本連載では、先進的な働き方・オフィス構築を行っている企業に潜入し、思わず「うらやましい」と声を漏らしてしまうその内容を紹介していく。「これからのオフィスどうしようか……」と考えている読者の手助けにもなれば幸いだ。第19回となる今回は、ファーストフードチェーンのリーディングカンパニーである日本マクドナルドのオフィスを紹介する。
プロジェクトの一歩目は「本社」という名前の変更から
マクドナルドがブランドイメージの向上と中長期的にビジネスを成長させるための施策のうち、「ソクラテスプロジェクト」と称した、オフィス改革プロジェクトをスタートさせたのは2015年のことだ。
その施策の中で、「『オフィス』や『本社』はどうあるべきなのか」また「オフィスのスタッフが国内店舗のサービスの質やスピードの向上に貢献するにはどうすれば良いか」といった議論が行われたという。
「これらのテーマに取り組むにあたって、まずオフィスの名称を『本社』から『ナショナルレストランサポートオフィス』という名前に変更しました。あくまでマクドナルドの最前線はお客さまと直接接している全国の店舗で、オフィスのスタッフはそのサポートに回る存在であるということを名前から体現しました」(外山氏)
そして、名前ばかりでなくオフィスや働き方も変革することで、コラボレーションの質を高めることを目指したという。
当時のマクドナルドのオフィスでは、多様な働き方に対応できるようなオフィス設備は導入されていなかったほか、部門ごとに背の高いパーテーションや壁で区切られていたため、コラボレーションが生まれにくいレイアウトになってしまっていた。
このような古いオフィスから大きく変革を起こすためには、工事を始める前のプロジェクト工数やコストなどリソースの最適化や現状の課題理解、従業員からのニーズの把握に時間をかけるべきだと考え、1年半ほどかけて事前の調査を行った。
プロジェクトの当初は、ビル自体を移転することも考えたが、従来から利用していた現ビルのフロアをそのまま使用することに決定。そこからレイアウトを考えて、実際に工事を行ったため、約3年という年月をかけてオフィスを作り上げた長期プロジェクトになったという。
Funがたくさんあるオフィスを作る5つの柱
「プロジェクトは、オフィスをリニューアルすることだけが目的ではなく、ワークプレイスとワークスタイルの両方を改革することでした。スタッフの生産性やコラボレーションを向上させ、その結果として、レストランへのサポート力も強化することで、会社全体のビジネスの成果につなげていくというところがゴールです」(外山氏)
ゴールの達成を目指してマクドナルドは「Funがたくさんある場」をコンセプトに定め、具体的に以下の5つの柱を設定した。
- フレンドリー&ハイセキュリティ
- ブランド&未来を体現
- オープン&透明性の高い空間
- スペースのシェア
- フラット&コラボレーション
外山氏が特に注力したと語るのは「フラット&コラボレーション」という柱だ。
元々の課題として挙げられていた壁やパーテーションを一切なくして、執務スペースの中にある会議室も基本的にすべてガラス張りにしたほか、「ワークスマートデスク」というオフィスコンシェルジュを設置して、何かわからないことがあったら「誰でも、いつでも、ここに来て良い場所」を作ることで、スタッフ同士の偶発的なコラボレーションを生み出せるような空間を創ったという。
また、生産性向上のために「マクドナルド会議10カ条」として、ミーティングにおける10個のルールを策定したことも大きな取り組みの1つだ。
ルールの中には「時間は基本30分」「9時~17時以外の時間帯をやめる」といった時間に関するルールや、「定例会議を見直す」「会議の目的とゴールを考える」といった会議自体の存在意義を問うルールまで設定されており、ルールがまとめられたポスターがオフィスのさまざまな場所に掲示されている。
このようなルールを設けることで意味もなく続く長い会議を終わらせ、生産性の向上に寄与しているという。
ミーティングスペースが「マクドナルド」の店舗
ここまで、「店舗を最重要拠点」という考えのもとで作られたマクドナルドのオフィスを紹介してきたが、この店舗の顧客やスタッフを最も重視してオフィスを作るという想いは、細かいオフィスレイアウトにも表れている。
最も特徴的なのは、社員が打ち合わせや食事休憩に活用しているスペースが、まるでマクドナルドの店舗に訪れているのかと錯覚するほどのデザインになっていることだ。
椅子や机、壁飾りなどの装飾がマクドナルドの店舗と同一なのはもちろん、普段ハンバーガーやドリンクを乗せて運ぶトレーが設置されている。
「オフィスにいる私たちでも、ここに座ったお客さまがどんなことを考え、どんな気持ちでマクドナルドを選んでくださっているのかを忘れないために、店舗を再現したレイアウトになっています」(外山氏)
また、オフィスの至る所に「マクドナルド愛」が感じられるのも魅力の1つだ。 会議室の名前には「ハンバーグラー」や「バーディ」など、マクドナルドのマスコットキャラクターの名前とイラストが設定されていたり、会議室の近くにはマクドナルド1号店の模型が設置されていたり、と随所でマクドナルドの歴史に触れることができる。まさにコンセプト通り、Funがたくさんあるオフィスだ。
マクドナルド社員の最終学歴は全員「ハンバーガー大学」
外山氏に連れられてマクドナルドのオフィスを散策していると、突然「Hamburger University」という文字が筆者の目に飛び込んできた。直訳すると「ハンバーガー大学」だが、「オフィスの中に大学……?」と筆者は大混乱である。
このハンバーガー大学は、最新の教育理論と手法を用いて、人材育成とそのシステム開発に取り組む専門教育機関だ。「マクドナルドのトレーニングセンター」とも言えるこの機関だが、ハンバーガー大学は世界で9カ国にしかない特別な施設だという。
ここでは、「Optimism(楽観)」「Energy(情熱)」「Confidence(自信)」という3つの宣言のもとで、さまざまな知識とスキルを身に付けるカリキュラムが設定されている。リーダーシップ、チームビルディングなどさまざまなコースがあり、店舗の時間帯責任者や店長などを対象にした教育コースなど学び続ける環境が提供されているという。
「私も含めてマクドナルドに勤める社員は全員、『最終学歴はハンバーガー大学』です。ここでマクドナルドの神髄を学び、クルーやスタッフとして巣立っていく。あくまでハンバーガー大学は、研修センターではなく『人材育成の場』なのです」(外山氏)
普段、何気なく利用しているマクドナルド。きっと今後筆者が店舗に訪れる際は「今も自分と同じ席に座りながら頑張っているマクドナルドのスタッフがいる」と考えずにはいられないだろう。今日のランチはマックに行こうかな。