インディデベロッパーがモバイルアプリから収入を得る方法というと、「有料販売」「アプリ内課金」「無料・広告付き」「コンテンツ系アプリの有料サブスクリプション」の4つが思い浮かぶ。いずれも一長一短で、AppleのApp Storeのような競争の激しいアプリストアでは「無料」で消費者を引きつけるのが定石になろうとしている。そのような中、Studio Neat Designが上記の4つに当てはまらないフリーミアム・モデルを試し始めた。
Studio Neatは2人のデザイナーが設立した小さな会社だ。ゼブラのハイマッキーのような太いスタイラス「Cosmonaut」のKickstarterプロジェクトが話題になったので、ご存じの方も多いと思う。ほかにも、スマートフォン用のスタンド兼マウントの「Glif」、カクテル用製氷キット「Neat Ice Kit」など、小さな道具を得意としている。
だから、米国でもモノの会社と思われているが、創業者2人は元々ソフトウエアエンジニアとUIデザイナーであり、Studio NeatはiOSアプリも出している。そのうちの1つで、これまで有料販売していた「Slow Fast Slow」(撮影した動画のスピードを自在にコントロールできるiPhoneアプリ)を無料化した。広告付きだが、iAdではない。自分たちの商品であるGlifの広告を付けたのだ。
初めてSlow Fast Slowを起動すると、テキストとループ動画で構成されたGlifの広告が表示される。ユーザーが必ず広告を見なければならないのはこの一度だけだから、広告がユーザーのアプリの使用体験の邪魔にはならない。もし商品を買いたくなって、もう一度広告を見たくなったら、アプリのナビゲーションバーにあるStudio Neatのロゴをタップすると再アクセスできる。
2012年にStudio Neatが「Frameographer」というタイムラプス/ストップモーションを作成できる動画アプリを発売した時に、Cosmonautで話題になったこともあってメディアにも取り上げられ良好なレビューを獲得できた。しかし、売上はハードウェア製品には遠く及ばなかった。
Slow Fast Slowを無料化する前の価格は1.99ドル。収入は1日10ドル程度だったという。Studio Neatがアプリ専門の会社だったら経営を維持できないレベルである。自分たちが満足できる質の高いアプリを作るには時間がかかる。しかし、今日のアプリストアでは無料または低価格での競争が強いられる。広告やアプリ内課金はユーザーにとって快適なものではない。自分たちが作りたいアプリで生計を立てることの難しさに、創業者2人はジレンマを覚えた。
それでもアプリ開発が心底好きな2人は、何とかビジネスモデルを成立させられないか考えた。その結果、他のアプリ開発者が真似できない自分たちの特徴は、自分たちがアプリだけではなく、ハードウエア製品も作っていることだと考え、Slow Fast Slowの無料化に踏み切った。広告からGlifが1本売れるだけで10ドルぐらいの収入になる。もっとたくさんのGlifが売れるようになったら、さらにアプリ開発に時間を投入できる。
なぜハードウエア製品は売れるのか?
App Storeのダウンロード数は今も順調に伸びている。しかし、インディデベロッパーにとってアプリストアはかつてのようにアプリを有料販売して簡単に成功できる場ではなくなろうとしている。Marco Arment氏もポットキャストで「もし有料アプリを避けられるなら、そうすべきだ……開発者がアプリを無料にし、他の方法でマネタイズすることをAppleが求めているのは明らかだ」と述べていた。
アプリをマーケティングツールとして使うStudio Neatの試みが、ビジネスモデルとして成功するか現段階ではわからないが、Slow Fast Slowのバージョン2.0は格段に便利で実用的になった。簡単にタイムラインにポイントを追加・削除でき、対応する動画タイプが拡大し、カメラロールから動画をインポートできるようになった。これだけ丁寧に作られ、きちんと改善されているアプリが無料配布なのは驚きである。
同社のビジネスモデルは、大きな成功を望まないけど、自由に自分たちの音楽を作りたいミュージシャンが作品を無料公開し、代わりにライブチケットや関連商品で収入を得ているのに似ている。
Studio Neatのケースで同社のハードウェア製品がビジネスとして成り立っていることを不思議に思った方も多いと思う。ハードウェア製品もアプリ同様に製品は少なく、時間をかけて作り込まれている。つまり長い期間、安定して好調な売上を保っているのだ。
この差を生み出しているのは、人々の製品開発コストに対する認識の違いではないだろうか。Studio Neatが常連であるKickstarterプロジェクトを見ていると、全体的にソフトウェア・プロジェクトよりもハードウェア・プロジェクトのほうが調達金額が大きく、調達のアピールがしやすい。
例えば、Studio Neatが「Simple Bracket」というカレッジバスケットボール用のiOSアプリのKickstarterプロジェクトを行った時、CosmonautやGlifの時と違って1万ドルという調達目標に疑問符を付けるコメントが寄せられた。ハードウェアは材料や製造工程などコストが比較的はっきりしているため理解を得やすい。一方、ソフトウェアの開発コストは主に開発者の時間であるため消費者からは見えにくい。だから、ソフトウェアのコストが過小評価される傾向がある。
Studio Neatは、それを現実として受け止めてユニークなビジネスモデルを採用した。しかし、高品質なソフトウエア製品を実現するためのコストが適切に評価されるようにならないと、モバイルアプリの進化は鈍化するばかりである。