心拍ゾーン

スマートウォッチ、特にスポーツタイプのスマートウォッチには「心拍ゾーン」というデータを表示する機能が搭載されている。ウォーキングやジョギングなど運動をしている間に、今自分がどの心拍ゾーンにいるかを教えてくれる機能だ。

心拍ゾーンが何を意味しているかは、正確にはスマートウォッチのメーカーの説明を参考にしてほしいのだが、一般的には最大心拍数に対する割合が「心拍ゾーン」とされている。次のように、100%から50%まで10%ごとにゾーンが分けられており、1から5までのゾーンがある。

心拍ゾーン 内容
5 最大心拍数の90~100%。かなりきつい。呼吸および筋肉への最大級の効果。
4 最大心拍数の80~90%。きつい。速い速度で持久力を維持する能力の向上。
3 最大心拍数の70~80%。適度。有酸素運動能力の向上(中強度の運動をより容易にする)
2 最大心拍数の60~70%。軽い。有酸素運動能力の向上(基礎的身体能力の向上。回復促進)
1 最大心拍数の50~60%。とても軽い。回復促進。

ゾーン5がもっとも最大心拍数に近いゾーン(最大心拍の100~90%)で、ゾーン1がもっとも遠いゾーン(最大心拍の60~50%)だ。体感として、ゾーン5はめちゃくちゃきつい運動、ゾーン1はすごい楽な運動、といった感じだ。

  • 心拍ゾーン - Polarの場合

    心拍ゾーン - Polarの場合

心拍ゾーンを表示する機能は、スポーツタイプのスマートウォッチには最初から搭載されている機能だが、スマートフォンタイプのスマートウォッチには標準では用意されていないかもしれない。しかしその場合も、サードパーティ製アプリをインストールすれば心拍ゾーンを把握できる。Apple Watchなどはそうしたアプリも多いので、アプリを探して心拍ゾーンを調べてみよう。

心拍ゾーンはスポーツマンにとってはとても重要な値だ。どのゾーンでトレーニングするかで強化される能力が異なるためだ。となると、心拍ゾーンはビジネスマンには関係ないと思うかもしれない。しかし、そんなことはないのだ。健康な体を得るためには「心拍ゾーン」機能は使いこなす必要がある。この機能を使わないと効果が見込める負荷がわからないからだ。次にその例を取り上げる。

健康は「週に150~300分の中強度運動」

運動が健康によいことを示す科学的根拠は多い。気になるのは、どの程度の運動を行えば健康になる確率がもっとも高いのか、ということだ。こうした運動と健康に関するガイドラインは世界保健機関(WHO: World Health Organization)が2020年末に公開した「World Health Organization 2020 guidelines on physical activity and sedentary behaviour」が最新というか、注目されるデータだと思う。

このガイドラインから、ビジネスマンに相当する年代(18~64歳)が健康になるための運動量をまとめると、次のようになる。

18~64歳 運動内容
推奨 週に150~300分の中強度の有酸素運動、または、75~150分の高強度の有酸素運動、またはそれに相当する中強度から高強度の運動の組み合わせ。
さらに上の健康を目指す場合 週に300分以上の中強度の運動、または、150分以上の高強度の運動(どこからがやりすぎになるのかの指定は今のところできないので、条件付きの評価)。有酸素運動に加えて週に2回以上の中強度以上の筋トレを追加することでさらに健康上の利点が得られる(なお、筋トレ量はこれ以上増やせば増やすほど効果が得られるという証拠はなかった)。

WHOが2010年に公開した前のバージョンでは、週当たりの最低限の運動時間のみが記載されていたので、今回の150~300分といった運動時間の範囲が示されたのは2020年版の新しい点となっている。また、中強度と高強度の組み合わせの量が等価であればよいとし最低限の長さの指定がない点も新しい点とされている。

高強度の運動はきつくて続かないので、標的となるのは中強度の運動だ。週に150分から300分となると、たとえば平日に日30分、週末に日1時間で、合計週に270分だ。これなら不可能ではない運動量のように思える。問題なのは「中強度の運動」という表現だ。中強度とはどの程度の強度だろう。

中強度の運動とは、どんな強度?

