現在世界で一番忙しいCEOは誰か?、と問われたら多くの人がNVIDIAのJensen Huangだと答えるだろう。空前の生成AIブームの最前線を行くNVIDIAの時価総額は4兆ドルを超えて世界最大の企業となった。CEOとして世界を飛び回るJensen Huangは半導体業界の枠を超えて、「スーパーCEO」となった感がある。
世界を雄飛してNVIDIAの企業価値をさらに高めるJensen Huang
CEOの仕事で最も重要なのは、ビジネスの全般に関わって企業価値を高める事だ。CEOという仕事はそれだけ重大で特殊な仕事である。
最近のJensen Huangの動きを追うにつれ、NVIDIAの企業価値を高めるために一心不乱に取り組むその姿は「スーパーCEO」という言葉がピッタリくるように思う。半導体企業のCEOとしてはこれまでに例がなかったことだ。
米国の大企業のCEOの動向はその企業規模と彼らの一挙手一投足の影響力の大きさもあって、大きなニュースとして取り上げられることが多いが、他企業のCEOと比較してひたすら自らのビジネスに専念するJensen Huangの姿はCEOとしての在り方という意味で新鮮に映る。トランプ大統領に接近して政治分野に大きな時間を使ったTeslaのElon Musk氏は、現在では足元のEVビジネスで大きな問題を抱えているし、最早CEOではないがAmazonの顔として世界に知られるJeff Bezos氏は、5000万ドル以上と言われる巨額を投じて自らの結婚式を演出しようとしたが、大掛かりな準備を強いられた開催地のベネチア市民からは「市民生活に支障をきたす」と反感を買ったようだ。
こうした動きとは対照的に、ひたすらNVIDIAのビジネスに専念するJensen Huangの最近の動向とその冴えわたるセンスには、いち半導体企業のCEOを超える超人的なものを感じる。
- 4月:来日時に石破首相を訪問、日本に対するAIチップの供給サポートを発表
- 5月:トランプ大統領のサウジアラビア訪問に同行、中東最大のAIデータセンタープロジェクトに1万8000個のAIチップの出荷を約束
- 5月:Computex Taipei 2025のキーノートとして登壇。Blackwellをはじめとする今後のAIチップ/高速インターコネクト/ラック製品などについて発表
- 6月:米国政府の対中輸出規制に基づいて、今後の営業目標から中国市場分を除外することを発表。この毅然とした責任ある態度は株主からの好感度を上昇させた
- 7月:トランプ大統領と会談、AI半導体の対中輸出規制撤廃に合意
- 7月:中国訪問、Deepseek、Tencent、Alibabaなどの中国AI業界/政府の代表と懇談
ざっと、この2-3か月の行動を追っただけでも重要案件に集中し、確実な成果をあげている。中国へのAI半導体の輸出規制緩和については、かねてより米国が不満を募らせている中国によるレアアースの輸出規制との引き換えという背景もあるらしく、半導体業界を超えた交渉能力にはまさに「スーパーCEO」の手腕を感じる。
戦略的重要性を増す半導体
ひと昔前の半導体業界を考えると、いくらCEOであっても国家元首との懇談などはまず考えられなかったことだ。だが現在のJensen Huangの立場を考えると、AI立国を目指す国家であれば直接会えない元首はいないだろう。
この背景にはAI半導体を始めとする先端半導体の戦略的重要性の飛躍的な高まりがある。軍/民のデュアル・ユーズが通例となっている現代では、AIなどの先端分野で、その核心部分となっている半導体技術の所在は設計・製造ともに、国家安全保障上の重要な要件となっている。
各国が戦略的重要物資のサプライチェーンの囲い込みに躍起となる現在、世界のAI半導体技術開発でダントツの存在となっているNVIDIAのCEO、Jensen Huangとの関係性を確保することは国家運営上の重要課題である事は疑いない。しかし、本人は今やトレードマークとなった革ジャン以外には奇異な行動は見られない。中国訪問の際にはその革ジャンも封印して中国服に身を包んで現れた。その行為が中国市場におけるNVIDIAの企業価値を高めるとの判断によるのだろう。
Jensen Huangを待ち受ける今後のチャレンジ
そんな「スーパーCEO」であるJensen Huangには今後も幾多のチェレンジが待ち受けている。まず懸念されるのがトランプ大統領が推し進める関税政策だ。
いくら他を寄せ付けないAI半導体のエコシステムを握っているとしても、NVIDIAはファブレス企業である。それを製造しているのは台湾のTSMCであり、TSMCは製造装置や材料などを他国から買っている。これらの高度にグローバル化した半導体サプライチェーンにかけられる関税は製造コストの増加を生む。
また、NVIDIAが開拓したAI半導体市場はまさに下剋上の状態を示唆している。2番手につけるAMDに加えAmazon、Google、Microsoftといった大手顧客のASIC独自開発、AIゴールドラッシュともいわれる新興勢力の出現など、今後NVIDIAを待ち受けるチャレンジは枚挙にいとまがない。
ビジネスの全責任を負うCEOが試されるのは「不確実性が増す状態で現実解を示す能力」だ。また、その技を継承し企業価値をさらに高める次代CEOを育てる事も重要だ。
「スーパーCEO」Jensen Huangの今後の活躍に注目したい。