2025年までに、127万もの中小企業が黒字のまま廃業を迎えるといわれている。その理由は、優良な中小企業の経営者の多くが高齢で後継者がいないためだ。仮に127万の中小企業が廃業したとすると、日本全体で650万人の雇用と22兆円のGDPが失われると予測されている。

若手自らが個人で企業を買収して経営するアメリカで生まれた仕組み「サーチファンド」を活用し、この大廃業時代を食い止める存在として活躍することが期待されているのが「ネクストプレナー」という存在である。本稿は「ネクストプレナー」として事業承継した河本和真氏が、自身の経験やそれから得られた知見をまとめたものである。

今回は前回に引き続き、静岡県立大学経営情報学部の落合康裕教授との対談の内容をお届けする。今回のテーマは「ネクストプレナーに必要な『深化』「探索」」だ。

後継者に必要なのは「深化」と「探索」

河本:東京商工リサーチの調査(※1)で、30~40代は新規事業に対してもアクティブであると言われています。大廃業時代と呼ばれる後継者不在によって127万の中小企業が休廃業してしまうことを食い止めるためには、アクティブな世代が事業を引き継ぎ、成長発展していくということが日本経済において非常に重要な動きだと感じています。

とはいえ、個の力でそれを実現していくことは難しく、サポートする体制が必要だと思います。落合教授はどのように感じられていますか。

(※1) 株式会社東京商工リサーチ編(2021)「令和2年度 中小企業の財務基盤及び事業承継の動向に関する調査に係る委託事業 報告書」

落合氏:私は30~40代のアクティブな世代が次の経営を担う上では、二兎を追うことが重要だと考えています。最近では、両利きの経営(※2)と呼ばれ、「深化」と「探索」という概念で説明されています。

老舗企業研究でも、以前から「伝統」と「革新」といった似た概念で議論されてきました。両利きの経営を事業承継に当てはめると、「深化」とは先代が築き上げてきたものを理解していくということ。「探索」とは、自社にないものを求めていくということです。

(※2)チャールズ・A・オライリー他(2019)『両利きの経営』東洋経済新報社

  • 伝統と革新を両立するメカニズム 提供:落合康裕氏

落合氏:特に第三者承継の場合、おそらく30~40代のアクティブ世代は「探索」に対する感性や行動力は持っているでしょう。しかし、企業の歴史や先代から引き継ぐ継承財をしっかり理解してからでないと、誤った「探索」をしてしまう可能性もあります。事業承継のサポートが必要だとするならば、「深化」の部分がより重要になるでしょう。

せっかく継承したものをうまく使えるようにするには、後継者をいきなり社長にするのではなく、子会社の社長やプロジェクトリーダー、もしくは本社の社長室長・経営企画室長といった社長付けで総合的な経営の思考が試されるようなポジションを任せるべきです。経営者への助走期間というイメージですね。

その中で、先代経営者が後継者の壁打ち相手の役割を務めるのも良いでしょう。なぜなら、一つの提案に対して議論を交わすうちに、継承すべきものと変化すべきものが整理できる可能性があるからです。後継者にとっては、その会社の持ち味が見えてきて先代の哲学を学ぶこともできます。

河本:なるほど。後継者が社長室長・経営企画室長という立場で経営の実践を経験しつつ、先代がその壁打ち相手になるというのは私も非常に重要だと思いました。理想はかばん持ちからですね。そもそも社長は何をやっているのか、ということを体感することが必要ですね。

そして、壁打ち相手となり、社長の頭の中の情報をどんどん自分の中に落としていく。先代が組織を拡大させていく中で大切にしていたミッションを腹落ちさせていく。この工程を踏むことは、M&Aの実行フローで言うところの究極的なデューデリジェンスやPMI(Post Merger Integration:M&A成立後の経営統合プロセス)になり得ると思います。

落合氏:たしかに、経営者としてのリテラシーを教育していくことも重要ですね。私がビジネススクールで教える中で感じるのは、実務家である受講生は経営知識の習得にも非常に熱心ですが、それを実践の場でどう活用すれば良いのかという部分が弱いということです。今回はうまくいったが、次は同じ行動を取ってもうまくいかなかった、ということが起こった際に、「なぜうまくいったのか」「なぜ失敗したのか」といったことを内省することは、次の行動の成功確率を高めることにつながります。

