第1回では、ロシアが2024年に国際宇宙ステーションの運用から抜け、新たにロシア単独で宇宙ステーションを造る方針を打ち出したこと、そして第2回では、そのロシアの宇宙ステーションがどのようなものなのかについて紹介した。

今回は、ロシアが離脱したあとに、国際宇宙ステーションの運用がどうなるかについて解説したい。

ロシア離脱後の国際宇宙ステーション

ロシアは国際宇宙ステーションに現時点で4基のモジュールを提供し、また宇宙飛行士を輸送できる宇宙船と、ステーションの軌道を維持し続けることができる補給船を持つ唯一の国だ。したがって、ロシアの選択は国際宇宙ステーションの将来に大きく影響することになる。では、ロシアが離脱したあとの国際宇宙ステーションの運用はどうなるのだろうか。

まず米国や欧州、日本のモジュールは、すべて米国側の太陽電池やラジエター、生命維持装置のみで動かすことができるため、ロシアが文字通りモジュールごと離脱したとしても問題はないだろう。

また宇宙飛行士の輸送も、現在はロシアの「ソユース」宇宙船しか行えないが、2017年ごろには米国のボーイング社の「CST-100」と、スペースX社の「ドラゴンV2」という宇宙船が完成する予定であり、開発が順調に進めば問題はない。補給物資も、すでにスペースX社とオービタルATK社が開発した無人補給船による補給ミッションが何度も行われているため、打ち上げを増やすことで解決可能だ。もしかしたら日本の「こうのとり」の増産もあるかもしれない。

おそらく一番の問題になるのは、「リブースト」と呼ばれる運用である。国際宇宙ステーションの回る高度は宇宙空間ではあるものの、ほんのわずかに大気があり、それが巨大なステーションにとっては無視できない抵抗となって、軌道速度が時々刻々とそがれている。だから定期的にロケットエンジンでステーションを押し上げ、軌道を戻してやらねばならない。この運用をリブーストと呼ぶ。

リブーストを行うためには、宇宙船を「ズヴィズダー」モジュールにドッキングさせなければならない。推力線がステーションの重心を通っている、つまりステーションを押し上げられる位置にドッキング・ポートがあるのはズヴィズダーだけであるためだ。だが、この部分にドッキングができ、なおかつリブーストができるのは、ロシアのプロスレス補給船と、すでに引退した欧州のATVしかない。米国の宇宙船とはドッキング機構の規格が違うため互換性がなく、ランデヴー・ドッキングするシステムもまったく異なっているのだ。

リブーストを行う欧州補給機ATVの想像図 (C)ESA

それでは、米国の宇宙船がドッキングできる部分でリブーストができるかといえば、それも難しい。米国のドッキング・ポートはステーションの進行方向側、つまり押し戻してしまう側にあるためだ。かといってステーションの向きを変えるとなると、今度はスペース・デブリ対策が問題となる。ステーションの進行方向に面しているモジュールの壁面には、スペース・デブリや宇宙塵などとの衝突に備えて、デブリ・バンパーという装甲板による補強がなされているが、他の部分には取り付けられていないからだ。

つまりロシアが抜けると、リブーストの手段がなくなってしまうことになる。

解決策としては、ズヴィズダー自体に取り付けられているスラスターを使うという手があるが、しかしズヴィスダーの打ち上げは2000年ですでに老朽化が進んでおり、またスラスターももう何年も動かされていないため、信頼性に不安が残る。もしくは、ロシアが使っているドッキング機構やセンサー類を米国の宇宙船に装備させ、ズヴィズダーにドッキングさせるということも考えられるが、ロシア側が提供するとは考えにくく、また宇宙船やステーションに大きな改造が必要となるため、あまり現実的ではない。

もうひとつの案としては「暫定制御モジュール」を使うという方法もある。暫定制御モジュールはかつてNASAが開発していたモジュールで、万が一ズヴィズダー・モジュールの打ち上げが遅れたり、あるいは失敗した場合に備えて、すでに軌道上にあるザリャーとユニティの軌道が落ちないよう、リブーストを行うために造られていたものだ。その後、ズヴィズダーは無事に打ち上がったため、暫定制御モジュールは不要となったが、現在でもNASAはいつでも使えるように保管を続けている。これを打ち上げてズヴィズダーにドッキングさせれば、リブーストは可能だ。ただ、暫定制御モジュールはスペースシャトルで打ち上げて接続することを前提に造られているため、シャトルがなくなった今、打ち上げや接続方法を新たに考え、改造する必要があろう。

