8月28日に米Amazonが、食料品・日用品スーパーチェーン「Whole Foods Market」の買収を完了させた。その日からすぐにWhole Foodsがオリジナルブランド商品の値下げを実施すると予告されていたので、早速Amazon傘下になったWhole Foodsに行ってみた。

ニュースでは店内でEchoデバイスが売られていると報じられていたが、ウチの近所のWhole FoodsでEchoの販売はなく、AmazonっぽさはAmazon傘下になったのを告知するポスターが貼られていたことだけだった。たしかに、バナナやアボガト、ケール、卵、ふじリンゴなどが安くなっている。でも、値下げ商品は全体のごく一部であり、普段の買い物への影響は数ドルあるかどうかという感じだ。とはいえ、買収完了後の初日である。Amazon傘下で改革された新生Whole Foodsを披露する初日ではないのだ。手続きが完了するまでAmazonとWhole Foodsができることは限られたはずである。そうした中で、いきなりオリジナルブランド商品の値下げを実行したのはAmazonのスピードを感じさせる。この調子で、これからどんどんWhole Foodsは変わっていくのだろう。

レジの前にAmazonとの合併を知らせるポスター

私が行ったのは昨年シリコンバレーにオープンしたばかりのWhole Foodsである。どこでも一緒と思うかもしれないが、従来のWhole Foodsと最近オープンしたWhole Foodsでは全く異なる。もしWhole Foodsに行くなら、なるべく最近オープンした店舗に行くことをオススメする。

以前のWhole Foodsは、低価格・大量消費の一般スーパーへのカウンターカルチャーのような精神を持ったスーパーだった。特に古いWhole Foodsにはファーマーズマーケットのような雰囲気が強く、一言で紹介するなら「安全で品質の高い食料品・日用品を買えるスーパー」である (ただし、価格は高い)。ただ、スーパーはスーパーである。買わなければならないものがあるから行くけど、普段から行きたくなるところではない。でも、最近オープンしているWhole Foodsは「楽しい」のだ。ローカルの食材やワイン、食べ物、ユニークな日用品や日用品といったセレクションの良さはもちろん、ただ買い物に付き合わされても買い物の間に飽きることはない。

シリコンバレーにあるWhole Foodsには、お惣菜セクションの横にビールバー「The Tap Room」がある。スーパーとの境にドアはなく、アルコールを飲めない21歳以下も出入り自由、ビールを飲まずにストアで買ったお惣菜を食べている人もたくさんいる。

たとえば、Whole Foodsにはお客さんが店が買った食べ物や飲み物で食事できるようにテーブルとイスを並べたセクションが用意されているが、私が行ったWhole FoodsにはそこにThe Tap Roomというビールバーが入っている。ローカルのマイクロブルワリーのビールが豊富にそろっていて、個人的には4オンスサイズで4種類のビールを試せる「Beer Flight」(10ドル)というサンプラーがおすすめだ。ビールバーを兼ねているだけにインテリアも凝っていて、他のWhole Foodsよりも食事を本格的に楽しめる。Tap Roomセクションを初めて使ってみた時には、Starbucksがやっと主要な州にできはじめた頃、本屋チェーン「Barns & Noble」の中に出店して、本を持ち込んでコーヒーと共に読書できることに感動し、本屋での時間がそれまで以上に好きになった時のことを思い出した。近くにある別のリノベートされたWhole Foodsには、つい最近までSmittenというスタンフォード大学の卒業生が始めた人気アイスクリームショップが入っていた。

普通のスーパーはレジのいくつかを品数が少ない買い物客向けのエクスプレス・レジにしているが、それだと指示を無視して並んでしまう人がいる。このWhole Foodsはエクスプレス・レジを別の場所に独立して設けている。

米国のラーメン・ブームに応えるようにラーメン屋さんも

ローカルのべーカリーによるフレッシュなパン

ストアには、ピーナッツからフレッシュなピーナッツバターを作れるマシン、ブッチャーセクションには牛肉を熟成させるエイジドビーフマシン、ワインを一瞬で適温に冷やしてくれるマシンなど、面白いものがたくさん置いてある。

