モノ余りの時代になって久しい。売れ残った在庫はセール品となり、正規価格から値下げされ、それでも売れないものはいずれ廃棄処分される。すでにモノは溢れるほどあるにも関わらず、売上を作るためにモノは生産され続ける。→過去の「SDGsビジネスに挑む起業家たち」の回はこちらを参照。

「在庫」をAIで予測

さまざまなモノの製造工程では水や木などの自然、素材や実験のために動物などを使うことになるほか、CO2を排出する。時に劣悪な労働環境のもとで、労働する人が出てくることもある。誰の手にも渡ることなく捨てられるモノを作るプロセスで、地球や人に負荷をかけることも少なくない現実があるのだ。

しかし、セールに頼らず商品を正規価格で販売したり、在庫の回転率を上げたりできれば、商品を無駄に捨てることは少なくなり、それを求める生活者のもとへ適切に届けることができ、ひいては地球の有限な資源を生かしたモノづくりができている状態ともいえる。 そんな「在庫」に目をつけて、在庫を利益に変える在庫分析クラウド「FULL KAITEN」の開発・提供を行うのがフルカイテンだ。AIを用いてEC・店舗・倉庫にあるすべての在庫を予測・分析し、商品力をワンクリックで見える化するシステムとして小売業界から注目を集めている。

同社が行った「アパレル・ライフスタイル企業の利益構造に関する市場調査」によると、2020年4~6月期の平均として、全SKU(SKU(Stock Keeping Unit:小売・卸売やメーカーにおける在庫管理の最小単位。例えばアパレルでは同一品番からサイズ、カラーごとに細かく枝分かれする)の20%の商品で粗利益総額(売上総利益総額)の8割を生み出していることがデータから裏付けられたという。

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    「アパレル・ライフスタイル企業の利益構造に関する市場調査」をもとにしたグラフ

「残り80%のSKUから利益に変わる商品を見出し、粗利益を生み出す販売力をつけることで、仕入れを抑制して総SKU数を減らしたとしても、同程度の粗利益を効率良く生み出せるようになります」と話すのは、同社 代表取締役CEO 瀬川直寛さん。FULL KAITEN開発までの道のりや小売業界が抱える過剰在庫問題の背景、対応策などを瀬川さんに詳しく聞いた。

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    フルカイテン 代表取締役CEO 瀬川直寛さん(内容や肩書は2022年11月の記事公開当時のものです、以下同)

3度の倒産危機を経て生まれた在庫分析システム

新卒入社したコンパックコンピュータ(現ヒューレットパッカード)の営業部門からキャリアをスタートした瀬川さん。スタートアップ企業含め4社を渡り歩き、35歳になるまで企業向けシステムの営業に関わってきた。大学時代はAIや統計に着目し、予測の仕組みや統計変動などの知見を得てもいる。このときに裏打ちされた知識と経験が、後のFULL KAITEN開発へとつながっていく。

それまで起業する考えはなかったものの、部下の誕生日をサプライズでお祝いした際に抱いた想いをきっかけに、「お客様を笑顔にできる仕事で生きていく」と決意し、会社を設立(社名はハモンズ)したのだった。食器販売業を経てベビー服のEC事業に参入し、会員数・売上ともに伸びていったものの在庫問題が原因で、倒産の危機を3度も経験することに。

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    フルカイテン社員の集合写真(2022年)

売上増加に伴って取扱商品数を増やすと、売上はさらに拡大していく。しかし、倉庫代わりにもしている自宅には在庫が山のように積み上がり、段ボール箱に囲まれて眠るほどだった。

在庫をなんとか売り切らなくてはと焦るものの、どれが不良在庫なのか、どれが売れる可能性のある在庫なのかがわからない……という問題に直面した。

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    ベビー服ECを運営していたころ

1度目の倒産危機では資金繰りが悪化し、2カ月後には従業員の給与を払えなくなるくらいに追い込まれた。極限状態の中で在庫と向き合ううちに、学生時代に学んだAIや統計の理論をもとにして不良在庫を炙り出すロジックを導き出した。それを元に在庫を売って危機を乗り越えることになる。

しかし、その後も1年余りの間に、過剰仕入れや価格戦略のミスで、2度目、3度目と倒産危機に直面する。在庫過多を本質的に解決しなければ会社の未来はない--。瀬川さんが在庫問題に取り組み始めたのは自然な流れだった。

