しばらく前に「IMDbの映画トップ250リストで、Netflixで観られるのはわずか31作品」という記事が話題になった。Netflixがストリーミングサービスを開始した時、いずれライブラリに過去の名作が全てそろって、それらをオンデマンドで自由に楽しめるサービスになる……と、誰もが想像した。また、そうした期待からNetflixをサポートしてきた人が少なくない。それなのにわずか31作品、しかも増えるどころか年々減少しているという。
でも、それで「Netflixは大丈夫か……」と騒いでいるのは、私を含むDVDレンタル世代ばかりである。Netflix世代と呼べるミレニアルズに記事の指摘はピンとこない。彼らはNetflixに過去の名作が揃ったライブラリなんて求めていないからだ。それよりも新しい魅力的なコンテンツを欲している。
Netflixユーザーのレーティング(5つ星)を調査した「People Like Netflix’s Original Content More Than Its Other Content」という記事によると、Netflix製作のオリジナル・コンテンツが平均3.85点であるのに対して、その他のコンテンツは3.47点。もちろんIMDbのトップ250作品がそろっていたらうれしいが、Netflixのオリジナルコンテンツが継続的にリリースされるなら、今日のNetflixユーザーは月額9.99ドルの支払いに満足する。
Netflixは7~9月期決算の発表で、同社はオリジナルコンテンツのリリースを2016年の約600時間から2017年には1,000時間以上に増やす計画を明らかにした。そのためには借り入れを膨らませても製作に60億ドルを投入するという。シリコンバレーのテクノロジー企業がコンテンツ作りに力を注ぐのを無謀という人もいる。しかし、9月期の新規契約者数がアナリストの予想(309,000人)を大きく上回る370,000人だったのは、今年リリースの「Stranger Things」や「Narcos」(第2シーズン)といったオリジナルコンテンツが話題になっているためで、ここ数四半期は明らかにオリジナルコンテンツがNeflixの成長エンジンになっている。
24日にWSJ.D Liveカンファンレンスに登壇したNetflix CEOのReed Hastings氏は、Netflixの本質について「退屈やさびしさを無くすもの……エンターテインメントとはそういうものだ」と述べていた。まるで、エンターテインメント企業のCEOのようなコメントである。Netflixをストリーミングの企業と位置づける人は多い。でも、同社は映画館やケーブルテレビ、レンタルDVDと競争しているのではない。「YouTube、Snapchat、ボードゲーム、そして睡眠も、人々を”リラックス”させるあらゆることと競争している」(Hastings氏)という。冗談半分で同氏は、人々を楽しませて心を安定させるNetflixを「エンターテインメントというクスリのようなもの」と表現し、また次のように述べた。
「デジタルカメラに参入しなかったからKodakは衰退したと誰もが考えている。でも、Kodakの本質だった”思い出の共有”をFacebookやInstagramが実現している」
コンテンツとテクノロジの融合
米国では今、TVが大きく変わろうとしている。たとえば、わが家では今、今年3月に全米規模のサービスが始まったストリーミングTVサービス「Playstatoin Vue」でネットワーク局のTV放送を視聴している。
Playstatoin Vueには、CBS、ABC、NBC、Foxの4大ネットワークが揃っており、それらの傘下の局を含む60以上のチャンネルのベーシックサービスが月額30ドル(40ドルの州もあり)。DVR機能もついていて、PlayStation 3/4だけではなく、Roku、Fire TV、iOSデバイス、Androidデバイスでも楽しめる。
Playstatoin Vueで見るTVは、YouTubeを使う感覚に近い。60以上のチャンネルのコンテンツは膨大だから、番組表でチャンネル・番組をブラウズするのではなく、おすすめから選ぶか、検索してフィルターするか、または自分のチャンネルや登録している番組を見る。「サッカー」と検索したら今週のサッカー関連の番組がリストされ、リーグやチームで絞り込んで見たい試合だけ登録しておく。あとはDVR再生可能期間なら、TVでも、スマートフォンでも、タブレットでも、時間が空いている時に自由に楽しめる。チャンネルを合わせるというスタイルではなく、好きなコンテンツを選ぶという感じだ。
数年前だったら、ネットワーク局がそろってPlaystatoin Vueのようなサービスに放送を流すなんて考えられなかった。オンライン配信に関しては、しばらく前まで各局がそれぞれ取り組みんでいたものの、TV放送をネットで補完するようなサービスだった。しかし、それではKodakが遅れてデジカメに参入するような変化でしかない。
YouTubeはハリウッドの領域に踏み込んでこなかった。ところが、テクノロジー企業でありながら、素晴らしいコンテンツを生み出すNetflixの登場によって状況は一変した。ハリウッドは態度を改めざるを得なくなった。これまでのように一方的にコンテンツを提供するままでは、自らコンテンツを作って、新しいエンターテインメント体験も実現するNetflixに太刀打ちできない。
27日にはAppleが「TV」というApple TVおよびiOS用のアプリを発表した。まだ試せないのでキーノートの説明からの印象でしかないが、Playstatoin Vue同様、膨大なビデオコンテンツをユーザーがコントロールでき、Apple TVとiOSデバイスで自由に楽しめるものになりそうだ。Appleが掲げる「TVの未来はアプリ」というビジョンは、まだおぼろげにしか形になっていないが、オリジナルコンテンツを強化するNetflixやAmazonの存在感を抑制したいハリウッドは今後アプリを通じた配信にも積極的になるだろう。それらに対して、Netflixはグローバル戦略などさらに将来を見据えた対抗策を講じる。前向きな競争が起こっている。