一番手前が暫定制御モジュール。その奥がザリャー、一番奥がユニティ (C)U.S. Navy

ただ、そもそも国際宇宙ステーションの一番最初のモジュールであるザリャーが打ち上げられてから、今年でもう17年が経つ。ザリャーの設計寿命は15年とされており、もちろん15年を過ぎたからといってすぐに壊れてしまうわけではないが、それでもいずれは老朽化によって故障が頻発することになるだろう。ズヴィズダーなど他のモジュールも徐々に同じような状態になる。

もし2024年や2028年まで運用を延長するのであれば、ザリャーを始めとする老朽化したモジュールをどう扱うかも重要となってくるだろう。

ひとつの時代の終わりと、新しい時代の始まり

最後に、ロシア以外の国が、国際宇宙ステーションの次にどのような計画を持っているかについて触れておきたい。

まず米航空宇宙局(NASA)は、前述のように2024年、あるいは2028年まで国際宇宙ステーションの運用を延長したいという意思を示している。しかし、その一方で新型ロケット「スペース・ローンチ・システム」と、新型宇宙船「オライオン」を使って、2020年代から2030年代にかけて小惑星や火星の有人探査を行うことも目指している。もし国際宇宙ステーションの運用を2020年以降も延ばすことになれば、NASAは有人宇宙開発において二正面作戦を強いられることになる。また、前述のようにロシアが抜けた後の国際宇宙ステーションの運用は大変になるため、2028年まで延長する案を取り下げることになるかもしれない。

欧州宇宙機関(ESA)は、国際宇宙ステーションおいては宇宙飛行士の派遣や実験モジュール「コロンバス」の開発と運用、そして無人補給船「ATV」による物資補給などを担ってきた。現在はNASAと共同で、オライオン宇宙船のうち太陽電池やスラスターなどが収められている機械船部分の開発を担当している。したがって、今後の有人宇宙開発においては、基本的にNASAと共同歩調を取ることになるだろう。

そして日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、ESAと似て宇宙飛行士の派遣や実験モジュール「きぼう」の開発と運用、そして無人補給船「こうのとり」による物資補給などを担ってきている。しかし、国際宇宙ステーションが終わったあとの有人宇宙計画については、具体的な計画を持っていない状態にある。また日本は有人宇宙船を持っていないため、もし今後も有人宇宙開発を続けていくつもりなら、今から宇宙船の開発を始めるか、あるいはNASAなどに付いていく道を歩むしかない。

第1回で触れたように、国際宇宙ステーションはもともと、米国などの西側諸国の結束を強め、ソ連をけん制することを目的として始まった。その後、時代の変化によって、仇敵であったはずのロシアが合流し、今の国際宇宙ステーションの形ができあがった。異なる言語や文化、技術に対する姿勢を持つ国同士が協力し、ひとつの巨大な建造物を造り上げ、さまざまな国の宇宙飛行士たちが一丸となって、日々研究や実験、あるいは故障など問題への対処に当たり続けていることは、人類史に残る大きな偉業と言ってよいだろう。

ロシアの選択はこの歴史に終止符を打つことになるが、しかしそれは宇宙開発における国際協力の時代の終わりをも意味しない。国際宇宙ステーションは宇宙開発における国際協力のひとつの形であって、唯一の形ではないからだ。

ロシアは中国やインドと宇宙開発におけるつながりを深めつつあり、もしかしたらこのロシアの宇宙ステーションこそが「新しい国際宇宙ステーション」になるかもしれない。また米国と欧州は共同で新型の宇宙船を造り始めている。民間の企業も宇宙船や宇宙ステーションを造ろうとしている。国際宇宙ステーションが終わっても、その過程で得られた知見はこれからもさまざまな形で活かされていくだろうし、何より宇宙船やステーションの多様化は、人類全体にとっての有人宇宙活動を、より強靭なものにする。

例えるなら、いま人類は、さらに遠くの宇宙に向けて歩き出すための、新しい靴を履き始めたところなのだろう。ロシアが、米国が、その他多くの国が、そして民間企業が踏み鳴らすその足音が合わさったとき、いったいどんな音楽を奏でるのだろうか。

中国が計画している宇宙ステーション「天宮」 (C)中国航天科技集団公司

参考

・http://www.roscosmos.ru/21321/
・http://www.russianspaceweb.com/vshos.html