私たちが日々の移動でお世話になっている地下鉄。この地下鉄を作るためには、実はたくさんの数学が使われています。今回はこの地下鉄の建設に携わっているメトロ開発株式会社にお邪魔して、メトロ開発株式会社取締役の西村高明さんに地下鉄と数学の関わりをお聞きします。

-よろしくお願いします。はじめに、メトロ開発という会社についてお伺いさせてください。

よろしくお願いします。メトロ開発のメインとなっている業務は土木コンサルティングです。

簡単に言うと地下鉄の建設のコンサルティングですね。また、鉄道の高架下部分を店舗に提供して活用してもらう、ということも行っています。

-でも地下鉄は、いつも新しい路線を建設しているわけではありませんよね?

エレベーターを設置するなど、バリアフリーへの対応などで既存の施設を改良するといった業務もありますので、新規路線の建設のみではありません。ほかにも、地下鉄のブランド価値を高めるために、駅の構内のリニューアルの提案もしています。

エコ意識への高まりで、世界的にも鉄道への要望は高まっていますので、海外への展開も考えています。また、地震が起きた後の建築物の補修技術も提供しています。

-なるほど。ひと口に土木コンサルティングといっても、さまざまなお仕事があるんですね。やはり理系の社員さんが多いんですか?

そうですね。わが社には土木系の技術者が多く所属していますし、私自身も建設部門の技術士です。東京メトロの路線ですと、半蔵門線や南北線、副都心線の工事などに携わってきました。

-地下鉄の工事は常に計算が必要になりそうですね。

はい、そのとおりです。地下鉄は道路の下に敷設するのが基本で、国道や区道などの地下をお借りして建設します。民有地の下をとおると補償問題などでコストや時間がかかってしまうので、無料で使用できる公道の下をとおった道路の線形に即した建設ルートを選ぶのが重要です。

ただ、電車は車体が長く、どうしてもカーブが大きくなってしまうため、直角には曲がれません。ですので、地上の道路に沿ったまま曲がることは難しいんです。そのため、どうしても民有地の下をとおらなければいけませんが、その割合をできるだけ減らすために計算が必要になります。

私が入社したばかりのころは、雲形定規やカーブ定規などの定規を使って、カーブ路線の計算をしながら、実際に線を引いて図面を作っていました。どうしても民有地に食い込んでしまうときに、手計算で計算して線を引き直し、民有地に入り込む面積をできるだけ減らすんです。今はパソコンでプログラムを組んで計算していますが、計算が基本であることは変わっていませんね。

雲形定規

カーブ定規

-おもしろいですね! 計算と図形によって工期を短く、コストを減らす、ということですか。実践的な数学です。

今のは平面の線形の話ですが、当然、縦の線形も計算しなくてはいけません。深い場所を掘るとなるとコストがかかるので、僕らとしては浅くしたいわけです。また、鉄道のエネルギー効率としては駅を浅くし、線路を深くして、下ったときの力の惰性で次の駅にたどり着く線形が一番効率が良いという側面もあります。

しかし、地下にはライフラインや道路のトンネルなどもたくさんあるので、避けなければいけないものが出てきます。たとえば、橋は杭などによって支えられていますが、その杭が深い場合、避けながら設計しなければいけません。

副都心線ですと、西早稲田駅と雑司ヶ谷駅の間にある神田川の橋の杭が深く、それを避けた結果、急なこう配の坂となりました。国の定める鉄道のこう配の基準があるのですが、その限界の35パーミル(1000m進むと35m上がるこう配)を超えて40パーミルとなってしまったため、特例として認めていただきました。電車の性能も上がっているので可能となったものです。実際に通過しているときに、先頭車両で前を見ていると、相当なこう配になっていることがわかるはずです。

-そんな急な坂があるんですか! 地下鉄に乗っていると上ったり下ったりといった動きをあまり意識しないのですが、かなりのアップダウンがあるんですね。今度、先頭車両でチェックしてみます。

