コロナ禍を経て、オフィスの在り方を見直し、オフィスを刷新する会社が増えている。そこで本連載では、先進的な働き方・オフィス構築を行っている企業に潜入し、思わず「うらやましい」と声を漏らしてしまうその内容を紹介している。「これからのオフィスどうしようか……」と考えている読者の手助けにもなれば幸いだ。→過去の「隣のオフィスは青く見える」の回はこちらを参照。
ソフトバンクのグループの一社として、ICTサービスを提供しているSBテクノロジー。同社は、「日本企業の競争力を高めるクラウドコンサル&サービスカンパニーへ」という長期目標を掲げ、ビジネスを展開している。最近はクラウド、セキュリティに加えて、AIを活用したビジネスに力を入れている。
そうした中、同社は今年8月、フロア面積およそ1,800坪の新宿本社を全面リニューアルした。新しいオフィスはどのようなコンセプトに基づいており、また、どのような効果が期待されているのだろうか。今回、新オフィスにお邪魔して、壁がすべて取っ払われた超開放的な空間をこの目で確かめてきた。
「コミュニケーション」や「イノベーション」を生む場へ
新型コロナウイルスの感染が拡大する前、同社のオフィスはグループ会社も含めて全社員が一丸となって事業を推進することを目的として構築された。コロナ禍で出社が難しくなったが、以前から準備していたため、スムーズにテレワークに切り替えることができたという。
在宅勤務が続く中で、業務を行う場所が自由になり、オフィスの役割が変化した。橘氏は、その時の状況について次のように語る。
「当社にとってエンジニアは資産であり、彼らが働きやすい場所を提供する必要があります。ただし、在宅勤務を続けていくことで、コミュニケーションやイノベーションを生むという側面では課題が生じることがわかりました。会社にいたら生まれていたコミュニケーション、他部署との連携がなくなりつつあったのです」と語る。
こうした課題の解決に向けて、同社はオフィスの価値を「コミュニケーション」や「イノベーション」を生む場と再定義した。そして、テレワークとオフィスワークを選択できる「ハイブリッド型ワーク」に適したオフィスの構築を目標とした。
「強制的に出社させない、人と人との偶発的な出会いを実現するオフィスを目指しました」と橘氏は話す。
それまでのオフィスは出社を前提とした作りであり、効率性を重視して1000席を配置し、ファシリティも画一的だった。対する新オフィスでは、ハイブリッド型ワークにおける生産性向上を実現するため、業務内容に応じて柔軟に働ける環境を整備した。具体的には、集中ブース、フォンブース、オンライン会議用の部屋などを設置した。
また、出社しても決まった人としか会わない、話さないという環境に陥らず、偶発的な出会いを作り出すため、フリーアドレスが導入された。コミュニケーションが生まれるよう、通路・デスクは曲線を意識した作りになっている。これにより、道を作り出したという。
フリーアドレスを利用している人ならおわかりと思うが、席が自由に選べるようになったからといって、すぐにコミュニケーションが活発になるわけではない。コミュニケーションを促進するには、席を自由にした上で、もう一つ仕掛けが必要となる。
工夫が凝らされたワークフロアを拝見
それでは、早速オフィスを紹介していこう。オフィスに足を踏み入れて、真っ先に気づくのが見晴らしがいいことだ。そう。壁が排除されているので、およそ1800坪のオフィス全体を見渡せるのだ。床面積が広くても、フロアが複数に分かれていたり、フロアの中が壁で区切られていたりと、新のワンフロアを実現している企業は少ないだろう。
フロアの中央が執務エリア、周囲にリフレッシュできるグリーンベルトエリアがある。グリーンベルトはその名の通り、植栽が至る所に配置され自然を感じられるエリアであり、外の自然がオフィスに侵食した作りとなっている。橘氏によると、集中できる執務エリアとグリーンベルトを分けることで、意識の変化を促しているという。
ワークエリアは、執務スペース、新設された「ウェルネスエリア」「イノベーションエリア」「カフェ・イベントエリア」から構成されている。ワークエリアの脇には「レセプション・ミーティングエリア」が設けられている。