WHOは中強度の運動について「NCDs | What is Moderate-intensity and Vigorous-intensity Physical Activity?」で説明を行っている。WHOでは中強度の運動を約3~6METsとしており、サンプルとして次のような運動を取り上げている。

中強度の運動(約3~6METs)
速歩き、ダンス、庭いじり、家事、伝統的な狩猟と採集、子供とゲームやスポーツで遊ぶ、ペットの散歩、建築作業(屋根ふき、塗装)、20kg以下の中程度の荷物の運搬や移動

正直、ピンとこない説明だ。なお、1METとは静かに座っている時のエネルギーコストとして定義されており(1kcal/kg/時間)、3~6METsはその3倍から6倍ほどのエネルギーを消費する運動、ということになっている。

METsに関しては国立健康・栄養研究所が公開している「改訂版『身体活動のメッツ(METs)表』 2012年4月11日改定」にもうちょっとわかりやすいサンプルがまとまっている。すぐに試せそうな簡単な運動を抜き出すと、次のようになる。

METs 個別活動
3.5 歩行:散歩、仕事の合間に歩く
4.0 歩行:通勤や通学
4.5 歩行:ふつうのペースで、耕された土や砂の上を歩く
4.8 歩行:芝のトラック
4.0 自転車に乗る:16.1km/時未満
3.5 自転車に乗る:レジャー、8.9km/時
5.8 自転車に乗る:レジャー、15.1km/時
3.8 健康体操(例:腕立て伏せ、腹筋運動、懸垂、足や手を突き出す運動):ほどほどの労力
4.0 映像を用いた運動:テレビのコンディショニングプログラム(例:カルディオレジスタンス)、ほどほどの労力

先程よりもイメージしやすい。しかし、スマートウォッチで判断できるようにもうちょっと数値化された値が欲しいところだ。

数値が欲しいのだが、中強度の運動(Moderate-intensity Activities)は言葉で説明されることも多い。アメリカ疾病予防管理センター(CDC: Centers for Disease Control and Prevention)は「Measuring Physical Activity Intensity | Physical Activity | CDC」で、中強度の運動を次のように説明している。

  • 一般的に、中強度の運動をしている場合は、活動中に話すことはできるが歌うことはできない(In general, if you’re doing moderate-intensity activity, you can talk but not sing during the activity)

おしゃべりはできるが歌を歌うには苦しい運動である、という。似たような感じでは、息が上がっているもののしゃべることができる程度の運動、といった説明が行われることも多い。

中強度の運動は使われる文脈や論文によっても定義がまちまちだ。例えば、次のような指針をもって「中強度の運動」とされることもある。

  • 3~6 METs
  • 自覚的運動強度 11~13/20 (楽である~ややきつい)
  • HRmax% 50~85%、55~69%、55~70%、55~75%、64~76%
  • VO2max 70%、60%、40~60%
  • HRR 40~60%
  • VO2R 40~59%

どれを参考にするかは難しいところだが、数値としての指針があり、かつ、心拍を計測するというスマートウォッチの特性から、HRmax% (最大心拍数に対する割合)を使う方法が便利だ。そして、55~70%およびこの前後の値をもって「中強度の運動」と扱われていることが多いようなので、ここでもこの値をひとつの目安にしようと思う。「中強度の運動=最大心拍の55~70%の運動」としてみよう。

中強度の運動: ゾーン1からゾーン2

「中強度の運動=最大心拍の55~70%の運動」とした場合、心拍ゾーンで言えばゾーン1からゾーン2が該当することになる。

心拍ゾーン 内容
5 最大心拍数の90~100%。かなりきつい。呼吸および筋肉への最大級の効果。
4 最大心拍数の80~90%。きつい。速い速度で持久力を維持する能力の向上。
3 最大心拍数の70~80%。適度。有酸素運動能力の向上(中強度の運動をより容易にする)
2 最大心拍数の60~70%。軽い。有酸素運動能力の向上(基礎的身体能力の向上。回復促進)
1 最大心拍数の50~60%。とても軽い。回復促進。

その人の最大心拍数を厳密に計測するには、かなりきつい運動をして厳密に計測を行う必要がある。これは負荷が大きいので多くのビジネスマンにとっては現実的ではないはずだ。最大心拍数はスマートウォッチまたはそのアプリに身体データ(年齢、体重、身長、性別、体脂肪率など)を入力しておけば、推定値が使われるようになっていることが多い。ちゃんとデータを入力しておけば、それなりの値がすでに設定されているはずだ。この値は、スマートウォッチをつけて運動を計測していけば、徐々に更新される。

