“持続可能性”が人類共通の標語となっている今、さまざまな環境問題を解決することを目指して、さまざまな企業・機関が開発を進めているのが「サステナブル素材」だ。地球上のどんなモノも、元をたどればすべて“素材”。その段階から自然環境との共生が実現されれば、根本的にサステナブルな地球の実現を大きく後押しする。

私たちがよく知る素材に置き換わり、将来の社会を“当たり前の存在”として形作るために開発が進められるさまざまなサステナブル素材に焦点を当てた本連載。初回の今回は、パナソニックグループが開発を進め、「CES 2025」や「大阪・関西万博」でも展示された、生分解性も有する植物由来素材「kinari」を取り上げる。

さまざまな企業や自治体とも新たな活用策が共同で打ち出され、“海洋での完全生分解性”も実現されたkinariについては、同素材の技術を別種類の素材にも転用し、エンジニアリングプラスチックと同等の強度を誇るセルロースファイバ成形材料の開発に成功したことも発表されている。そんなkinariの特徴や、パナソニックが目指す未来を探るため、今回はパナソニック ホールディングス(パナソニックHD) 技術部門のマニュファクチャリングイノベーション本部でkinariの製造に携わる2名に取材。kinariの材料開発においてテーマリーダーを務める浜辺理史シニアリードエンジニアと、その中で機能開発を主に担う林しんシニアエンジニアに、お話を伺った。

  • kinariの開発に携わる林しん氏と浜辺理史氏

    kinariの開発に携わる林しん氏(左)と浜辺理史氏(右)に話を伺った

素材・システム両輪での循環を目指すkinari

kinariは、サーキュラーエコノミーを実現するためのサステナブル素材としてパナソニックが開発を進めているもので、植物繊維のセルロースを主成分とする。なお同素材は、現在広く用いられている石油由来プラスチックへの置き換えを目指しているといい、セルロースの特性を活かして、軽量でありながら高い強度を有するという強みを有するという。

では、kinariを通じたサーキュラーエコノミーとはどういったものなのか。パナソニックが目指すのは、2種類の循環。kinariでできた製品が役目を終えて廃棄されてから、kinariとして再び利用できるようになるまで、“素材”と“システム”という2つの軸で循環を生み出せる性能・仕組みを目指しているとする。

  • kinariによる2つの循環のイメージ図

    パナソニックが目指すkinariによる2つの循環のイメージ図(提供:パナソニックHD)

素材面での循環を実現するために重要な特性が、「生分解性」だ。kinariの主成分であるセルロースは、もともと植物繊維であるため長い時間をかけて自然に還る。開発チームは、kinariにおける植物繊維の比率を高めることに注力してきており、2021年2月にはセルロースファイバを70%含有して樹脂製品化する成形加工技術の開発を発表。また林氏によれば、実験レベルではその割合を85%にまで高めることに成功しているという。また、kinariの製造においてセルロースの複合化や樹脂としての性能の確保に不可欠な「つなぎ樹脂」については、開発当初から石油由来のものを用いていたというが、林氏によればその部分も植物由来に置き換えることを目指してきたとのこと。そして2025年1月、つなぎ樹脂を海洋生分解性を有するものに置き換えることで、海洋における“完全生分解性”が実現された。

一方で、kinariを資源として循環させるため、リサイクルシステムの開発も進めているというパナソニック。従来よりプラスチックのリサイクルで用いられてきた近赤外センサによる樹脂選別技術を活用し、kinariの判別・分離が可能なシステムの開発を進めているといい、樹脂としての再利用を促進する仕組みづくりも行うことで、サーキュラーエコノミーとしての社会実装を進めていくとしている。

  • kinariも分別する樹脂選別技術のイメージ

    kinari(赤)も分別する樹脂選別技術のイメージ(提供:パナソニックHD)

五感で楽しめる素材 - 混ぜ込んだ原料の香りや色も利用

また林氏によれば、kinariには意匠性の面でも特徴があるとのこと。まず、さまざまな植物廃材を混ぜ込んで資源に変えることが可能で、コーヒーかすや間伐材、農業残茎などさまざまな廃棄物がセルロース原材料として再利用できるという。また、ただ混ぜ込んで“隠す”だけではなく、原料がもつ香りや色合いを表現することもできるため、他企業と連携した取り組みなどさまざまな活用事例へと展開しやすいとする。

  • さまざまな原料を用いたkinariの比較

    さまざまな原料を混ぜ込むことで、その特性を活かしたものづくりができるという(提供:パナソニックHD)

また一方で、「原料がもつ個性を消すことも活かすこともでき、2つの顔を持たせることができる」点もkinariの特徴だとする林氏。先述したように原料が有する雰囲気を残し、あたたかみを感じる風合いを残す場合もあれば、一般的な樹脂のように着色を施すこともできるとする。特に、原料を着色する際に熱を加える必要があることから、白の植物樹脂を実現するのは難易度が高いとのこと。しかしkinariではそれを実現しており、「色味が限られていると、“複合材料”や“再生材”としての利用だけならいいものの、幅広い成形品に対応して社会実装するためには不十分。将来的なニーズにも応えるため、工法などの工夫を重ねて白などカラフルな色を出しています」とした。

  • kinariの着色の自由度

    kinariは着色の自由度が高く、原料の個性を消すことも活かすこともできるという(提供:パナソニックHD)

  • さまざまな色合いのkinari製カトラリー

    さまざまな色合いで食卓を彩るkinari製カトラリー