「Web3×エンタメ」の先駆的な取り組みを通じて見えてきた課題の考察を通じて、推し活の未来を考える本連載。今回は2021年~22年に大きなブームとなったトレーディングカード型のNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン、NFTトレカ)を取り上げたいと思います。

NBA を皮切りに世界中がNFTトレカに熱狂した

NFTトレカは、2020年10月にスタートした「NBA Top Shot」が2021年の初頭に爆発的な人気を博したことを機に一気に注目を集めました。最高潮だった同2月には2.2億ドル(約320億円)の流通総額を記録するなど、あらゆるスポーツ・エンタメ企業の注目を集めるには十分すぎるインパクトを市場に残しました。

MLB(米・野球)、ラ・リーガ(西・サッカー)などのトップリーグはもちろんのこと、NLL(米・ラクロス)やフィールドホッケー協会といったマイナースポーツまで、2021年から2022年のNFTブームは発行していないスポーツを見つけるのが難しいくらいの熱狂が生み出されました。

日本でも、パシフィックリーグマーケティングが2021年12月、試合のハイライトシーンの動画(Moments)をNFT化した「Pacific League Exciting Moments」をリリース。

千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手の完全試合で生まれた全27アウトのMomentsが20個ずつ販売(合計540個)されました。1個2万5,000円という強気の価格設定にも関わらず、一部の商品は開始直後に完売するなど、少なくない数のプロ野球やNFTファンの注目を集めました。筆者も販売開始時間にF5キーを連打しましたが一番欲しかったMomentsは買えず、肩を落とした一人です。

しかし、このNFTトレカの人気は長く続かず、2022年の夏前には一気に収束。現在もNFTトレカ界隈で最大の注目サービスであり続けている「NBA Top Shot」でさえ、2023年8月には月間流通額が200万ドル(約3億円)と、最盛期の100分の1以下にまで落ち込んでいます。 また、日本のパイオニアであったパ・リーグによる取り組みは2023年9月にサービス終了が通知されるなど、NFTトレカは完全に冬の時代を迎えています。

「信用」が足りていない

NFTトレカに対して最もよく耳にする意見の1つが、「手に取れる実物じゃないと安心できない」というものです。私はこの消費者が抱いている感覚こそがNFTトレカが流行っていない理由、すなわち「信用(価値があると信じる気持ち)」が最大の課題であると思っています。

そもそもトレーディングカードは一部のカードゲームを除き、飾ることを超える使い道はありません。それにも関わらず、物によっては数千万円といった値段がつきます。その価格の根拠は「信用」にほかなりません。つまり、金本位制を撤廃した法定通貨やマイニングによる希少性を論拠としているビットコイン、有名人のサインなどと同じように、「消費者がその価値を信じているから価値がある」という原理でその価格が支えられているわけです。

このような性質のサービスにおいて前述のような「実物じゃないと」といった批判的な意見は致命的です。誰かが「価値がない」と言い出せば、ハイパーインフレ国の通貨さながら一気に紙くずとなるわけです。

実際、NFTトレカの雄「NBA Top Shot」でも信用、すなわち「これは価値がある」という世の中の空気が最高潮だった2021年8月に生まれた、レブロン・ジェームズの23万ドル(約3,400万円)という最高値の記録は2年経った現在でも更新されていません。

信用の獲得に挑戦し続ける各社

NFTトレカを展開する各社は現在、少しでもスポーツ・エンタメファンからの信用を得ようとさまざまな施策を展開しています。

例えば、MLBのNFTトレカを発行するCandy Digitalは、2022年4月からMLBのチケット購入者向けに当日のハイライトを集めた「Commemorative NFT(思い出NFT)」を配布する施策を展開しています。2022年シーズンには20万ものNFTが発行(*1)され、二次流通市場でも400ドルでの取引が成立するなど、NFT冬の時代においても一定の成果を挙げています。

日本でも、バレーボール2部リーグ(現在V1)のヴォレアス北海道が2022年3月より来場者限定のNFTトレカを発行。2023年には福岡ソフトバンクホークス(NPB)、北海道コンサドーレ札幌(J1)も同様の取り組みを行っています。継続的かつファンの気持ちに寄り添った取り組みを模索し続けるヴォレアス北海道は、2022~23年シーズンの最終戦で来場者の3割が来場者限定のNFTトレカを購入するなど、ファンからの信用を少しずつ積み重ねることに成功しています。

歴史の積み重ねのなかでファン体験の重要なピースとして定着するのでは?

結論として、NFTトレカは歴史を積み重ねる中で大きな人気を博することになると考えています。

近代トレーディングカードは1952年、現在も業界を牽引するToppsがチューイングガムのおまけとして販売したのが起源とされています。当時、若手のプロスペクトであったミッキー・マントル氏を起用した野球カードは一定の人気は博したものの、トレーディングカードというサービスが市民権を得ていなかった当時の人たちからすると、新聞に印刷された写真とさほど変わらない「型紙に印刷された写真」に過ぎなかったはずです。「ブロックチェーンと紐づいたデジタル写真」という現在のNFTトレカに対する評価とも、どんぐりの背比べなのではないかと思います。

そんな「型紙に印刷されたミッキー・マントル氏の写真」は70年を経た2022年、1260万ドル(約19億円)で落札され、「トレーディングカード」は当然に価値のあるものとして流通しています。今後、NFTトレカも同じ道を歩んだとしても不思議ではないでしょう。 NFTトレカの市場規模は最盛期だった2021年時点で140億ドル(円換算で約2,000億円、*2)。トレーディングカードの市場規模が1,200億ドル(同、約1.8兆円、*3)と考えると、大きく伸びる可能性のある市場と評価するべきではないかと思います。

電子決済が当たり前になった今なお、「実物じゃないと」としまわれているタンス預金は101兆円に上ると言われています。いまや町の至るところで使えるようになったSuicaでさえ、その普及に10年以上の年月がかかりました。

いま、多くの人にとってNFTトレカは「ブロックチェーンが紐づいただけのデジタル写真」に過ぎません。しかし、継続的な取組のなかで信用が積み重なり、今のトレーディングカードやサイングッズなどと同じようにファン体験を増幅する有用なピースとして定着する。そんな未来が来るのではないかと私は予想しています。

*1... Candy Digital Pushes Forward With New MLB NFTs After Fanatics Divestment (2023年5月30日 Decrypt)
*2... Verified Market Research 2022
*3... Nonfungible; Statista