昔の図面が間違っていたため、計算では対処しきれない場合もあります。半蔵門線の建設のときに、途中である地下鉄の下をとおるのですが、その地下鉄のトンネルを補強する杭の図面が違っていたことがありました。僕らはいちばん深く杭が刺さっているところを計算して、トンネルを掘削する機械をとおすのですが、現場から杭に当たってしまうと言われてしまい、結局は杭を切るという難工事になりました。昔の図面はいい加減なものが多いのですが、土の中なので1つひとつ確認して判断することはできませんからね。

また、東京オリンピックのときは、急ピッチで工事が行われたので、固いコンクリートのかたまりが土の中に埋めて捨てられていたりすることもあります。これも図面には現れない、計算では対処できない部分といえますね。

-計算だけでなく、実際の現場での経験や勘も重要になるんですね。

そうですね。シミュレーションとして計算はしますけど、私たちの仕事は経験工学的ですね。

たとえば、縦のトンネルを掘ると、土圧と呼ばれる土の圧力と、地下水による水圧が横からかかります。深く掘っていくと横から力がかかるので、トンネルの横の壁はそれらの圧力に絶えられるようにつくります。

ところが、私も現場に出た南北線の工事の際に、麻布十番のところで換気の設備用となる縦穴を掘る工事を行ったのですが、そこの地盤が非常に特殊だったのです。東京では珍しい岩盤で、400万年以上前の粘土が固まったものでした。横からの圧力には耐えられるようにしていたのですが、トンネルの底から地盤が浮き上がってくる現象が起きそうなときがありました。この対処をするためにトンネルの底も固めて強化したいのですが、予算の兼ね合いでなかなか厳しい部分もありました。あのときはいつ地面が盛り上がるかと冷や冷やしましたね。現場ならではの経験です。

-現場でのおもしろいお話、他にもたくさんありそうですね。

はい。ただ、最近は机上で計算することが多く、なかなか現場で目や体で憶えることが少なくなりました。プログラムは高度になっていますが、昔の技術を伝承しにくいという側面があります。

私は、最先端の鉄道の技術開発を行う鉄道総合技術研究所に出向していたことがあります。そこは優秀な研究者の方々が集まる機関ですが、みなさん私の現場の経験に非常に興味を持ってくださいました。やはり現場経験は大切ですね。

副都心線開業時の西村さん(中央)

-ところで西村さんは学生時代にどのような勉強をされていたんですか?

大学では土について学びました。有限要素法という土の構成を要素に分解する方法を使って、地盤を研究していたのですが、ものづくりをしたいと思い、この仕事を選びました。地図に残る仕事はやりがいがありますね。

-数学はお得意でしたか?

ある程度得意でしたし、数字は今でも大好きです。将棋や囲碁なども数学の要素がたくさんあって好きですね。

-西村さん、本日は数学と経験、どちらも大切だということがわかりました。貴重なお話、どうもありがとうございました。

地下鉄にはたくさんの坂があるんですね。いままで乗っていてもなかなか気がつきませんでした。地下鉄は真っ暗なようで、たくさんの発見があるようです。これから地下鉄に乗るときには、西村さんがおっしゃっていたような設計の工夫に思いを馳せてみるのもいいかもしれません。西村さん、貴重なお話をありがとうございました!

今回のインタビュイー

西村 高明(にしむら たかあき)
メトロ開発株式会社
取締役
1955年東京出身。
早稲田大学大学院理工学研究科(土木)修了後、帝都高速度交通営団(現:東京地下鉄(株))入団。建設本部で半蔵門線、有楽町線、南北線、副都心線などの建設に関わる。
2010年からメトロ開発株式会社に移り、2012年から現職。

このテキストは、(公財)日本数学検定協会の運営する数学検定ファンサイトの「数学探偵が行く!」のコンテンツを再編集したものです。

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