ドライエイジング熟成貯蔵庫も

ピーナッツやアーモンドなどを選んで自分でグラインドして作るナッツバターコーナー

ミレニアルズは無駄使いを嫌いながらも完全自炊派は意外と少なく、リーズナブルで質の高い外食や中食、時間を節約できるBlue Apronのような食材宅配サービスなどを巧みに利用している。そうした世代を意識しているのだろう。カット野菜やレシピの食材がまとめられた自炊キット、ピザやブリトーのカスタイマイズサービスなどが用意されている。

サンドイッチやブリトーはタブレットを使ってカスタマイズ注文。

Whole Foodsはファーマーズマーケットにみたいなスーパーとか、成城石井みたいなスーパーとか表現されて、どちらも「ちょっと違うんじゃない」と言われているが、私はどちらも誤りではないと思う。Whole Foodsは変化し続けていて、ファーマーズマーケットみたいなWhole Foodsもあれば、中には成城石井みたいなWhole Foodsもある。

新しくオープンした新世代のWhole Foodsにも、厳選したローカルの野菜や果物を揃えたファーマーズ・デライト・セクションは変わらず用意されている。

ここ数年にオープンしているWhole Foodsに行くと、私は「Apple Storeに似ている」と思ってしまう。Mac・iPhoneと食料品・日用品だから扱っている商品は全然違うし、店の雰囲気もまったくかぶっていないのだが、どちらも扱っている商品はその分野で安くはない。高い価格を顧客に納得させなければならない小売店だ。価格に見合う質の高い商品を提供するのは当然だが、人々のサイフの紐は簡単には緩まない。安くて同じことができるものあれば、「それでいいんじゃない」と思う人が少なくない。

PCやスマートフォンの場合、製品の成熟によって、それまで普及帯や廉価帯の消費者をターゲットにしているメーカーもそこそこ質の高い商品を安く提供できるようになった。そうなると高価格帯の商品のユーザー層は限られる。PCやスマートフォンを構成するCPUやディスプレイは同じメーカーから供給やライセンスを受けているから、そうしたハードウエアパーツでは差をつけられない。そこでAppleが差別化の核に据えているのが「体験」である。ソフトウエアの体験、サービスの体験、Macやモバイル機器が連携するプラットフォームの体験等々。Apple Storeのその1つであり、手厚いサポートやアドバイス、ユーザー同士が知り合えるイベント、プログラミングや写真の撮影テクニックなど様々なことを学べるセッションなど、最近のApple Storeはストアである以上にコミュニティスペースである。

Whole Foodsは、他にはない体験を提供する変化の過渡期にある。以前は他にはないオーガニック食品や自然食品が充実したスーパーというだけで高い価格を納得してもらえたが、ここ数年のオーガニック食品の拡大で普通のスーパーがリーズナブルな価格でオーガニック食品を提供し始めた。そうなるとWhole Foodsで高い価格で買う理由が見い出されにくくなる。そこでWhole Foodsは質と地域に根づいた品揃えに加えて「体験」で差別化を図り始めた。その代表が私が行った昨年オープンした店である。ただ、食料品の場合、価格の力は強い。以下は、過去5年間のWhole Foodsの店舗あたりの平均売上高 (店舗あたりの成長率)だ。

  • 2012年:36,332ドル (9.5%)
  • 2013年:37,131ドル (2.2%)
  • 2014年:37,563ドル (1.2%)
  • 2015年:37,104ドル (-1.2%)
  • 2016年:35,524ドル (-4.3%)

2017年は8月末時点で34,450ドル (-4.2%)である。順調だったWhole Foodsの成長が2015年に減速に転じたままだ。私はWhole Foodsで過ごす体験が好きでリピートしているが、Whole Foodsの改革はまだ数字には現れていない。だから、Amazonの買収提案に乗ったのだろう。これまで同様の質の高い商品を、これまでよりもリーズナルブルに提供し、さらに実店舗とネット、モバイルを融合させた他にはない体験を提供する。ライバルとしてよくWal-Martが挙げられ、AmazonとWhole Foodsの共通のライバルに打ち勝つための合併と言われているが、私はAmazonとWhole Foodsが意識しているのはInstacartやBlue Apronなど、食の新しい体験を生み出しているスタートアップの台頭ではないかと考えている。それらに市場を奪われない変化を圧倒的な規模で実現する合併である。