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フィーレイの目覚め

その知らせは突然届いた。2015年6月13日20時28分(協定世界時)、ドイツ航空宇宙センター(DLR)にあるフィーレイの管制センターに、ロゼッタを経由してフィーレイからの信号が送られてきたのである。

データの分析が行われた結果、フィーレイはすでに4月26日に目覚めていたことがわかった。また、フィーレイに搭載されたメモリーには、目覚めてからのこの6月13日までの間に取得されたデータが記録されていた。

フィーレイのプロジェクト・マネージャーを務めるStephan Ulamec氏は「フィーレイの温度は-35℃、電力は24Wと、非常に良い状態にあります。フィーレイは運用可能な状態です」と述べ、探査活動の再開に期待を寄せた。

その後、14日、19日、20日、21日、23日、24日、そして7月9日と、7回に分けて散発的に信号が届いた。しかし、それぞれの通信時間は短く、探査活動を再開するまでには至らなかった。

フィーレイが目覚めた背景には、彗星が太陽に近付き、フィーレイに当たる太陽光の量が増えてバッテリーが再充電されたこと。またフィーレイが出す電波の方向とロゼッタの飛行位置とがうまく一致し、電波を捉えることができたこと、といった理由があると考えられている。

しかし、彗星に太陽に近付くことは良いことばかりではなかった。太陽光にあぶられた彗星からはガスと塵が噴き出し始め、ロゼッタが彗星、そしてその上にいるフィーレイに近付くことを難しくした。これでは電波を捉えることが難しくなる。

ロゼッタが近付けなくなったことでフィーレイからの電波を捉えることができなかったのか、フィーレイが壊れたのかは不明だが、7月9日を最後に、フィーレイからの通信は途絶えることになった。

目覚めたフィーレイを描いた作品 (C) DLR

最後の希望

運用チームはその後もフィーレイからの連絡を待ち続けたが、沈黙が続いた。夏が終わり、秋が過ぎて、冬がやってきたが、フィーレイからの連絡は届かないままだった。彗星が太陽から離れ、ガスや塵の噴出活動が落ち着いたときを見計らい、ロゼッタは高度を下げ、アビドスの上空を通過したが、フィーレイからの電波は聞こえなかった。

フィーレイがいると考えられている場所一帯を、高度91.5kmから撮影した画像。 (C) ESA

実は、最後の通信となった2015年7月までに得られたデータの分析から、フィーレイに搭載されている2台の送受信機のうち1台は故障しており、もう1台も問題を抱えている可能性が高いことがわかっていた。また太陽電池の表面には塵が降り積もり、発電を妨げている可能性も考えられた。さらに彗星の活動によってフィーレイの位置や姿勢が変わり、アンテナの向きが変わってしまった可能性もあった。

運用チームは、フィーレイと通信できる機会は2016年1月いっぱいまでだろうと見積もった。前述したように、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は、太陽を大きくぐるりと回る楕円の軌道を回っており、太陽に近付くときもあれば、遠ざかるときもある。

フィーレイが冬眠したころは太陽に近付いていっており、そのことが冬眠から復活するのではという希望になり、それは叶った。

しかし、今度はその軌道の形と、彗星と太陽との位置関係が仇になる。チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は2015年8月13日に太陽に最接近したが、これを境に、今度は太陽から離れるような向きで飛んでいく。日を追うごとに太陽光は弱くなり、温度も低くなるため、フィーレイが再起動できる可能性もまた、日を追うごとに小さくなっていく。そして2016年1月には、太陽からの距離が3億kmを超えるため、ここが限界だと判断されたのだった。

そこで運用チームは、再起動に向けた最後の試みとして、フィーレイの内部にあるリアクション・ホイールを回転させ、機体を動かそうとした。

これはある意味では賭けに近かった。機体がどのように動くかは予測できず、逆に探査機を壊してしまうかもしれない。けれども、うまく姿勢が変わり、さらに太陽電池の表面に積もっていると考えられている塵をふるい落とすことができれば、太陽光が当たりやすくなり、通信が再開できるかもしれない。

このとき、Ulamecさんは「(成功する)可能性は小さいです。ですが、私たちはあらゆる手段を尽くしたいと思っています」と語っている。

その指令は1月10日に送信された。しかしフィーレイからの応答はなかった。ロゼッタはアビドスの上空を何度も通過し、最短で高度45kmにまで接近したものの、フィーレイから出る電波を捉えることはできなかった。

フィーレイの姿勢は変わったのか、ホイールが動いたのか、そればかりか指令を受け取ることができたのかすらわからないまま、時間だけが流れ、1月が終わり、彗星と太陽との距離は3億kmを超えた。

もう、会えなくなるんだね

2月12日、ESAとDLRは「フィーレイは永遠の眠りに就こうとしている」とし、もう復活は望めないことを発表した。

Ulamecさんは「フィーレイからの連絡が届く可能性は、残念ながらゼロに近くなっています」と語る。

ESAによると、今後、フィーレイに向けて指令を送ることもないという。ただ、フィーレイと地球との通信を中継するロゼッタは、1月以降もフィーレイとの中継が可能なように、装置のスイッチを入れたままの状態にするという。

ロゼッタは現時点で、今年9月まで運用を続けることが計画されている。運用の終わりごろには、徐々に高度を下げてより詳細に彗星表面を観測し、そして最終的には彗星表面に硬着陸する。もし、フィーレイがこのころまで生きていて、微弱ながら電波を出していれば、ロゼッタが高度を下げることでその電波を受信できるかもしれない。