その過程で、発注点を変動させることで適切な仕入れ量を導き出す方法、客単価を上げる商品を中心とした販促法などを次々と生み出す中で「在庫問題を解決するシステム」を開発し始めたのだ。

しかし、瀬川さんは自社で開発したそのシステムを使って、EC事業を続ける考えだった。一方、仕事上のパートナーでもある妻は、在庫問題に悩むあらゆる企業に対してシステムを外販することを見据えていた。うちの倒産危機を3度も救ったこのシステムが世の役に立つと思わないの--? 妻の言葉に背中を押され、2017年の年明けにはECサイト運営企業から、自社の在庫分析システムをクラウド事業化したSaas企業へと大きな転換を果たすことになったのだった。

商品力を全自動で正しく可視化する

同社のメンバーのほとんどがIT企業出身者であることからプログラムに強く、特に創業メンバーの3名は学生時代にAIや統計を学んだ理系出身者だったとはいえ、FULL KAITENの開発は決して簡単ではなかった。その開発秘話を辿っていくことにする。

2017年11月リリースのver.1は、月商数百万円規模の小さな企業向けに開発したものだった。ところが蓋を開けてみると、年商数十億円規模の大企業からの導入申し込みが相次いだ。

想定していたデータ量が桁違いで、当時のシステムのパフォーマンスではデータを処理できなかったという。「中小企業よりも大企業の方が在庫に関して強い課題感を持っていたんです。今思えば当たり前で、大企業の方が在庫高も大きいですから在庫への課題感も強いわけです」と瀬川さんは振り返る。

2018年1月から開発に着手したver.2は人員も資金も不足した中、エンジニア5人体制で進めていったが、依然として課題は残っていると感じていたため、ver.2リリース同日にver.3の開発を決定した。2021年6月にはジャフコ グループから5億円の資金調達を果たし、同9月にはCTOもジョインして40人規模のエンジニアチームを結成し、開発スピード・品質ともに向上の道を辿っている。

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    FULL KAITEN開発チームのメンバー(一部)

ソフトウェアの開発はリードタイムが発生します。し、FULL KAITENは経営の根幹を担うプロダクトだからこそ、開発の難易度も非常に高いですし、導入企業からの機能要望も多岐にわたります。だから開発リードタイムをうまくコントロールして導入企業に対して、いかに高い課題解決力を提供するかが課題です」(瀬川さん、以下同)

そんなFULL KAITENの最大の特徴は、AIや統計学的なアプローチを用いて、売上データだけではなく、販売期間や他商品との関連性、売り場(実店舗、EC)ごとの特徴などを組み合わせた「商品×売り場」という軸で、完売予測日や売上貢献度などの先行指標(結果に影響を与える指標)を予測したり、購買傾向を分析したりできるところだろう。

商品力を正しく可視化できると、プロパー消化率(定価で販売した商品の割合)の向上や不要な値引きの抑制、在庫の最適な店舗配分などができるようになる。小売企業が現時点で抱える在庫を余計な値引きをせずに販売して利益を生み出し、利益体質へと効率良く転換できる力がついていく。

FULL KAITENの代表的な機能を2つ紹介しておくと、1つ目にECを含む店舗在庫の質を可視化し、プロパー消化率アップ、値引き抑制、キャッシュフロー改善のために販促すべき商品を一覧表示する「クオリティ分析」がある。

「売れる商品・売れない商品の2軸ではなく、Best・Good・Better・Badの4軸に分ける機能です。中でも『Better在庫』には隠れた売れ筋商品が含まれます。売れないと思っている商品の中に実は売れるものがあり、セールで値引きしなくても定価で販売でき、今までよりも利益が出ることを伝えたいです」

2つ目は、ECを含む各店舗での販売量を予測し、プロパー消化率アップ、欠品による機会損失の抑制のために在庫移動の最適数量・組み合わせを自動計算する「ディストリビュート分析」だ。売れる商品を、売れる店舗に、売れる数量で配分することが可能になる。仮に100店舗あるブランドで、A店では売れにくいが、B店だと多く売れることが分かれば、B店に在庫を移すのが効率的だ。そういった情報のすべてが自動で提示される。

