2025年、インターネットTVでTV番組を視聴するのが当たり前になって、チャンネルを合わせるという習慣が無くなる……米ニューヨークで5月19日~22日に開催されたInternet Weekで、映画・TVストリーミング大手NetflixのチーフプロダクトオフィサーであるNeil Hunt氏が語ったTVの10年後だ。
40年前に3大ネットワークがTVだった頃と、20年前にCATVサービスや衛星TVサービスで多チャンネル化が進んだ頃では視聴者のTVとの接し方が違うように、10年後のインターネットTV世代のTVとの接し方も異なる。今日の視聴者は、ニュースならCNN、スポーツならESPN、子供番組ならNickelodeonというように、自分たちの興味に合わせてチャンネルを選択している。ケーブルサービスや衛星サービスの数百のチャンネルを全てチェックして、その時に最も見たい番組を選び出す人はいない。よく見るチャンネルは数チャンネルに絞られ、数百のチャンネルの多くは視聴されずにいる。これがインターネットTVによって変わる。チャンネルではなく、パーソナリゼーション・エンジンが選び出すいくつかのおすすめを選ぶことで、視聴者は自分に適した番組を漏らさずチェックできる。
インターネットTVの影響は番組製作にも及ぶ。今は視聴率というものさしで測られ、マスに受け入れられないプログラムは作られないが、パーソナリゼーションが機能すれば、少数でもその番組を好むであろう視聴者を計算できる。加えて、パーソナリゼーション・エンジンが広告配信にも用いられ、ターゲティングによって広告の費用対効果が上がるから、製作できる番組の幅が広がる。専門的な番組、挑戦的な番組が作られるようになり、チャンネル数は今の数百から、さらに劇的に増加する。
ターゲティング広告によって、番組の間に挿入されるTVコマーシャルは今よりも少なくなるだろう。また、サブスクリプション型のインターネットTVサービスが成長すれば、CATVにおけるHBOのような広告フリーで番組を提供するチャンネルが増えるとHunt氏は予想する。
Hunt氏の見通しは、予想というよりもNetflixが目指す将来のTVである。ただ、Netflixが掲げるビジョンには重みがある。
同社は1999年に月定額制のオンラインDVDレンタルを開始し、同サービスの台頭によってローカルチェーン型のDVDレンタルサービスが瞬く間に衰退した。そして2007年に、いち早く映画・TVのストリーミングサービスへの移行を開始し、ストリーミングがDVDレンタルに取って代わるきっかけを作った。Netflixの登場によって米国の街からレンタルDVDショップが消え、DVDプレーヤーが不要になり、そしてTVとインターネットの融合が一気に進んだ。過去15年の間、それまでの常識を壊して、リビングルームのエンターテインメントをより便利なものに変えてきたから、Netflixが語る将来のTVには期待が持てる。
視聴中のTV番組を投稿するSNSユーザーはわずか
TV視聴のパーソナリゼーションというと、ソーシャルネットワーキングサービスが有力という声もある。確かにSNSも熱心である。例えば、21日にFacebookがモバイル端末のマイクで音楽やテレビ番組の音声を取り込み、解析した曲名や番組名を表示する「Music and TV Identification」機能をモバイルアプリに追加した。これは今聞いている音楽や見ているTV番組の投稿(共有)を促す機能である。
でも、そうしたソーシャルネットワーキングサービスの目論見とは裏腹に、人々はTV視聴中にソーシャルメディアを使ってはいない。The Council of Research Excellenceの調査によると、TV視聴中にソーシャルメディアを使っていた人は16%。しかも、半分の人は番組の内容に関係のないことをつぶやいていた。番組のコマーシャルを見てチャンネルを合わせた人が40%近かったのに対して、ソーシャルメディアからは7%弱にとどまった。
原因は明らかだ。スポーツの試合やライブなどの感動は、その場から共有したいと思っても、普段TVを見ている時や音楽を聞いている時はそうではない。それなのに、ただ視聴しているTV番組の投稿を促されても、視聴者がTV視聴に抱いている不満の解決にはつながらないし、TV視聴が便利にもならない。むしろ、広告主向けの努力という狙いが透けて見える。
インターネットTVへのシフトというような大きな変化は起こすのはユーザーである。ユーザーを動かせなければ、そんな変化は起こらない。なぜNetflixが変革を続けてこられたかというと、同社のサービスがユーザーのためのサービスであり続けてきたからだ。
Netflixは今、「ネットの中立性」を巡って、ケーブルTV会社や通信キャリアなどISP大手と対立している。ISP側はNetflixやYouTubeなど一部のオンラインサービスが通信帯域の大きな割合を消費していると主張し、対策として通信帯域を消費するサービスに有料の割当契約を求め始めた。しかし、有料化による一部のサービスの優遇はネットの中立性を脅かす可能性がある。
この問題に対する米国のネットユーザーの関心は高い。でも、その多くはネットの中立性の危機を案じたものではない。Netflixのサービスが遅くなったり、値上げにつながることを心配しているのだ。でも、それで良いのではないかと思う。Netflixがユーザーにとって便利なサービスであるからこそ、ネットの中立性が机上の議論では得られない大きな関心事になって、オープンなインターネットという理想が現実に近づく。
だから、Hunt氏の講演で興味を覚えたのは語られなかった部分だ。ユーザーを動かさなければ、インターネットTVがTV視聴の主流に近づくことはない。そのために、Netflixはどのような手を打つのだろうか。オリジナル・ドラマ(House of Cards、Hemlock Groveなど)製作に続いてスポーツ中継に乗り出す可能性を指摘する声は多い。でも、それだけで視聴者がインターネットTVに魅力を感じるとは思えない。Netflixの歴史を振り返れば、あっと驚く新サービスで既存の市場にダメージを与えて、新たな市場を作り出すのが同社のやり方だ。1999年にオンラインDVDレンタル、2007年に映画のストリーミングに乗り出したことを考えると、この2~3年で同社がインターネットTV市場を生み出す勝負に出る可能性は高い。