例えば、筆者のは最大心拍数は180bpmになっている。これを心拍ゾーンに割り当てると、ゾーンごとの心拍数は次のようになる。

心拍ゾーン 心拍数(最大心拍数180の場合)
1 90~108bpm
2 108~126bpm
3 126~144bpm
4 144~162bpm
5 162~180bpm

WHOのガイドラインによれば、つまりゾーン1またはゾーン2の運動を週に150分から300分する習慣をつけておけば健康になる可能性が高いということになる。これは、ぜひとも生活の一部にしたいところだ。

ゾーン1からゾーン2の運動を調べよう

ここからはスマートウォッチの出番だ。ゾーン1からゾーン2の運動がどれくらいのものか調べてみよう。そこから生活の一部として続けられそうな運動を探し出せば、長期にわたって実施できるというものだ。ここでは一周1kmとされている公園をウォーキングおよびジョギングして計測してみた。次の3段階に分けて計測している。

  • ウォーキング(ゆっくり):ちんたら歩いているという感じ
  • ウォーキング(速歩き):出勤時に速歩きしているような感じ
  • ジョギング(軽い):ちんたらジョギングしている感じ

計測結果は次のとおりだ(Polar Vantage V2使用)。

  • ウォーキング(ゆっくり)

    ウォーキング(ゆっくり)

  • ウォーキング(速歩き)

    ウォーキング(速歩き)

  • ジョギング(軽い)

    ジョギング(軽い)

結果を表にまとめると次のようになる。

運動 平均心拍数 消費カロリー(脂肪燃焼割合) 時間 距離
ウォーキング(ゆっくり) 82bpm 67kcal(79%) 14:55 1.21km
ウォーキング(速歩き) 90bpm 73kcal(75%) 12:10 1.15km
ジョギング(軽い) 114bpm 84kcal(53%) 9:53 1.14km

これを心拍ゾーンに対応させると次のようになる。

運動 体感 心拍ゾーン
ウォーキング(ゆっくり) のんびり歩いている
ウォーキング(速歩き) 出勤時に速歩きしているような感じ 1の低い方
ジョギング(軽い) のんびりジョギングしている 2

ゆっくりウォーキングした場合、もっとも低いゾーン1にも届いていない。つまり、筆者はゆっくりウォーキングしただけでは中強度の運動とは言い難いということになる。速歩きウォーキングはゾーン1に届いているのもの、ゾーン1でも下辺ぎりぎりだ。本稿執筆時点の筆者の場合、ゆっくりジョギングするくらいの運動が「中強度の運動」としてわかりやすい心拍数を示していることになる。

結果を生活へフィードバック

スマートウォッチの「心拍ゾーン」機能を使うと、必要となる運動の強度を数値として視覚化することができる。視覚化できると継続しやすいし、もっとも効果が期待できる運動を狙って行うことができる。運動時間を確保することが難しいビジネスマンにとって、もっとも効果が期待できる運動をするというのはとても大切なのだ。

今回の例を使うとすれば、例えば月曜から金曜までは風呂の前に近くの公園を3周ジョギングするとちょうど30分間の中強度運動をこなすことができる。週末はコースをかえて快適なコースを1時間くらいゆっくりジョギングをすれば、合計で週に270分の中強度の運動をこなせることになる。多くの方は生活の中でほかにも中強度の運動は行っていると思うので(国立健康・栄養研究所「改訂版『身体活動のメッツ(METs)表』 2012年4月11日改定」を参照のこと)、WHOガイドラインの「さらに上の健康を目指す場合」のほうに条件が一致するかもしれない。

もし計測を行わずに「ゆっくりウォーキング」を「中強度の運動」とみなしていた場合、WHOのガイドラインの条件を満たすことができなかった可能性がある。同じ時間を使うのであれば、できるだけ効果が期待できる方法を取りたい。スマートウォッチを使って負荷を測り、それを利用する。限られた運動時間を有効に使っていこう。

;;link;; https://news.mynavi.jp/article/smartwatch-for-business-4/ https://news.mynavi.jp/article/smartwatch-for-business-3/ https://news.mynavi.jp/article/smartwatch-for-business-2/ https://news.mynavi.jp/article/smartwatch-for-business-1/