルTV大手Comcastの契約世帯数(1950万世帯)の倍以上だ。米国で最も利用されているOTT(over-the-top)プラットフォームであり、2020年末には5200万アカウント、米国のブロードバンド世帯の約40%に浸透すると見られている。

Rokuはもともと、Netflix社内で「Project Griffin」というコード名で作られていたセットトップボックスだった。Netflixはサービスを様々なデバイスやプラットフォームで利用できるようにすることを優先し、自社ハードウェア製品にこだわるのは得策ではないと考えてセットトップボックス事業をスピンオフした。Rokuという社名は、創設者のAnthony Wood氏が始めた6番目の会社であることから、日本語の数字の「六」からつけた。

Rokuが初のストリーミングプレイヤーを発売したのは2008年。当時すでにAppleが初代の「Apple TV」(当時はiTunesコンテンツをテレビで楽しむためのデバイス)を発売しており、ゲーム機のメディアプレーヤー化も進んでいた。そうした中でRokuは、ユーザーを増やす戦略を徹底した。ゲーム機にはおまけのようにコネクテッドTV機能が付いてくるから、ゲーマー以外が主なターゲットになる。そうした層はテレビをコネクテッドTV化するデバイスに出費したがらないと考え、価格を抑えた薄利多売を徹底、廉価帯の製品を充実させた。当時AppleはApple TVを「ホビー」と位置付けていたが、実際のところApple TVはAppleらしいハードウェアに仕上げられていた。一方、Rokuのデバイスはハードウェアとしてそれなりの品質でしかなかったが、ホビーとしてストリーミングサービスを試しやすいプレイヤーだった。

  • Rokuが2011年に発売した「Roku LT」、720p対応で49.99ドル。手軽にコネクテッドTVを体験できるストリーミングプレーヤーだった

もう1つの成長要因がスマートTVの普及を牽引したこと。TVメーカーがコネクテッドTV機能の内蔵に踏みだし始めると、Appleのように独自のハードウェアで対抗せず、TVメーカーとのパートナーシップに力を注ぎ始めた。リファンレンスデザインを用意し、廉価帯〜普及帯のテレビを提供するメーカーが独自にスマートTVを開発する手間を極力省く方法を提案。また、小売ストアでスマートTVをアピールしていくマーケティングプロジェクトを展開し、Rokuのプラットフォームを採用することで、TVメーカーが家電量販店の棚で優先的に製品をアピールできるメリットも付けてRoku搭載TVを増やした。家電量販店やディスカウントストア、TVメーカーを巻き込んだスマートTVのマーケティングによって、米国では2017年からスマートTVが急成長し、それと共にRokuのインストールベースも上昇した。

今、米国では「NetflixやYouTubeが見られないテレビは安くても売れない」と言われる。2015年にAppleは「テレビの未来はアプリ」と宣言し、App StoreをApple TVに拡大した。しかし、テレビは簡単に楽しめるものという消費者意識は根強く、スマートフォンやタブレットのような成長は見られない。一方、Rokuは統合プログラミング・モデルを採用し続けている。同社は「コンテンツパブリッシャーと競争しないニュートラルなOTTプラットフォーム」を宣言、Rokuチャンネルは現在10,000チャンネルを超えている。Rokuがあれば、簡単にあらゆるストリーミングサービスを視聴できる環境を提供している。

その価値はコンテンツパブリッシャーにとっても非常に大きいというのがRokuの主張である。だから、PeacockやHBO Maxに対しても交渉条件を譲らず、OTTプラットフォームの価値を認めさせようとしている。

  • NetflixやDisney+のようなプレミアチャンネル、RokuチャンネルにはABC Newsのようなライブストリーミングニュース、People TVのような無料で視聴できる広告ベースのチャンネルなど多種多様なチャンネルが揃っている

一方メディア大手は、実験的な取り組みだった頃はRokuの自由を認めても、ビデオストリーミングに本格的に乗り出すなら主導権を譲りたくない。サブスクリプションの80:20の売上分配はともかく、広告枠は事業戦略に関わってくる。例えば今年1月、スーパーボウルの広告を巡ってRokuとFoxが揉め、スーパーボウル直前にFoxがRokuから削除されそうになった。Rokuの4〜6月期、売上の69%はプラットフォーム事業からもたらされた。そのおよそ半分が広告とRokuチャンネルのサブスクリプションだった。コンテンツ提供の場を提供するだけであっても、広告事業も手がけるならコンテンツパブリッシャーと競争することになる。マネタイズが絡めばニュートラルな立場を徹底できないというがメディア大手の見方である。