SmartHR社は9月10日、クラウド人事労務ソフト「SmartHR」における「労務管理」「タレントマネジメント」の領域をサービスカテゴリーブランドとしてリニューアルしたことを発表した。本稿では、同日実施された報道関係者向け勉強会にて、SmartHR社 ブランディング統括本部長の岡本剛典氏が語ったSaaS市場の動向と、同社の今後のブランディング戦略についてレポートする。
SaaS企業のマルチプロダクト化が進む、一方でデメリットも
岡本氏によると、日本国内のSaaS市場は2023年に1.7兆円に達したとみられており、2028年には2.9兆円規模に到達する見込みだという。中でも、バックオフィスなどの業務システム領域に関するSaaSが成長しており、SmartHR社が属するHRテック市場も拡大を続けている。
SaaSを提供する企業の動向として同氏が挙げたのが、M&Aによる事業の多角化と、製品のマルチプロダクト化である。
「競争企業が増えると、製品がコモディティ化し、ユーザーニーズも変化します。また、TAM(Total Addressable Market)の拡大を目的としたマルチプロダクト戦略を各社が採用する傾向が強くなります」(岡本氏)
一方で、事業の多角化やマルチプロダクト化が進むと、「顧客の認知負荷が高まる」と岡本氏は話す。これは、社名やサービス名だけでは、どんなサービスなのか分からない、サービスの数が多くて覚えきれないといったことを指す。
いかに競合と差別化し続けられるかが鍵に
そこで重要になるのが、ブランディング戦略だ。これには競合との差別化と、製品の認知効率を高めるという2つの側面がある。
岡本氏はブランディング戦略において、「差別化としてのブランディングが大切」だと語り、同社の歩みを振り返りながら、ブランドの築き方について説明していった。
SmartHR社は2019年頃まで労務管理の分野において、「一強であり、市場開拓期にあった」(岡本氏)そうだ。しかし2020年頃から競合が増え、差別化しづらい状況となった。そこで2022年からは労務管理とタレントマネジメントを組み合わせたサービスを展開。当初は「両方があるのはSmartHRだけ」(岡本氏)という強みがあったが、それも2024年には競合の多角化が進んだことで、再び、差別化しづらい状況になったという。そこで同社は2024年下期からマルチプロダクト戦略を採り、「全てあるのはSmartHR」(岡本氏)という優位性を生み出す方向性を選択した。とはいえ、「ほとんどの競争優位性はまねされる」と同氏は言う。
では、競合優位性を長く維持するには何が必要なのか。岡本氏が挙げたのは「moat(堀)」である。これは、規模の経済、まねできない技術(特許)、ネットワーク効果、ブランドなどの、事業を競合から守る強みのことだ。
ブランディング統括本部長を務める岡本氏はmoatの中でもブランドについて、「強いブランドをつくるためには、知名度と独自性をバランスよく高めていくことが重要」だと説明する。SalesforceやSAP、Adobeなど海外企業は独自の新しいコンセプトを提案する、新しい技術への投資や技術導入といったことを行いながら、自社ならではのブランドを築き上げてきたという。
価値の蓄積、分配、識別でサブブランドを育てる
では、認知効率を高めるためには何が必要なのか。岡本氏はマルチプロダクト戦略を採る企業を例に挙げながら、蓄積、分配、識別という3つのステップで説明した。
1つ目は確立したブランドの価値を蓄積することだ。事業活動の柱となっているブランドの価値を積み重ねた上で、その価値を他に分配し、新たなブランドを確立する。これが2つ目の分配である。3つ目は、それぞれのブランドの特性や提供価値を的確に顧客に伝達し、識別できるようにすることを指す。
SmartHR社は9月10日、クラウド人事労務ソフト「SmartHR」における「労務管理」「タレントマネジメント」の領域をサービスカテゴリーブランドとして、リニューアルした。2024年中には8個の新規プロダクトを展開し、領域拡大を進める予定だという。岡本氏は自社の競争優位性を「従業員にも使いやすいというコンセプト」だとし、「これが長く効く競争優位性になる」と続けた。
「労働人口の減少や働き方の多様化により、会社から従業員へとパワーバランスが移行していくことが予想されます。経営者や担当部門にとって使いやすいだけでなく、従業員にも使いやすいことがSmartHRの独自性になるのです」(岡本氏)
同氏は最後に、「成長市場であるSaaS市場に対し、各社の競争優位性を活かしたブランド展開が行えるかどうか」「サブブランドが看板として自立し、事業として自走、成長できるかどうか」が鍵になるという点を強調し、会を締めくくった。