皆さんは「アノニマス」という存在をご存知でしょうか。現在、アノニマスがISIL(Islamic State in Iraq and the Levant、一部報道ではイスラム国やISISとも呼ばれています)を攻撃のターゲットとしたという報道もされていますので、おそらくこの記事をお読みいただいている方であれば、どこかでこの名前を見たり聞いたりしたことがあると思います。

筆者は2011年ごろからアノニマスをウォッチし、取材なども行ってきました。

著者プロフィール

辻 伸弘氏(Tsuji Nobuhiro) - ソフトバンク・テクノロジー株式会社


セキュリティエンジニアとして、主にペネトレーション検査などに従事している。民間企業、官公庁問わず多くの検査実績を持つ。

また、アノニマスの一面から見えるようなハクティビズムやセキュリティ事故などによる情勢の調査分析なども行っている。趣味として、自宅でのハニーポット運用、IDSによる監視などを行う。

Twitter: @ntsuji

そこで今回は、「アノニマスとは何か?」というところから、おさらいの意味も込めつつ、かいつまんだ解説をしようと思います。

アノニマスとは

筆者はアノニマスなどの特定の組織や団体、集団を擁護しているわけではありません。この集中連載では、事実を事実として皆さんに知っていただければと考えています。

アノニマスとは何か? ということを聞かれたときに、筆者は過去にインタビューした1人のアノニマスの言葉を引用するようにしています。それは「世界的な抗議共同体」というものです。

この言葉は、あくまで「抗議を行う」ということであって、その抗議の手段については言及されていません。過去に行われた抗議についても調べてきましたが、"ハッキング"と呼ぶことができる手段を用いるケースはもちろんありますが、そうではないケースもありました(その他の手段については次回紹介します)。

したがって、アノニマスがメディアなどで紹介される時、必ずと言っていいほど接頭語のように用いられる言葉に「国際的ハッカー集団」というものがありますが、こちらは一部を指す言葉であり、全体を表現するにはあまり正確な表現と言えません。

筆者が今まで見聞きしたアノニマスを表現した説明の中で、最も的を射ていると感じたボルチモアシティペーパーの記者 クリス・ランダース氏の言葉を以下に引用します。

「インターネットを基礎にした最初の集合的無意識である。アノニマスは、烏合の衆が集団であるという意味で集団である。その集団をどう認識するかって? 彼らが同じ方向を向いて動いてるからだ。いつでも参加し、離れ、どっかへ行ってしまう」

この言葉はアノニマスが抗議を行うに至る流れを、的確に示していると思います。

アノニマスは何かしらの抗議が必要と感じるとインターネット上で宣言を行います。その宣言には文章や動画が用いられるのですが、多くの場合は抗議する理由や問題意識と作戦名(オペレーション)が明示され、場合によっては抗議手段や抗議先、日時が明示される場合があります。

また、IRC(Internet Relay Chat)にチャットルームが開設。意見交換や抗議手段、抗議対象などについて話し合われる場合があるほか、過去には抗議対象を決める投票が行われたこともあります。そして、何かしらの作戦に参加したからといって別の作戦に同じ人物が参加するとも限らず、参加したいと思ったユーザーがその時々に参加しては抜けていくというイメージです。

したがって、アノニマスは一枚岩の組織ではなく、メンバーという概念も薄く、作戦ごとに参加したり、しなかったりという特徴を持ちます。このことから、クリス・ランダース氏の表現は的確であると思います。

補足すると、アノニマスは「情報の自由・表現の自由」のために戦っていると表現されることもありますが、今までの作戦を見ていると必ずしもそういうわけではありません。過去の作戦では、環境問題や人権問題などのオペレーションも多数存在しています。

主に環境問題を扱うアノニマスの作戦

アノニマスは単一のグループではない

上でも述べましたが、作戦を見聞きしたユーザーがその意思に共感し、支持する場合は参加者が増大して大きなものへと発展していきます。もちろん、共感や支持が得られなければ自然に消えていき、失敗に終わるというわけです。

また、アノニマスの全体の人数ですがこちらについては不明というのが正しいかと思います。一説には、数千から数万と言われる方もいらっしゃいますが、作戦ごとに参加者が異なるという状況を考えると、人数について言及することに意味がないと考えています。

アノニマスが、人数について質問をされたときに「9000以上だ」という回答をしたケースもあるのですが、その回答には元ネタがあります。それはアニメ「ドラゴンボールZ」で、ベジータが孫悟空の戦闘力を計測した際に驚愕したシーンのセリフ「It's over 9000!(国内の放送では8000以上)」をアノニマスが単に引用しただけのものです。

2012年にアノニマスから派生した「TheWikiBoat」というグループが、「OpNewSon」という名前で抗議理由が不明確な作戦を立ち上げました。当時は日本におけるアノニマスの知名度があまり高くなく、抗議の対象に日本の有名企業3社が含まれていたこともあり、ネットなどで大きな騒ぎになっていたかと思います。結局、抗議理由が不明確であることともあってか、支持を得られずに成果が出ないまま立ち消えになってしまいました。

ほかにも、アメリカで提出された法案「SOPA(Stop Online Piracy Act)」などに反対してインターネットを停止するといった実現可能性がとてつもなく低そうな「OpGlobalBlackout」という名前の作戦や、自身のプライバシーのためにFacebookを抹殺すると宣言した「OpFacebook」という名前の作戦もありましたが、いずれも何事も起こらずといった結果でした。当時はこれらのオペレーション自体が偽物、もしくは釣り(ひっかけやおふざけ)であるという声がアノニマスから上がっていました。

国際的ハッカー集団という接頭語により、何やら恐ろしい集団が「ものすごい力を持っていて世界の諜報機関並みである」というイメージを持たれる方がいらっしゃるようですが、決してそういうわけではありません。過去に何名かの逮捕者が出ていますが、その逮捕者の素顔は、どこにでもいるような10代の若者だったことも少なくありません。

集中連載の2回目は明日、公開させていただきます。次回以降は、アノニマスの抗議手段と過去に日本がターゲットになった作戦について解説します。