Appleは人工知能(AI)開発の競争で後れを取っていると指摘されている。学習に用いるデータの量が多いほどAIは賢くなるが、プライバシーを尊重する同社がユーザーから得られるデータは限られるからだ。私もそう思っていたし、Apple自身、AIや機械学習をアピールすることは少ない。しかし、AppleのAIの取り組みについて、ジャーナリストのSteven Levy氏がAppleのエグゼクティブにインタビューした「The iBrain is here」を読んでから見方が変わった。AppleがAI技術でライバルをリードしていると言うつもりはないが、考えてみると、今の自分にとって機械学習を最も役立つものにしてくれているのはAppleなのだ。
たとえば、iPad ProのApple Pencilだ。そのパームリジェクションに機械学習が用いられている。そのおかげで、紙でペンに書くのと同じように、iPadに手を置いて自然にペン書きできる。他にもSiriを筆頭に、無線ネットワークの切り替え、バッテリーを長持ちさせる充電、アップルストアの詐欺検出など、私が日々利用している機能やサービスに機械学習が用いられている。最近のお気に入りであるiOS 10の「手前に傾けてスリープ解除」にも活用されていると思う。
AppleがなぜAIの開発や導入、活用をアピールしないのかというと、AIの重要性は認めているが、AIの提供が目的ではないからだ。ユーザーに最高の体験を提供すること、Apple Pencilの場合だと、紙にペンで書くのと変わらない自然な書き心地を提供することが目的であり、機械学習の採用は手段の1つに過ぎない。
私はこれまで、タブレットでスタイラスペンを使う時にパームリジェクション・エリアを設定したりするのを煩わしく思っていた。Apple Pencilはそんな問題を解決してくれた。しばらく前に、機械学習を強くアピールするある企業がメッセンジャーで会話をするようにピザの注文を完了できるデモを披露していた。なめらかなインタラクションだったが、それを見ても私はピンと来なかった。私にとって、ピザの注文はさしたる問題ではなかったからだ。AIの役割の1つを例示するデモだから、それで十分という人もいるだろう。だが、ソリューションになり得るかがポイントであり、たとえ技術デモでも、しっかりとソリューションにこだわるべきではないだろうか。そうしないと今はAIや機械学習というだけで耳目をひけても、いずれバズワード化する恐れがある。
「世界を救うのに1時間しか残されていないとしたら」、アルバート・アインシュタインは「55分間を問題の定義に費やし、5分間でソリューションを見つける」と述べたそうだ。この言葉、59分と1分だったり、意味が微妙に異なっていたり、本当にアインシュタインが言ったのかも怪しいのだが、AIや機械学習という言葉に対して、なんだかモヤっとした気持ちになる理由をうまく言い表しているように思う。
機会学習を全ての開発者に
9月26日に米カリフォルニア州バークレーに拠点を置くBonsaiというスタートアップが、O’Reilly AI Conferenceにおいて600万ドルのシリーズAラウンドの資金調達とプライベートベータプログラムの開始を発表した。Bonsaiは、AIの専門家でなくてもAIを活用したアプリケーションを構築できるようにする。キャッチフレーズは「AI for Everyone」である。
AIは社会を変える大きな可能性を秘めている。しかし、開発者は複雑なツールキットの修得を強いられ、限られたAPIと苦闘しているのが現状だ。「企業や開発者が本当の問題を解決できるように、AIの力を解放することにAI産業が真剣に取り組むなら、そうしたオプションは不十分である」とBonsai創業者のMark Hammond氏は指摘する。
コンピュータとプログラミングの仕組みにたとえると、AIはまだアセンブリ言語の時代である。0と1のマシン語に比べたら、アセンブリ言語によって専門家が開発しやすくなったが、アセンブリ言語を扱うにはコンピュータのハードウエアに関する専門的な知識が必要だった。それがコンパイラの発明によってハードウエアに縛られることなく、C言語やJavaといった人にとって理解しやすい文法の高級言語でプログラムを書けるようになった。そして、それからパワフルなアプリケーションが広がり始めた。AIに話を戻すと、GoogleのTensorFlowなどの登場で専門家がニューラルネットワークを扱うのは容易になってきた。しかし、機械学習を扱うには専門的な知識が必要であり、シリコンバレーではAIの専門家がひっぱりだこである。Bonsaiはアセンブリ言語の時代にあるAIにコンパイラをもたらそうとしている。AIに関するローレベルの処理を担い、機会学習の専門的な知識を持たなくても、理解しやすい文法を用いて短期間でAIを活用したパワフルなアプリケーションを構築できるようにする。言い換えると、開発者は問題の定義と、その解決に専念できる。
私たちがAIの価値を最も実感できるのは、私たちが今抱えてる問題が解決された時だと思う。O’Reilly AI Conferenceで、Tim O’Reilly氏が行ったキーノートのタイトルは「Why we'll never run out of jobs」だった。AIに人々の価値のある仕事が奪われると恐れるのは想像力に欠けるとO’Reilly氏は指摘する。理由は「(どれだけAIが普及しても) われわれが解決すべき問題が尽きることはない」からだ。