ただ、Ulamec氏は「残念ながら、フィーレイからの連絡が届く可能性はゼロに近いです。我々が再び信号を受け取ることがあるなら、それは非常に驚くべきことでしょう」と語り、その望みもほとんどないとみられている。

2016年2月21日現在、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は地球から約2億2000万km離れた、火星と木星の間あたりにある。肉眼ではとても見えないが、そこには孤独の中で闘った小さな探査機が確かに存在し、科学史に残る大仕事を終え、今ふたたび、そしておそらく永遠となる眠りに就こうとしている。

フィーレイが着陸直後に撮影した地表 (C) ESA

着陸直後のフィーレイの格好の想像図 (C) CNES

フィーレイが残したもの

史上初の彗星着陸という大冒険に挑んだフィーレイは、彗星に着陸するという技術的な困難に打ち勝ったばかりではなく、科学の世界にも大きな成果を残した。

ちょうどフィーレイが最初の冬眠に入っている間、地上では探査機から届いた、彗星の観測データの分析が進められた。

フィーレイの観測機器の一覧 (C) ESA

たとえば、フィーレイの下部に設けられた管を入ってくる彗星の塵やガスを分析する「COSAC」(Cometary Sampling and Composition experiment)という装置では、16種類の有機化合物が存在することがわかった。そのうちイソシアン酸メチル、アセトン、プロピオンアルデヒド、アセトアミドの4種類は、これまでの彗星探査で発見されたことのないものだった。

一方、探査機の上部に搭載された、軽いガスを分析する「MODULUS PTOLEMY」という装置は、水蒸気や一酸化炭素、二酸化炭素などを検出している。

COSACとMODULUS PTOLEMYによって発見されたこれらの化合物の一部は、生命の構成物質であるアミノ酸や核酸塩基、糖の誕生にとって鍵となっている。地球になぜ生命が誕生したのかについて論じられるとき、彗星がきっかけになったといわれることがある。つまり、太古の昔、地球に彗星が落下するなどし、今回発見されたような化合物がもたらされ、そこから生命が誕生したという説である。もちろん、今回のフィーレイの発見だけで、生命の起源は彗星にあると結論付けることはできないが、今後の研究の手がかりにはなるかもしれない。

一方、彗星の地表や内部にも新しい発見があった。地中に杭のような観測機器を打ち込む「MUPUS」による探査では、アビドスには厚さ3cmほどの塵の層があり、その下には塵と氷の混合物による硬い地面があることがわかった。また、アギルキアに一瞬着陸した際に得られたデータと比べると、アビドスの地面はアギルキアよりもはるかに硬いことが示されたという。

また、MUPUSの熱センサーによる観測では、彗星の1日(12.4時間)に合わせて、およそ-145℃から-180℃まで変化していることが明らかになった。意外に変化の幅が小さいが、これは前述した地面の上にある塵の層が、服のように温度を保つ役目をしているためと見られている。

これらの成果は非常に大きなもので、ロゼッタの観測結果と合わせ、「サイエンス」誌では2015年1月23日号、7月31日号などで特集が組まれたほどだった。

『サイエンス』誌の2015年1月23日号 (C) AAAS

『サイエンス』誌の2015年7月31日号 (C) AAAS

ロゼッタは現在もまだ順調に活動を続けており、2016年9月の運用終了までに、さらに詳細な彗星の姿を見せてくれるだろう。

そして、フィーレイの技術や目的を受け継いだ探査機の活躍も始まっている。

日本が2014年12月3日に打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ2」は現在、彗星と同じく「太陽系の化石」と呼ばれている小惑星に向けて飛行を続けている。「はやぶさ2」の集めるデータと、ロゼッタやフィーレイのデータとを比べることで、両者の理解がさらに進むことが期待されている。

また「はやぶさ2」には、「MASCOT」という小さな着陸機が搭載されている。このMASCOTはフィーレイと同じく、DLRを中心に開発されたもので、フィーレイの開発や運用にかわっている人の多くが、MASCOTにも参加している。大きさこそフィーレイより小さいが、MASCOTもまた、小惑星「リュウグウ」の上で大きな活躍を見せてくれることだろう。

また、米国では小惑星探査機「オサイリス・レックス」の開発が進んでおり、今年9月3日に打ち上げが予定されている。中国やロシアも2020年代に小惑星探査を実施する構想をもっている。そして欧州もまた、新しい探査機を検討している。

ロゼッタとフィーレイの跡を継いで、これからも多くの探査機が地球を飛び出していく。私たち人類の代わりに、あるいは実際に訪れるまでの先遣隊として、さまざまな星から想像を絶する発見を送り届けてくれるに違いない。

「はやぶさ2」とMASCOT (C) DLR

MASCOT

NASAの小惑星探査機「オサイリス・レックス」 (C) NASA

【参考】

・Rosetta’s lander faces eternal hibernation / Rosetta / Space Science / Our Activities / ESA
 http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/Rosetta/
Rosetta_s_lander_faces_eternal_hibernation
・Rosetta's big day in the Sun / Rosetta / Space Science / Our Activities / ESA
 http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/Rosetta/
Rosetta_s_big_day_in_the_Sun
・Rosetta's lander Philae wakes up from hibernation / Rosetta / Space Science / Our Activities / ESA
 http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/Rosetta/
Rosetta_s_lander_Philae_wakes_up_from_hibernation
・DLR Portal - News - Churyumov-Gerasimenko – hard ice and organic molecules
 http://www.dlr.de/dlr/en/desktopdefault.aspx/tabid-10081/
151_read-12176/year-all/#/gallery/17219
・Science on the surface of a comet / Rosetta / Space Science / Our Activities / ESA
 http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/Rosetta/
Science_on_the_surface_of_a_comet