6月10日(現地時間)に、米Appleは開発者カンファレンスWWDC 2013の基調講演で、次世代「Mac Pro」のスニークピークを行った。煙突のように熱を排気する(であろう)構造を目の当たりにして、筆者のお気に入りの1台である「G4 Cube」を思い出さずにはいられなかった。美しさと機能を兼ね備えた傑作。でも、早すぎて、さっぱり売れなかったG4 Cube。ジョナサン・アイブ氏の執念に拍手だ。でも、あのスペック……高いんでしょうね~。

さて、Appleは次世代のMac Proの組み立てを米国で行うという。Mac Proの価格が気になる身としては米国組み立てに微妙な印象を抱いてしまう。なぜ今、米国組み立てなのか。製造の海外委託への批判はかわせるだろうが、それでライバルとの価格競争に勝てるか。PC不況でも成長を維持しているAppleの余裕? いやいや、もちろんそこにはAppleらしい理由があるのだ。

STEM分野で求められる"手に職"

世間一般の認識として、家電製品の組み立てのような業務の多くが米国から消えようとしていると思われている。だが、実状は異なる。

6月10日にBrookings Institutionが公開したレポート「The Hidden STEM Economy」によると、2011年時点で米国全体の20%に相当する2600万件の仕事がSTEM (Science, Technology, Engineering, Math)分野の知識を要する仕事で、そのうちの半数程度は四年制大学の学位が不要だった。短大卒以下で就ける仕事の平均年収は53,000ドルで、同じ学歴でSTEM以外の分野の仕事よりも10%も高い。

ロボットのようにただ部品を取り付けるだけのようなシンプルな製造業務の需要は今でも存在しないものの、四大卒でなければ米国でSTEM分野の仕事に就けないというわけではない。

モバイル周辺で言えば、モノ作りのハードルが下がって、会社に規模の関わらず工夫を凝らしたハードウエア製品を実現できるようになり、製品開発や設計などだけではなく加工や製造・組み立てなどでも専門知識やスキルを持つ人材が求められている。

このように一般的にあまり認識されていないSTEM分野の学歴を必要としない仕事の存在を、Brookingsは「目に見えないSTEM経済 (Hidden STEM Economy)」と表現している。

この市場はすでに大きく、また今後の成長が見込める。しかしながら、米企業が部品製造や製品組み立てなどを海外に依存するようになってから久しく、スキルを持った人材が不足しているのが米国内の現状である。Brookingsによると、連邦政府が拠出するテクノロジー産業向けの教育・トレーニングの予算は43億ドル。そのうち短大卒以下の人たちへの割り当てはわずか5分の1程度だという。同社は目に見えないSTEM経済を活性化させるスキルに着目して、もっと効果的に予算を割り当てるよう連邦政府に訴えている。

STEM分野の仕事が多いシリコンバレーの場合、他の地域よりも高度な知識が求められ、STEM分野においても学歴が問われるケースが多い。だからといって、短大卒以下の人たちにチャンスがないわけではない。サンノゼ地域においてSTEM分野の知識が求められる仕事で四大卒の学歴を必要としていないものは27.5%。サンフランシスコ(シリコンバレー北部)・オークランド/フレモント(サンフランシスコ湾の対岸)地域だと36.5%である。しかも、平均年収が73,000ドル(約730万円)と高い。非STEM分野の労働者の平均を30,000ドル以上も上回る。学歴がなくとも高度なスキルを持っていれば、それが認められる傾向が、シリコンバレーは米国の他の地域よりもずっと強い。

四大卒の学歴が不要な仕事はブルーカラーに分類される業務が多く、敬遠されがちだが、その人材需要の大きさ、今日の四年制大学のコストを考えると、大卒の学位とスキルのどちらを身につけるのが成功への近道か……将来の岐路に若者が一考する価値はある。

Appleに話題を戻すと、昨年NBCのインタビュー番組でAppleのティム・クックCEOが一部のMacを米国で組み立てる計画を明かした時に、同氏は「問題は価格ではなく、スキルである」と強調した。おそらく、このスキルとはSTEM分野で今不足している人材のことだ。それをAppleが率先して米国に取り戻そうとしているのは、同社がイノベーションを追求する会社だからである。

Appleはソフトウエアとハードウエア、サービスを一体化させた独自のユーザー体験を提供している。それ生み出すプロセスには製造工程の現場も関わっている。しかし、このまま海外への委託に依存し続けていれば、いずれ海外のグローバル企業に製造工程のノウハウだけではなく、製造工程の現場から情報やアイディアを吸い上げるチャンスも持っていかれてしまう。

Appleのモノ作りの粋を集めたMac Proを米国で組み立てるのは、同社がスタートアップ精神を失わないための未来への投資である。