「2020年代から火星への移住を始め、いつか100万人以上もの人口をもつ完全に自立した火星都市を造る」――。
宇宙企業スペースXを率いるイーロン・マスク氏が、こうした「火星移民構想」を明らかにし、世界中に衝撃を与えたのは、2016年9月28日にメキシコで開催された「国際宇宙会議2016」(IAC 2016)の壇上でのことだった。
それから1年が経った2017年9月29日、オーストラリアのアデレードで開発された国際宇宙会議2017(IAC 2017)にふたたび登壇したマスク氏は、この火星移民構想の"改訂版"を発表した。
この改訂版では、ロケットや宇宙船の大きさこそやや小さくなったものの、有人火星飛行を行うという目標は潰えておらず、相変わらず野心的なままだった。そして最後に、あるサプライズも明らかにされた。
「惑星間輸送システム」から「大きなファルコン・ロケット」へ
2016年にマスク氏が明らかにした火星移民構想は、火星に自立した都市を造ること、そしてさらに他の惑星にもその手を広げ、人類という種を広く伝播させ、いつか訪れるかもしれない地球滅亡に備えることを目的としていた。
そして、この壮大な構想のかなめとなるのが、人や物資を乗せて、地球と火星の往復、あるいは他の惑星への飛行に使う巨大な宇宙船「惑星間輸送システム」(ITS: Interplanetary Transport System)だった。
ITSは最大直径は17m、全長は122mにもなる巨大なロケットで、かつてアポロ計画で人類を月へ送った「サターンV」(直径10m、全長110m)よりも大きい。打ち上げ能力も地球低軌道に330トン以上と、サターンVの135トンに比べ3倍近い性能をもつとされた。
ITSは2段式で、ロケットの第1段にあたる「ブースター」と、ロケットの第2段と人や物資が乗るスペースの両方を合わせもつ宇宙船部分からなる。ブースターには新開発の強力なロケットエンジンを42基も装着し、これをすべて噴射して飛んでいくという実に豪快なものだった。
宇宙船が地球を回る軌道に乗った後、同じくブースターで、宇宙船とほとんど同じ形をした無人のタンカーを打ち上げ、軌道上でランデヴーし、宇宙船に推進剤を補給する。そして宇宙船は地球周回軌道を離脱し、火星へと向かう。火星ではあらかじめ、ロケットの推進剤となるメタンと酸素を、火星の水と大気から生成する設備を送り込んでおき、着陸したITSの宇宙船は推進剤を補給し、地球に帰ってくる。
ブースターや宇宙船、タンカーはすべて再使用が可能で、運用コストの低減が図られている。マスク氏によると、宇宙船は1回の飛行で100人以上の人を火星へ送ることができるとされ、そして1人あたりの運賃は20万ドルほど、一軒家が買えるくらいの値段になるだろうとされた。
このITSによる飛行を繰り返し、40~100年かけて、火星に人口100万人以上の自立した都市を築くことを目指す――というのが、2016年の発表のあらましである。
今回発表された"改訂版"の構想でも、その大きな目的である火星移民はもちろん、1回の飛行で100人以上を火星へ送るという点や、宇宙船とは別にタンカーを打ち上げ、地球の周回軌道で推進剤を補給してから火星へ向かったり、推進剤を現地生成したりといったアイディアも継承している。
しかし、一番の肝であるITSはやや小さくなり、さらに名前がITSから「BFR」に変わることが明らかにされた。BFRとはBig Fucking Rocket(クソでかいロケット)、もしくはBig Falcon Rocket(大きなファルコン・ロケット)の略だという。前者はともかく、後者はこのロケットの、そして構想を"改訂"した目的をよく表している。
いずれスペースXのロケットと宇宙船はBFRに一本化
かつてのITSは、火星はもちろん、木星や土星といったさらに遠くの惑星や衛星へ飛行できるだけの能力をもった、いわば夢のような宇宙船だった。つまり逆に言えば、火星への飛行であればもう少し小さな宇宙船でも十分、ということでもあった。
実際、BFRは相変わらず大きいものの、直径は9m、全長は106mと、ITSよりひとまわりほど小さくなっている。ブースターのロケットエンジンの数も、42基から31基にまで減っている。なお、宇宙船は小さくはなっても、従来と変わらず100人を一度に火星へ運べるという。
そしてマスク氏は、BFRを火星移民だけでなく、"実用ロケット"としても使うことを明らかにした。スペースXは現在、「ファルコン9」ロケットを主力としてさまざまな人工衛星を打ち上げ、「ドラゴン」補給船は国際宇宙ステーションに物資を送っている。さらに開発中の「ファルコン・ヘヴィ」ロケットで超大型の衛星や探査機を、「ドラゴン2」宇宙船で有人飛行を行おうとしている。マスク氏はこれらすべてを、BFRで代替し、一本化することを目指すというのである。