これは将来経営を担う後継者においても同様です。先代との対話を通じて、後継者は自身の経営を客観的に評価できるようになります。自分の経験を整理し、自らの実践理論を作ることも可能でしょう。自分の行動に自信を持てるようになると確信しています。

サラリーマンから経営者になるために意識すべきこと

落合氏:サラリーマンから経営者になるためには、過去の成功モデルに捉われない新しい思考や経験をしたことがない分野を学ぶなど、「探索」的な力をトレーニングすることが大事です。越境学習など視野を広げ、新しい発想ができる思考を鍛えることが必要です。

河本:新しい発想のトレーニングは重要ですよね。私は、経営者目線を持つために行うべき方法は、訪れた場所の収支を想定することだと思っています。

例えば、居酒屋に行ったとしましょう。席数、メニューの単価、人件費、回転率は2~3時間滞在すれば想像することができます。原価は仮説止まりではありますが、それらが分かれば、その店の1日の売上や利益が計算できます。俗にいうフェルミ推定ですね。「このお店はもうかっているのか」と考える癖をつけることは、サラリーマンが経営者目線を持つために一番早い手法です。

落合氏:なるほど、経営者としての数値感覚を養うということですね。利益責任が問われる事業部門での経験が有効ですね。戦略構想に加え、日々の経営の実行がB/SやP/Lにどう影響するのかという経営者としての感覚が身につけることが重要です。

加えて、他社と比較する感覚も養っていくことも重要です。例えば、回転率が非常に高い店とそうでない店でなぜ違いが生まれるのか、他社にあって自社にないものは何かなどを思考する習慣ができれば、自分なりの経営の仮説を作る際に役立つと思います。

河本:オペレーションが異なる場合もあるでしょうし、戦略で差別化をしている場合もあるでしょう。そういった仮説を作っていくことは、経営感覚を養うために非常に勉強になりますね。

落合氏:はい。また、異分野との関わりを持つことも大切です。一般的な異業種交流会のようなものではなく、忌憚なく議論ができる場や関係ですね。ビジネススクールの受講生によると、自社の常識が他社の非常識であることに気づく機会になっていることもあるようです。自社の中では発言できないが、仕事の利害関係のないビジネススクールの仲間であれば互いに対案をぶつけ合えるのです。

ビジネススクールでは、実際のビジネスケースを通じて追体験 することに意味があると考えています。自分がビジネスケースの後継者だったらどう行動するのか、先代の立場だったらどう考えるのかを考えることが貴重な蓄えになります。追体験の数を増やすことで、さまざまな目線で実践を捉えられるようになります。

河本:追体験はなかなか一般化されていませんよね。事業承継のデータを貯めていき、それを引き出していくことができるコミュニティがあると、後継者にとって役立つ場所になりそうです。ネクストプレナー大学もそのような場所にしていきたいと考えています。

落合氏:後継者の教育機関として、ビジネススクールから学べることは多いと思います。そして、教育機関を卒業した後継者たちが体験した内容を失敗例や成功例を含めてビジネスケースとして蓄積し、さらに後進の人々が先輩たちのケースを議論して学びをえるというサイクルができれば面白いですね。

一般社団法人ネクストプレナー協会
代表理事 河本和真 氏

北海道大学経済学研究科会計情報専攻修士課程卒業。在学中、ベンチャー企業の立ち上げに従事。2014年4月、野村證券株式会社入社。2017年にテック系M&Aアドバイザリーに参画。2019年6月よりGrowthix Capital株式会社の創業メンバーに参画し、事業再生案件やクロスボーダー案件など幅広いディールを手掛ける。その他、譲渡に備えた財政状態の整備や事業拡大に纏わるコンサルティング業務や、ディール成立後の譲受企業役員として就任し、PMIの構築と実行に従事する実績を持つ。本連載の著者。

静岡県立大学 経営情報学部 教授
落合康裕 氏

博士(経営学)。大和証券SMBC(株)、日本経済大学を経て、静岡県立大学に着任。現在は、企業の事業承継について経営学の観点から研究を行う。大学での研究教育活動を軸に、名古屋商科大学ビジネススクールや早稲田大学ビジネススクールで事業承継講座(ケースメソッド)を担当するほか、行政機関主催の事業承継セミナーを担当するなど、後継者教育に力を注いでいる。日本経済新聞社「やさしい経済学」で、「事業承継成功のカギ」を連載。