日本製鉄は10月7日、「統合報告書2026」を公表した。同報告書では、2025年12月に策定した「2030中長期経営計画」に基づく国内外の成長戦略や、米USスチール買収後の取り組みなどを紹介している。本連載では、同報告書をもとに日本製鉄の経営戦略や技術開発、DX、人材育成などの取り組みを紹介する。
同社は2026~2030年度の5年間で総額約6兆円の設備投資・事業投資を計画し、2030年度には連結実力利益1兆円以上を目指す。第1回は、国内事業の収益力強化と海外事業の拡大を両輪とする成長戦略を取り上げる。
2030年に実力利益1兆円、日本製鉄が描く成長戦略
日本製鉄が掲げる2030年度の目標は、連結実力利益1兆円以上の達成だ。2025年度の実力ベース連結事業利益は6504億円だった。2030年度には国内事業と海外事業でそれぞれ5000億円以上の実力利益を目指す。
2025年度の内訳を見ると、国内事業が5276億円、海外事業が1228億円となっている。国内事業の収益力を維持・強化する一方、海外事業の利益を約4倍に拡大する計画であり、海外事業の成長が目標達成の鍵を握る。
この成長戦略を支えるのが、2026~2030年度の5年間で総額約6兆円に上る設備投資・事業投資だ。前の5年間に実施した約7.5兆円に続く大規模な投資計画で、今回は全体の約6割を海外に重点投入する。
日本製鉄は2021~2025年度、国内の生産設備の構造改革を進め、高炉を15基から10基に削減するとともに、粗鋼生産能力を年間5000万トンから4000万トンへ約20%縮小した。固定費削減や価格適正化などの取り組みによって、損益分岐点を約40%引き下げている。
2026年度以降は、これまでに整えた生産体制を活用し、新鋭設備の稼働開始や投資効果の最大化、高付加価値鋼材の供給拡大などによって国内事業の収益力を高める。一方、海外では米国、欧州、インド、タイを重点地域に位置付け、設備投資に加えて日本で培った製造技術や品質管理などのノウハウを展開する方針だ。
USスチールに約110億ドル投資、買収後の収益拡大をどう進める?
海外成長戦略の中心となるのが、2025年6月に買収を完了した米USスチールだ。日本製鉄は2028年末までに米国内で約110億ドルの投資を計画しており、生産設備の新鋭化や高級鋼の供給能力拡大を進める。統合報告書によると、2026年7月までに約37億ドルの投資を成案化し、工事に着手している。
主な案件として、ゲーリー製鉄所での熱延設備の増強や高炉改修、ビッグリバー製鉄所での直接還元鉄(DRI)製造設備の新設などが挙げられる。特にDRI製造設備には約18.8億ドルを投じ、原料コストの削減と製品品質の向上を図る。
設備投資と並行して進めるのが、日本製鉄が持つ製造技術や品質管理ノウハウの移転だ。USスチールでは、生産設備の新鋭化やコスト競争力の強化などに向けて66の課題を設定。操業面では、品質改善や生産性向上、燃料費・エネルギー効率の改善など、260項目の具体的な改善施策に取り組んでいる。
こうした改善活動を支えるため、日本製鉄は技術者などの派遣を買収当初の約50人から、短期派遣者を含む100人規模に拡大した。現地では、製造工程全体を通じた品質管理「Ikkan QC(一貫)」や、製造・販売部門が一体となって改善を進める「SEIHAN(製販)」など、日本製鉄が培ってきた手法を導入し、USスチールの従業員と協働して改善を進めている。
これらの設備投資と操業改善によって、収益力の向上を目指す。USスチールが2025年11月に公表した中長期計画では、2024年度と比較してEBITDA(利払い・税引き・減価償却前利益)を30億ドル改善する目標を掲げた。このうち25億ドルを設備投資効果、5億ドルを操業面のシナジーによって実現する計画だ。
USスチールは2025年度、事故や大寒波などの一過性要因もあり、実力ベースの事業利益が56億円の赤字となった。一方、日本製鉄は2026年8月の第1四半期決算発表で、USスチールの2026年度実力利益見通しを従来の1000億円以上から1800億円以上へ引き上げた。米国鋼材市況の改善に加え、シナジーの進展や高炉再稼働効果などによる収益改善を見込んでいる。
日本製鉄は2030年度に海外事業で5000億円以上の実力利益を目指しており、その過半をUSスチールが担う計画だ。
インド・タイでも事業を拡大、海外成長戦略の全体像
日本製鉄はUSスチールに加え、インドやタイでも事業基盤の拡大・強化を進めている。 インドでは、AM/NS Indiaを通じて、生産能力の増強と高付加価値鋼材の供給拡大を図る。 北西部グジャラート州のハジラ製鉄所では、薄板製造設備や鉄源・熱延設備の増強を進めており、粗鋼生産能力を2023年度の年間900万トンから1,500万トン規模に拡大する計画だ。
さらに、南東部のアンドラプラデシュ州ラジャヤペタでは、2026年3月に新たな一貫製鉄所の起工式を実施。第1期では年間約700万トンの粗鋼生産能力を想定し、計画期間内の商業生産開始を目指している。
一方、タイでは既存事業の収益改善に取り組む。日本製鉄グループは現地に約30社の事業会社を展開し、薄板市場では約30%のシェアを持つ。
現在の課題は、中国から流入する安価な輸入鋼材への対応だ。G/GJスチールでは、営業・冷鉄源調達におけるグループ内の連携強化や操業コストの削減、通商措置の活用などを通じて収益改善を進めている。
2026年4月には、本社に「タイプロジェクト」を発足させた。タイ国内のグループ事業を一元的に推進するための組織で、製造・販売など各社の機能を連携させ、中国からの輸入鋼材に対抗できるサプライチェーンの構築を目指す。
米国では大型設備投資と技術移転、インドでは需要拡大を見据えた生産能力の増強、タイでは中国からの輸入鋼材への対抗と収益改善など、地域ごとの事業環境に応じた戦略を展開している。
国内の収益力をどう高める? 6兆円投資を支える財務戦略
海外事業の拡大を進める一方、国内では生産設備の高度化や高付加価値鋼材の供給拡大によって収益力の強化を図る。
日本製鉄はこれまで、高炉の休止などを含む生産設備の構造対策を進めるとともに、名古屋製鉄所の次世代熱延設備や電磁鋼板の製造能力・品質向上に向けた設備投資を進めてきた。今後は新鋭設備の稼働と投資効果の最大化を進めるほか、製造拠点ごとの役割を明確にし、集中生産による生産効率の向上を図る。
また、国内の製鉄所は、高級鋼を効率的に生産する「マザーミル」としての役割も担う。国内で培った技術力や商品力を海外事業にも展開し、グループ全体の収益力向上につなげる方針だ。
一方、日本製鉄は総額約6兆円の成長投資を進めるにあたり、資本効率や財務健全性、株主還元とのバランスを重視している。
2030年度の財務目標として、ROE(自己資本利益率)10%程度、D/Eレシオ(負債資本比率)0.7程度、Debt/EBITDA倍率3.5倍以下を掲げる。投資判断では資本コストを基準に投資リターンを精査するとともに、政策保有株式の売却などによる資産圧縮も進め、計画期間内のフリーキャッシュフロー黒字化を目指す方針だ。