BFRはITSより小さくなったとはいえ、地球低軌道への打ち上げ能力は最大250トン、機体すべてを再使用する場合でも150トンにもなるという。そして宇宙船の居住区を貨物区画にすれば、直径9m、長さ20mもの搭載スペースが生まれる。
この性能をいかせば、ファルコン9やファルコン・ヘヴィでやっと運べたような大型衛星も数機まとめて打ち上げることが可能になり、小型衛星なら数十から数百機単位で打ち上げられる。国際宇宙ステーションへ運んだり持ち帰ってこられる物資の量も桁違いに多くできる。もちろん、これまでなら絶対に打ち上げられなかったような大質量の巨大な人工衛星はもちろん、宇宙望遠鏡などの質量はともかく大きくかさばる部品をもった衛星の打ち上げすら可能になる。
さらに、再使用可能であることをいかして、かつてスペースシャトルがやっていたような軌道上から衛星を回収して地球に持ち帰るようなミッションも可能だろう。
つまりBFRこと「大きなファルコン・ロケット」という名前には、既存のファルコン9やファルコン・ヘヴィよりも大きなファルコン・ロケットをもって、それらが担っていたミッションを代替し、さらに進化させるという意味が込められているのである。
BFRは火星への飛行だけでなく、これまでファルコン9が担ってきた、通常の人工衛星の打ち上げにも使うという。その強大な打ち上げ能力と搭載能力をいかせば、従来なら打ち上げられなかったような衛星の打ち上げも可能になる (C) SpaceX |
BFRを使った国際宇宙ステーションへのミッションの想像図。大きさの対比がおもしろい (C) SpaceX |
早ければ2022年にも打ち上げ
ITSから機体を小さくし、そしてロケットや宇宙船をBFRに一本化させる理由として、マスク氏は資金を捻出するためとした。
もともとITSの発表時、約1兆円ともされる開発費をどう捻出するかは今後の課題とされ、商業打ち上げによる利益や、クラウドファンディングなどが挙げられていたが、具体的には決まっていないとされた。
しかしITSより小さくなったBFRなら、開発費や運用費をやや少なくすることができる。さらに、BFRの1回あたりの打ち上げコストは、ファルコン・ヘヴィやファルコン9よりも安くなると見積もられているので、運用するロケットをBFRに一本化すれば、従来と同じ、あるいはそれ以上のミッションをこなしてもなお、コスト削減と利益増加が期待できる。同時にファルコン9やドラゴンなどの製造ラインや人員を回すことができるので、さらにコストが下げられる。
そしてBFRの打ち上げ回数が増えることによる信頼性の向上と低コスト化も図れる。
スペースXの歴代ロケットとの比較。左から、ファルコン1、ファルコン9、ファルコン・ヘヴィ、そしてBFR (C) SpaceX |
世界の主要なロケットと、BFRとの打ち上げコストの比較。BFRは世界で最も大きな巨体と打ち上げ能力を持ちながら、最も安価なロケットになるという (C) SpaceX |
つまりスペースXにとっては、以前は資金的に開発できるかわからなかった火星移民船の開発が可能になるばかりか、これまでの事業をさらに進化させることもできるなどいいことずくめで、そして結局は、私たちの火星行きの切符が安くなることにもつながる。
マスク氏は「私が今回の発表で伝えたい最も重要なことは、お金を工面する方法がわかったということです」と語る。
マスク氏によると、BFRの建造は今後6~9か月以内に始まるとし、すでに工具の準備や施設の建設を行っているという。そして早ければ5年後の2022年に無人で打ち上げ、火星への着陸に挑戦。うまくいけば2024年から有人飛行ができるだろうと語った。
しかし、いくらITSより小さくなったとはいえ、BFRほどの巨大なロケットを造ることは本当に可能なのだろうか。
次回は10月12日の掲載です
参考
・Mars | SpaceX
・Elon Musk revises Mars plan, hopes for boots on ground in 2024 - Spaceflight Now
・Musk unveils revised version of giant interplanetary launch system - SpaceNews.com]
・The Moon, Mars, & around the Earth - Musk updates BFR architecture, plans | NASASpaceFlight.com
・Elon Musk hopes to make SpaceX's Falcon, Dragon fleet obsolete with Mars rocket - SpaceFlight Insider
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info