エアバスの超大型機「A380」とIntelのItaniumが生産中止に
最近のニュースで話題となったものの1つにジャンボジェットを越える超大型旅客機として一世を風靡したエアバスA380の生産打ち切りの知らせがある。2階建ての巨大ジェット旅客機の登場時は海外渡航の増加の時代とも重なって大きくもてはやされたものだが、燃費、受け側の空港の問題などで商業ベースではどうもうまくいかなかったようだ。そんな世間をにぎわせたニュースと時を同じくして流れた、こちらはどちらかというと密やかに伝えられたニュースがIntelの64ビットCPU「Itanium」の生産打ち切りの知らせである。このニュースは編集部からの連絡された海外の報道で知ったのだが、それはなんとも渋い記事であった。タイトルを邦訳すると「Intelがついに正式にItanicを沈める、IntelのIA-64アーキテクチャの将来やいかに」といったところだ。
ここではIntelのItanium(アイタニアム)と悲劇の沈没事故を起こしたTitanic(タイタニック)号とをひっかけた表現で皮肉一杯であるが事実を正確に伝えている。
この記事によるとIntelのItaniumの製造中止はPCN(Product Change Notice)で当該顧客に伝えられたようである。半導体業界にいる人間ならピンとくると思うが、PCNはあくまでも「製品変更」である。しかしよく読んでみると、Intelが「製品変更」として特定顧客向けに伝えた内容は2017年に出荷が始まった「Itanium 9700(開発コード名:Kittson)」がファミリー最期の製品となるという話である。
これは実際にはEOL(製造終了)のことであって、いわゆる「ディスコン」である。新技術の投入によって製品力を常に高めることが肝要な半導体業界において「開発→発表→製造→改良→次期製品の用意→当該製品の終息」ということは非常に大切な要件であるし、その意味で言えばItaniumは通常の経過を踏んだと言えなくもないが、以前にIntelがあれだけこだわったIA-64(Itanium)がそっと姿を消すという事実には感慨深いものがある。
今となってはかなりの少数派となったItaniumの顧客は稼働システムの将来のメンテナンスに必要な数量のItaniumプロセッサーを2021年の製造終了日までに確保しなければならないことになる。
Intelが社運を賭けたItaniumを傍流に葬ったAMDのOpteron
Itaniumと言われてもピンとこない人は多くおられると思うので少々背景説明を加えておくと以下のようになる。
- 1990年代、Intelは32ビットのx86が当時の電子機器のプラットフォームであるパソコンの主流となるや、野心的なIA-64構想を打ち出した。IA-64はハイエンド・サーバーに向けてIntelが社運をかけて開発したItaniumプロセッサー・ファミリーを中心としたエコシステムである。
- 当時のハイエンド・サーバーの主要企業はメインフレーム・コンピューターを企業ITの中心に据えるIBM、HP、NEC、日立、富士通などの企業群である。
- パソコンで確固とした地位を築いたIntelであったが、ハイエンド・サーバーへ入り込むには高性能の独自技術を確立させる必要があると判断した。当時はハイエンド・サーバーのCPUでは設計思想がまったく異なるRISCアーキテクチャー型CPUも群雄割拠していた。こうした中でIntelが満を持して発表したのがIA-64、Itaniumプロセッサー・ファミリーであった。
- しかしIA-64(Itanium)には大きな弱点があった。それはその当時すでにPCサーバーとして拡大しつつあったx86-32ビットとの直接の互換性を持たないことであった。それまでに広がっていた32ビットのソフトウェアにはエミュレーションモードで対応するという。これについては当時の企業IT担当者たちが大きな不満を抱いていた。
- これに加えて、肝心かなめのItaniumプロセッサーはその構造の複雑さから設計・製造に困難をきたし、度重なるスケジュールの遅延を余儀なくされた。
- その間隙をついてAMDが既存のx86-32に拡張命令を加えたx86-64をAMD64として提唱した。その中心に据えられるCPUはAMD Opteronプロセッサーであった。既存の32ビットのソフトウェアとの互換性を担保しながら、64ビット・コードを高速に処理するOpteronはあっという間に業界の支持を集めていった。折しもハイエンド・サーバーはPCサーバーのクラスターにとってかわり、パソコンベースのDELLなどの新興IT企業が主導権を握ってきていた。それまでIntelオンリーだったDELLがAMDを採用するに至ってAMD64の地位は決定的となり、IA-64/Itaniumは傍流になってしまった。
- IntelはAMD64をほとんどコピーした形でEM64TとしてAMDの方針に追従する形となった。
- その後、AMDとIntelはこの基本アーキテクチャーにどんどん改良を加え、マルチコア化も進んで現在も死闘を繰り広げている。
AMD64とOpteronの劇的な登場については私は過去の連載などで何回か取り上げているので、ご興味のある方はそちらをご参照いただければと思う。
エアバス社のA380とIntelが社運を賭けた野心的なプロジェクトItaniumが同時期に姿を消すというのは時代の変化を感じさせる象徴的なニュースであった。
著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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