執務スペース
ワークエリアには、顔が見えやすい円卓、曲線型のテーブルなど、さまざまな形状のデスクが置かれている。加えて、歩いている人と座っている人の目線が合うような仕掛けがあちらこちらに取り入れられている。
また、周囲の音や視線を回避して業務に取り組みたいときのスペースとして、フォンブースや集中ブースも用意されている。コミュニケーションをとりたいとき、集中したいときと、業務の内容に応じたスペースを選択できる。
さらに、特徴的なファシリティが、無人コンビニエンスストア「SBT market」だ。飲食物や雑貨等が販売されており、ランチタイムには弁当やパンも並ぶという。取材時はランチ後ということもあり、店内は品薄だった。
イノベーションエリア
イノベーションエリアでは、部門横断のチームでクリエイティブなディスカッションを行うことができる。執務スペースより数段上がった位置にあり、目線の高さを変えることによって、気持ちを切り替えることが可能になっている。可動式のカーテン、デスク、椅子、ホワイトボード、ディスプレイなどが設置されており、執務スペースとはちょっと異なる雰囲気を味わえる。
ウェルネスエリア
ウェルネスエリアは、ウェルビーングを意識し、グリーンを多く用いることによって社員が自然にリラックスできる空間だ。エアロバイクやうんていといったトレーニングツールもあり、仕事の合間にリフレッシュできる。デスクでの仕事が続くと運動不足になりがちだが、かといって、わざわざ運動をするのも億劫なんて人にはうってつけの設備ではないだろうか。
橘氏から「エアロバイクを漕ぎながら仕事をする人もいるんですよ」と事前に説明を受けていたところ、ウェルネスエリアを訪れたら、本当にバイクを漕ぎながら仕事をされている方がいらして驚いた。
カフェ/イベントエリア
カフェ/イベントエリアは、グリーンのほか、石畳の様な床やアンティークライトが配置されており、本物のカフェさながらの雰囲気が漂っている。イベントなどのオープンなコミュニケーションの場としても利用可能だ。
アートウォール
そして、新たなオフィスのシンボルとして、ミューラル(壁画)アートカンパニーのOVER ALLsによるアートウォールが設置された。
アートウォールは働き方を表す「挑戦」「探求」「開拓」「楽しむ」のワードと、職場で培う「チーム」「連携」「助け合い」のイメージを掛け合わせ、未来に向かって駆け出すイメージをダイナミックに表現したもの。社員が仕事を始める時に見えるよう、ワークスペースの入り口付近に描かれている。
グリーンベルト
最後に、グリーンベルトも紹介しておきたい。ワークエリアの周囲にあるグリーンベルトには、同社を訪問した人のためのウェイティングスペースやちょっとしたワークスペースが設置されている。景色が良いので、ちょっとした散歩にもうってつけだ。
リニューアルによって、さまざまな効果が
さて、リニューアルしたオフィスはどのような効果をもたらしたのだろうか。橘氏は、「狙い通り、座る場所が固定されていないことから、新しい出会いが生まれています」と話す。
また、以前は一人でWeb会議をするために会議室が使われることがあったが、フォンブースができたことで、会議室の予約状況が改善したという。「リニューアル前は、会議室の予約がとれないという声が上がっていましたが、会議室が適正に利用されるようになったことで、そうした声がなくなりました」と橘氏。
出社人数もリニューアル前よりも10%増となっており、特に技術部門、営業部門の出社人数が増加したという。これも、狙い通りの結果とのことだ。オフィスにうかがったときは、タイミングもあったのか、席の7割ほど埋まっており、オフィスは活気にあふれていた。
なお、個人的に印象的だったのは、傘立てやゴミ箱が見えない形で配置されていたこと。傘立ては扉のある形で収納されている。この「見えない収納」、「きれいなオフィスにしたい」という、代表取締役社長CEOの阿多親市氏のアイデアによるものだそう。確かに、ビニール傘が詰まっている傘立ては見栄えがよくない。些細なことにも思えるが、きれいなオフィスの一歩はこうしたことから始まっているように感じた。