“持続可能性”が人類共通の標語となっている今、さまざまな環境問題の解決を目指して、さまざまな企業・機関が開発を進めているのが「サステナブル素材」だ。地球上のどんなモノも、元をたどればすべて“素材”。その段階から自然環境との共生が実現されれば、根本的にサステナブルな地球の実現を大きく後押しする。

私たちがよく知る素材に置き換わり、将来の社会を“当たり前の存在”として形作るために開発が進められるさまざまなサステナブル素材に焦点を当てた本連載。第3回は、総合化学メーカーの東レが手掛けるリサイクル繊維「&+」に注目する。

  • リサイクル繊維「&+」

    ペットボトル由来のリサイクル繊維「&+」(提供:東レ)

主な原料は、使用済みのペットボトル。それを従来はマテリアルリサイクルによる製造が困難とされていた“糸”へと形を変え、繊維としての幅広い活用を可能にする同素材は、原料や活用の幅をさらに広げ、さまざまなストーリーを紡ぎ始めている。過去には「白無垢」として実際に結婚式でも着用されるなど、リサイクル繊維の新たな価値を提案している&+について、今回は東レ 繊維サーキュラーエコノミー戦略室の白石肇室長に話を伺った。

  • 東レ 繊維サーキュラーエコノミー戦略室の白石肇室長

    &+を普及させ“ファンを増やす”役割を担う東レ 繊維サーキュラーエコノミー戦略室の白石肇室長に話を伺った

ペットボトルや漁網が繊維に - リサイクル原料を拡大中

東レの&+は、日本国内で回収されたペットボトルを原料とし、繊維に関して豊富な知見を有する同社の技術を活用して製造されたポリエステル繊維として、2020年1月に販売が開始された。リサイクル原料であるペットボトルの安定的な調達と、東レが有する繊維製造技術の融合により、環境配慮の側面だけでなく、高品質・高機能を両立した繊維として注目を集める同繊維。2024年4月には新たな取り組みとして、回収された漁網に由来する成分を一部使用したナイロンリサイクル繊維の&+も販売を開始しており、ポリエステル繊維の原料についても回収範囲を広げるなど、より幅広くリサイクルを実現するための動きを続けている。

  • &+のコンセプト

    &+のコンセプト概要(提供:東レ)

そんな&+の物性的特徴は、リサイクル繊維でありながら石油由来のヴァージン原料と変わらない粘度を有すること。高い品質の回収原料を用いていることに加え、高度な選別・洗浄技術と異物除去のためのフィルタリング技術を有するリサイクラーの協栄産業との共同での取り組みにより、一般的な繊維と同様に扱えるほどの細さを実現したとする。

また白石氏によれば、&+は汎用品の素材となるだけではなく、断面形状や細さなどをさまざまに変化させることで、機能性を付与した特殊な糸としての生産も可能とのこと。東レ独自の複合紡糸技術「NANODESIGN(ナノデザイン)」をはじめとする数多の技術を活用することで、吸水性・速乾性やUVカット機能などももたせることができるといい、日々の開発の中で新たな試作品が続々と生まれているのだという。

そして2024年4月からは新たな取り組みとして、回収された“漁網”に由来する成分を一部に使用したナイロンリサイクル繊維の販売を開始し、ラインナップを拡大。また&+の原料に特殊な添加材をフットプリントとして混ぜ込むことで、“&+であること”の証明を可能にする独自システムを開発し、GRS/RCS認証(Global Recycled Standard/Recycled Claim Standard)との併用によってリサイクル証明書の発行を行うなど、トレーサビリティの確立を通じた付加価値の向上にも取り組んでいるとする。

&+の転機となった日本企業との出会い

現在ではその活動領域を徐々に拡大し、社会実装に向けた“ストーリー”が動き出している&+だが、その始まりは2015年。東レがタイに構える工場に寄せられたオファーがきっかけだったという。とある国から届いたというその内容は、「サッカーワールドカップの代表ユニフォームを、リサイクル素材で作りたい」というもの。環境配慮の取り組みが現在ほど活発化していない中で先進的なアイデアであったが、当時の担当者は「将来的には重要になるに違いない」と、リサイクル原料の探索を開始したのが、&+誕生の礎となった。

その時に新素材の原料として着目されたのが、廃棄されたペットボトル。もちろんタイ国内でも大量に存在していたというが、リサイクル原料としての品質を左右する洗浄技術などがまだ十分ではなかったとのこと。そこで東レは、質の高い繊維リサイクルを可能にする高度な技術を有するリサイクラーの探索を開始したという。

グローバル規模で探索を続ける中で出会ったのが、現在も&+の生産において重要な役割を果たす日本の企業、協栄産業だ。白石氏も同社との出会いが&+の開発における重要なブレイクスルーのひとつだったとしており、高度な樹脂選別・洗浄技術や不純物を徹底的に除去する技術によって、ペットボトル由来のペレットが糸になり、そして繊維として歩み出すことができたとする。

  • 破砕されたペットボトルとペレット

    ペットボトルは破砕された(左下)のちにペレット(右下)に姿を変える

その後も日本国内で開発や試作が重ねられた&+は、その進化を経て東レが中国に構える研究開発センター「東麗繊維研究所(TFRC)」での開発が開始され、中国国内で合成繊維製造を担う「東麗合成繊維南通(TFNL)」にて&+のポリエステル繊維が向上にて生産されるにまで至ったとする。またマレーシアの東レ工場にも生産が拡大するなど、その体制は今やグローバル規模に。白石氏は「開発開始当時は今ほど資源循環が浸透しておらず、原料調達や販売においてすごく大変だったはず」と語り、大小さまざまな危機があったと推測される中で、「先人たちがそうした危機を乗り越えてくれたおかげで今がある。売り上げは&+立ち上げから順調に伸びていますが、資源循環が世の中に浸透しつつある今は、もはやプレイヤーが世界中に存在しているため、現状に甘んじず今後は&+が危機を迎えないようにすることが重要だと思っています」と語った。

繊維のすべてを知る白石氏の役目は「&+ファン獲得」

そんな&+を含め、東レが提供する繊維のサーキュラーエコノミーに資する活動を司る、繊維サーキュラーエコノミー戦略室。その室長を務める白石氏は、1996年に東レに入社して以降、まずは繊維事業の営業活動に従事したという。しかし同社では珍しく、「糸、綿、不織布の営業を担当したことがあり、その後は香港に駐在して、生地の担当や縫製工場の社長などを務めていました」と、繊維という商材が関わるあらゆる段階を実務担当として歴任してきた経歴を持つ。

そして2022年からは、サーキュラーエコノミーやサステナビリティに関する業務に携わり、2023年4月には繊維サーキュラーエコノミー戦略室の主席に、2024年4月からは現在の室長の職に就いた。自身の役割について白石氏は「とにかく“&+のファンを増やすこと”が最大の役割です」と語る。

「繊維はくらしのさまざまな部分で用いられる中で、その繊維製品すべてを&+に置き換えていけたらいい、と考えているのは事実です。これからの社会は“大量生産・大量消費・大量廃棄”という経済モデルからは遠ざかっていき、リサイクルの重要性が高まっていくはず。その中で&+を指名買いしてくれるようになればいいな、と思います。ただし、価値観の押しつけだけでは社会から受け入れてもらえないと考えているので、&+のコンセプトや世界観を多くの人・企業に共感してもらい、社会に根付かせて、『知らずに手に取ったらそれが&+だった』という状態にまでできれば理想的だと考えています。」