5日に米国で米ナショナル・フットボールリーグ(NFL)の王座決定戦スーパーボウルが行われた。今年は、4年前に全勝シーズン達成を最後のスーパーボウルで逃したニューイングランド・ペイトリオッツと、その時に優勝したニューヨーク・ジャイアンツの因縁の対決になり、しかも最後まで目が離せない好ゲームになったから大いに盛り上がった。これを書いている時点でテレビ中継の統計データはまだ出ていないが、米国内のテレビ視聴者数が過去最多を記録した昨年に劣らない数字になるのではないだろうか。
スーパーボウルで試合と共に注目されるのがテレビ中継のコマーシャルだ。近年の景気後退にもかかわらず、スーパーボウルのCM枠だけは高騰を続けており、今年スーパーボウルCMを出した企業は30秒枠に平均350万ドル(約2億6800万円)も費やしたという。視聴者数が桁違いで、試合よりもCMを楽しみに観戦する人も多いスーパーボウルならではの売り手市場であり、テレビ離れが数字に表れるようになっても、スーパーボウルだけは企業がテレビを通じてここ一番のメッセージを消費者に示すのに格好の場であり続けているようだ。
テクノロジ産業におけるスーパーボウルCMの代表的な成功例を挙げるとしたら、1984年にAppleがMacintoshの発売を告知した「1984」になるだろう。Macintoshだけではなく、パソコン時代の扉を開けるようなCMだった。それから28年が経過し、ポストPC時代が現実味を帯びてきた今年、スーパーボウルにパソコン関連のCMは一つも登場しなかった。代わりにスマートフォンやタブレットのCMが目立つようになり、中でも家電量販チェーンBest Buyは以下のような「Phone Innovators (携帯電話の発明家たち)」という、"ポストPC時代の到来"を印象づけるようなCMを流した。
「フィリップ・カーンです。私は携帯用のカメラを作りました」
「レイ・カーツワイルです。(手に持った携帯が音声読み上げで)文章に声を与えました」
「(ダニエル・ヘンダーソンが)ビデオ共有を作りました」
「(Shazamのクリス・バートンとエイブリー・ワンが)スマートフォンを音楽の専門家に変えました」
「(Squareのジム・マッケルビーが)僕は銀行に変えました」
「(ケビン・シストロムが)僕はInstagramを作りました」
「(ニール・パップワースが)初のテキスト・メッセージを作りました」
飛行機内でポール・ベトナーとデビット・ベトナーが「僕らは"Words With Friends"を作り……」と言おうとすると、客室乗務員からたしなめられる (これは、俳優のアレック・ボールドウィンが離陸直前の機内で「Words With Friends」に夢中になりすぎて携帯の電源を切るのを拒み、客室乗務員と言い合いになって飛行機から降ろされた騒動のパロディ)。最後にBest Buyの店内に切り替わって、同社の店員が「わたしたちはスマートフォンを購入するより良い方法を作りました。すべてのキャリアのすべてのプランで、様々な電話を選べます」と述べる。
Appleの1984と違って、Best BuyにはポストPC時代の到来を宣言するような意図はなかったと思う。米国の全てのキャリアのスマートフォンを販売している家電量販店として、単純にスマートフォンの便利さをアピールしたかったのだろう。だが、通信キャリアや端末メーカー、モバイルプラットフォームに偏らない立場(Best BuyはiPhoneを扱っている数少ない量販店)の同社だからこそ、Appleの「There's an app for that」キャンペーン以上の説得力でスマートフォンの可能性や価値を伝えられている。
そもそも、こんなエンジニアやデザイナー、起業家しか登場しないCMを代理店が作成し、それをスーパーボウルで流すのにBest BuyがOKを出すようになったことに驚かされる。最後の機内でゲームを止めない人のオチは、少し前だったらニンテンドーDSに夢中になっている子供を登場させなければ伝わらなかったと思う。それが今やスマートフォンでモバイルゲームに熱中する大人で納得してもらえるだけではなく、Zyngaのベトナー兄弟が"携帯電話の発明家たち"としてお茶の間に通じるのだ。スマートフォンやタブレット、そしてネット・サービスが今、どれだけ大きな存在になっているかが伝わってくる。
Best BuyはCMに出演した発明家たちが、それぞれの体験を語る動画も公開している。以下はフィリップ・カーンのインタビューだ。
「1997年に娘のソフィーが生まれたときに、その場ですぐに写真を共有できたらどんなに素晴らしいかと思った」「携帯電話に初めてレンズを付けたわけではない。私が作ったのは21世紀のポラロイド、つまり取り出して、すぐに撮影できて、そして共有できる初のカメラと初の携帯電話だ」
日本では2001年からカメラ付き携帯が普及し始めたが、米国で一般の携帯ユーザーが携帯で写真を撮影し、携帯から共有するようになったのは2007年にiPhoneが登場してからである。カーンのアイディアが認められるまで10年の月日を要したが、グローバル規模でカメラの利用スタイルが変わり始めると、日本国内だけの頃には見られなかった変化が起こり始めた。
1月30日にソニーのサイバーショットの新製品を報じるGADGETBOXの記事で、Athima Chansanchai氏は以下のように書いている。
「日本国内での自然災害がデジタルカメラの製造・出荷に影響したが、売上げ20%減、初の二桁の下落の本当の理由はデジタルカメラ自体にあるとソニーのKate Dugan氏が認めた。カメラを買わなくなった人の多くはエントリーレベルのユーザーであり、彼らは(カメラ機能を備えた)オールインワンのガジェットであるスマートフォンに向かい始めている」
この記事についてDaring FireballのJohn Gruber氏は以下のように書いている。
「ソニーもカメラ付き携帯を作っている。だが、彼らの携帯はカメラほど市場を獲得していない (もちろん、キヤノンやニコンのようなスマートフォンのメーカーではない企業にとって、普及帯のカメラの売上減はより深刻な問題になる)。(iPhoneへのシフトを成功させた)Appleが音楽プレーヤーとしてのiPodを見限っているほど、ソニーは普及帯カメラ市場を捨て去ることはできないだろうが、ビジネスの縮小と携帯向けのカメラの将来性を認識するべきだ」
ソニーの場合はカメラ事業で培った技術をデジタルカメラに限定せず、Appleにカメラモジュールを提供するなど成長市場を見極める柔軟性を備えており、その点をGruber氏は考慮すべきだと思う。だが、従来の市場に固執せず、ポストPC時代の可能性を積極的に開拓する企業を評価すべきという同氏の指摘は的を射ている。
ゲーム、そしてカメラと、スマートフォンでできることが以前のような携帯のおまけ機能ではなく、ネットと直接的に連係するスマートフォンの方が専用デバイスよりも便利なものと見なされるようになり始めた。ポストPCデバイスの影響を色濃く受ける分野、ポストPCデバイスに浸食される分野は、今後さらに広がるだろう。スマートフォンやタブレットをより便利なものにする起業家やエンジニアが、スーパーボウルCMでヒーローのように扱われる時代なのだ。