SNSが当たり前となった今、「採用広報=企業の第一印象」といえる時代が到来しています。企業や社員の発信が瞬く間に話題になる一方で、投稿の一部が切り取られることで、企業ブランドが大きく傷つけられ、採用活動にまで大きな影響を及ぼすことも少なくありません。→過去の「令和時代の採用ブランディング」の回はこちらを参照。
本連載の最終回では、採用広報に携わる人事・広報担当者が押さえておきたい「リスク管理」と「セルフブランディング」の基本について、事例を交えて解説します。
炎上の連鎖は「発信」から始まる
SNS時代の炎上は、個人の発信から始まり、驚くほどのスピードで拡散されていきます。 まずは「発信」された内容がSNSで「最初の拡散」を迎え、共感・反感が渦巻く中で「最初の炎上」が発生します。その内容がメディアに取り上げられ、報道されることで「二次的炎上」が起こり、インフルエンサーの言及や世論の注目によって、企業やブランド全体の社会的信用を揺るがす事態へと発展していく--。というのが典型的な炎上の流れです。
特に採用広報は、企業の価値観や文化を可視化する役割を担うため、発信内容の一部が切り取られたり、誤解や曲解が生まれたりするリスクが常につきまといます。さらに、採用広報では「人」が前面に出ることが多いため、感情や価値観がより強く受け取られ、炎上に発展する可能性も高くなります。
「バズった」と「炎上した」はどちらも“拡散"という点では同じですが、その中身と受け取られ方は大きく異なります。
バズとは、主に“共感"によって「いいね」やシェアなどポジティブな反応が拡散の原動力です。一方で、炎上は否定的な意見や怒りの反応が拡散を引き起こす状態を指します。ひとつの指標として、リポスト(引用ツイート)の数が「いいね」の数を上回っている場合、それはバズではなく「炎上の兆候」と捉えるべきです。
採用広報では、「何を言ったか」ではなく「どう解釈されたか」が企業評価に直結するため、「誤解されうる表現がないか」という視点を常に持つことが求められます。
採用広報担当者が押さえるべきSNSの3つの特性
SNSは極めて便利な情報拡散ツールである一方、炎上リスクを内包した“諸刃の剣"でもあります。採用広報担当がSNSを活用する際、以下の3つの特性は必ず念頭に置いておきたい要素です。
1. 一度公開すると消せない(=デジタルタトゥー)
一瞬の投稿が、スクリーンショットなどによって半永久的に残る時代です。削除しても“なかったこと"にはなりません。過去の投稿が数年後に掘り起こされ、「今の時代感と合っていない」と再炎上するケースもあります。
2. SNS空間には多様な価値観の人が存在する
社内で「問題ない」と判断された内容でも、異なる文化・立場から見ると反感を買うケースもあります。特に価値観の差が生じやすいのがジェンダー、働き方、家族観、報酬などのテーマです。
3. 情報は多面的に解釈される
投稿者の意図とは関係なく、閲覧者の立場や価値観によって、多様に解釈・拡散される可能性があります。「この発言は、本当に“誰が読んでも安全"か?」という問いを常に持つことが、広報リテラシーの第一歩です。
炎上が与えるダメージと炎上を防ぐ7つの原則
SNS上の投稿によってトラブルが発生した際、その影響は発信者個人にとどまりません。個人に対しては、顔写真・勤務先・家族構成などのプライバシー情報が世間に晒されるリスクがあり、日常生活にも悪影響が及びます。
さらに企業にとっても、炎上は「一時的なイメージ悪化」にとどまらず、中長期的な企業ブランド毀損、採用応募の減少、取引停止、最悪の場合は倒産といった深刻な影響を被る可能性があります。
採用広報が原因で炎上すれば、「こんな会社で働きたくない」と求職者が離れていき、そのダメージは長期的に尾を引きます。炎上後、沈静化したように見えても、検索結果などにネガティブな情報が残り続けることも忘れてはいけません。
企業としてのリスク管理には、日々の情報発信において、以下の7 つの「やってはいけないこと」を明確にし、社内で共有・徹底しておくことが重要です。
1. 機密情報を漏洩しない
2. 真偽不明の情報を発信しない
3. 差別・誹謗中傷をしない
4. 第三者の権利を侵害しない
5. ステマ(ステルスマーケティング)・やらせをしない
6. 自分や他人の個人情報を漏らさない
7. 社会常識・倫理に反することをしない
これらは「当たり前」に見えるかもしれませんが、現場レベルでは意外と見落とされがちです。特に、発信力のある経営層・人事・広報・開発担当などの社員に対しては、定期的な研修や炎上シミュレーションの実施が推奨されます。
炎上事例に学ぶ:原因と防止策
実際の炎上事例をひもとくと、大きく3つのパターンに分類できます。
1. 広報感度不足による炎上
社内集合写真の無断投稿、経営陣の軽率な発言などが原因です。教育やガイドライン整備で防げるケースです。
2. 企業の存在意義・価値観が問われる炎上
「お金で会社を選ぶ人とは働きたくない」といった、偏った価値観に基づく発言が問題視されるケースです。企業理念や行動指針そのものの見直しが必要になることもあります。
3. 青天の霹靂型の炎上(意図的な切り取りなど)
予測不可能なケースですが、日頃から誠実で透明性のあるコミュニケーションを積み重ねておくことで、逆風の中でも擁護や共感が得られやすくなります。
セルフブランディングは“企業の顔"をつくる
採用広報や人事・広報担当者自身のセルフブランディングも、企業の採用競争力に大きく影響します。
SNSやnote、LinkedInなどでの個人発信は、決して“個人プレー"ではなく、「どんな人が働いているか」「どんな価値観を持った組織か」を体現する企業ブランディングの一部です。
たとえば「子育てしながら働く日常」「社内での気遣いエピソード」「経営陣との距離感」など、公式採用ページでは語られない“生活者目線"のリアルな情報は、企業の文化や職場の空気を伝え、間接的にブランド構築に貢献します。
特に若い世代は「この人と働きたい」「この人の話をもっと聞きたい」という感情が、応募の動機になります。
ただし、セルフブランディングは“演出"ではなく、“誠実な一貫性"こそが重要です。社内と社外で言動や行動が矛盾していないか、本音と実感をもって語られているか――その姿勢が、共感や信頼を生み出します。
採用広報は「攻め」のブランディングであると同時に、「守り」のリスク管理の側面も持ち合わせています。ガイドライン整備や社員教育、危機発生時の初動フローの明確化など、一見地味な仕組みづくりこそが、企業ブランドを支える土台になります。
SNS時代においては、「目立つ発信」だけでなく、「安心して応募できる会社」であることの信頼性が、これまで以上に重視されています。発信力と、それを裏打ちする誠実さ。その両方を備えることが、これからの採用広報の要になるでしょう。
採用広報の力は、情報設計やコンテンツの質だけでは測れません。「何を伝えるか」と同じくらい、「誰が、どのように伝えるか」が企業の印象やブランドに直結する時代です。
リスクに強く、ブランドを育てる“企業の顔"として、誠実な発信を重ねていくことが、これからの採用広報担当者に求められる姿勢です。