過剰在庫問題が続いてきた背景

現在、FULL KAITENの主な顧客は、年商30億円以上のアパレル小売やスポーツ用品小売、GMS(大規模小売店・量販店)、雑貨など業種は多岐に渡るが、コロナ下では特にアパレル・スポーツ用品小売が増えたという。

問い合わせ件数にも大きな変化があり、コロナ前と比べると10倍ほど増えた。「在庫問題は顕在化しているものの『解決は難しい』と諦められてきた課題でもありました。コロナ下でそれを無視できなくなった企業が少なくないのでしょう」と瀬川さん。

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    瀬川さん

そもそも、これまで在庫問題と向き合うことが、なぜここまで難しかったのだろうか。自身もその問題と格闘してきた瀬川さんに聞いた。

前提として小売業界では商品の種類を増やさなければ、売上を伸ばすことができない。しかし、トレンドの正確な予測は困難というより不可能に近い中、販売する商品は半年~1年前に企画したものでもある。仮に売れ行きが良かった場合、完売して機会損失してはならないからと、在庫を多めに持つ必要がある。倉庫からなかなか動かない在庫も多数抱えなければならない状況ともいえる。

瀬川さんは年商10億円を超えるまでは在庫を多く積んだ方がいいと考えている。ベビー服EC事業をしていたからこそ、肌感覚でわかっている知見だ。その先へいくと組織が細分化せざるを得なくなり、遠方に大きな倉庫を借りる必要も出てきて、画面上の数字でしか実態が見えにくくなる。

しかし、過剰な在庫を抱えて困っていた企業も、ただ指をくわえて見ていたわけではない。対応できなかった理由は大きく2つあると瀬川さんは指摘する。

「1つ目は商品数が何万~何十万点と多すぎることです。担当者も上位10~15%ほどの商品しか分析できておらず、売れ筋をいかに売るかに意識が向きがちで、本来分析しなければ無駄がなくならない残り85%の商品分析に手が回っていないのが現状です」

分析の作法にも問題があるという。分析指標には先行指標、遅行指標(結果を表す指標)があるが、遅行指標を変えようとする企業は多い。例えば、遅行指標の一種であるプロパー消化率が50%だとしましょう。

この数字を上げれば利益が残るが、「プロパー消化率(というすでに出た“結果”)を上げよ」と指示されても、結果を変えるのは不可能だ。現状の数字に影響を与え、遅行指標に先駆けて現れる先行指標を改善することが、根本的な対策となる。

バブル崩壊まではプロパー消化率が9割を超えるなど、商品のほとんどが定価で売れていた時代があり、在庫を持つこと=重要な戦略だった。

ただ、少子高齢社会の加速や毎年60万人ほどの人口減少が起き、消費を生み出す力が国全体として落ち込んでいる中、バブル崩壊後も市場環境の変化を無視して、在庫の物量さえ用意すれば売上も利益も増えるという経営スタイルを続けてきて、在庫分析のスキルや知見を疎かにしてきたのが、現在の過剰在庫問題に至った要因の1つともいえる。

限られた在庫で、皆が利益を出せる未来に

FULL KAITENが向き合うそんな過剰在庫問題は、地球環境や人権をはじめとする各種社会課題にも密接にリンクするものでもあると瀬川さんは話す。コットンのTシャツを1枚生産するのに必要な水の量は約3トンにもなる。

SDGsの文脈でいうなら、地球の限りある資源を使っているにもかかわらず、過剰生産によって廃棄されるものも多く、カーボンニュートラル実現を難しくするほか、原価を抑えて安く生産するために製造工程で児童労働、強制労働などが起こり、人権問題につながることもあるからだ。それらの解決にも寄与していきたいと話す瀬川さんに今後の展開について尋ねた。

「現在は完成品を発売する小売に対し、在庫を利益に変えるという価値提供を行っている点で、サプライチェーンの川下をターゲットにしています。ただ、現在の事業で知見を得て、2023~2024年にかけては『生産量の需要予測』を本丸として挑戦していきます」

大手企業単体のデータだけでは正確な需要予測を行うのは難しい。2021年だけで3,000億円規模の売上データを蓄積しているが、今後もデータを溜め続けることで、汎用的かつ適切な生産量の予測を行い「サプライチェーン上に必要な商品が必要な量だけ流通する」状態を目指している。

「限られた在庫で皆が利益を出すことができれば、社会課題の解決につながっていく」。同社の大きな挑戦から目が離せない。