2月に入り、税の分野では個人事業主などの所得税の確定申告時期を迎えました。2015年分の事業所得などを申告する今年の確定申告書では、まだ申告書にマイナンバーを記載する必要はないものの、来年になると事業主本人はもちろん、扶養親族などのマイナンバーを記載して申告書を作成する必要があります。
今回は、個人事業主のマイナンバー利用について、税および社会保険の分野のどのようなケースで必要となるのか、スケジュールもふくめて整理してみましょう。
すでに始まっている個人事業主のマイナンバー利用 「償却資産申告書」
1月末が提出期限(今年は2月1日が提出期限)の「償却資産申告書」については、この連載でも一度取り上げました。個人事業主で事業に使用している償却資産があれば、事業所のある市区町村に提出することになります。この「償却資産申告書」に今年から「個人番号又は法人番号」欄が設けられました。法人は法人番号を記載して提出すれば良いのですが、個人事業主の場合は自らのマイナンバーを記載した上で、提出に際しては本人確認資料(マイナンバーカードまたは通知カード+運転免許証)のコピーを添付しなければなりません。
所得税の申告を税理士に委託している個人事業主の場合は、この「償却資産申告書」の作成・提出も税理士に任せているケースが大半です。その場合、税理士が書面で提出することになると、代理権の確認資料・代理人の身元確認資料・個人事業主の番号確認資料を添付しなければなりません。多数の個人事業主から「償却資産申告書」の作成・提出を請け負う税理士は、書面で提出するとなると、個人事業主のマイナンバーを記載した書類を提出窓口まで持ち運ぶリスクを負うことになります。
「償却資産申告書」は地方税の提出書類になりますが、地方税の分野ではeLTAX(エルタックス)という電子申告の仕組みが整っており、個人事業主が自ら電子申告する場合は本人の電子証明書などにより本人確認を行うため、従来の通りの方法で電子申告することができます。「償却資産申告書」を税理士が電子申告する場合も、税理士の電子証明書や電子申告データに登録された個人事業主の利用者IDにより代理権などの確認が行われますので、従来の「償却資産申告書」の電子申告となんら変わらない方法で申告できます。
税理士に委託せずに「償却資産申告書」を作成・提出する個人事業主の場合は、自ら電子申告するのは電子証明書(従来であれば住基カード、これからはマイナンバーカード)取得やカードリーダーの購入・設定など、かなりハードルが高いため、書面での提出がメインとなっていると考えられます。これに対し、税理士がマイナンバーの取り扱いも委託された上で「償却資産申告書」を提出する場合は、リスクを軽減するためにも電子申告がメインとなっています。
ただし、実際に書面で提出する場合も、電子申告する場合も今年の「償却資産申告書」にどれだけきちんとマイナンバーが記載されて提出または電子申告されたのかは、実態が公表されないとわかりませんが、かなりの数でマイナンバーが記載されない「償却資産申告書」が提出されているのではないかと思われます。
すでに個人事業主からもマイナンバーを収集している税理士は、マイナンバーを記載して「償却資産申告書」を作成し電子申告しています。一方で、通知カード送付の遅れなどで、収集する機を逃してしまったような税理士は、「マイナンバーの記載がなくても受け付けないことはない」という市区町村の見解をうけて、マイナンバーを記載しないまま電子申告するケースもみられます。
実際に、東京都主税局のホームページにある「よくあるご質問」では、「マイナンバーの記載がなければ、申告書は受け付けてもらえないのですか」という質問に対し、「償却資産の申告が必要な方のすべてが、マイナンバーを把握しているとは限らないこと、また固定資産(償却資産)の評価額算出のための必須項目にも該当しないことから、マイナンバーの記載が無いことのみをもって、申告書を受け付けないということはありません」と回答しています。「償却資産申告書」は地方税分野の提出書類ですので、市区町村によって対応が異なるケースもありえますが、ほぼどの市区町村も同様の対応となっているようです。
「固定資産(償却資産)の評価額算出のための必須項目にも該当しないこと」からマイナンバーの記載がなくても良いのであれば、リスクを負ってまでマイナンバーを記載して提出することもないと考えるのはある意味当然といえます。「償却資産申告書」は事業者にかかわるマイナンバー利用の第一弾ともいうべきものなのですが、どれだけマイナンバーが記載されて提出されたのか、スムーズに提出業務が行われたのかなど実態があきらかになるのを注目したいと思います。
所得税の確定申告書 来年に備えて準備しておきたいこと
この2月から3月にかけては、個人の所得税確定申告の時期になります。年末調整を受けなかったサラリーマンや医療費控除のためにサラリーマンが申告するケースもありますが、個人事業主にとっては自らの事業所得を申告することになる一年の総決算の時期になります。
今年は2015年分の所得について申告するわけですからマイナンバーは不要ですが、2016年分の所得税の申告書では、[図1]のとおり、納税者となる個人事業主のほかに控除対象配偶者や扶養親族、事業専従者のマイナンバーが必要となります。
[図1]平成28年(2016年)分 所得税確定申告書B |
事業専従者は生計を一にする配偶者や家族ということになりますので、これらのマイナンバーを事業主が取得することは難しくはないでしょうが、扶養親族に別居している両親などがいる場合は、事業主の所得税の申告に扶養親族のマイナンバーが必要なことを伝え、通知カードなどマイナンバーが分かる書類を大事に保管しておき、必要な時期には通知カードのコピーなどでマイナンバーを取得できるように備えておく必要があります。
所得税の確定申告を税理士に委託している場合は、これらのマイナンバーを税理士に提供することになりますので、提供時期をいつにするかなど税理士と相談し、確実に必要なマイナンバーを提供できるようにしておかなければなりません。
税の分野、社会保障の分野 個人事業主のマイナンバーが必要な手続き
個人が事業をしていくうえでは、税の分野でも社会保障の分野でもさまざまな手続きがあります。これらには、事業主として自らの事業について税の分野で行うさまざまな申請・届出と、従業員を雇用することによって必要となる税および社会保障分野の申請・届出があります。
税の分野で必要な申請・届出 2016年度の税制改正で大幅に見直し
以前にもお知らせしましたが、2016年度の税制改正大綱で「マイナンバー記載の対象書類の見直し」が掲げられ、その後財務省が国税分野の「マイナンバーの記載を省略する書類の一覧(案)」を公表しました。
これによると「所得税の青色申告承認申請書」、「青色事業専従者給与に関する届出」など所得税に関する申請・届出書類や、「消費税簡易課税制度選択届出書」など消費税に関する申請・届出書類など、個人事業主が事業について税の分野で行うことになる申請・届出のほとんどの書類で、マイナンバーの記載が不要になる予定です。ただしこれらの書類では、すでに個人番号欄を新設した書式が用意されおり、記載不要となる適用時期は2017年1月1日からとなっていますので、それまではこれらの書類でもマイナンバーを記載することが原則ということになります。しかし、もともと事業主の負担軽減を趣旨として行われる改正ですので、適用時期以前であっても、マイナンバーを記載せずにこれらの申請・届出を行っても、あらためてマイナンバーの記載がもとめられることなく提出できるようです。そして、地方税分野でも同様の見直しが行われています。
これらの見直しにより、所得に直接・間接関係する書類以外は、ほぼマイナンバーの記載が不要となりますので、その分は個人事業主や個人事業主の委託を受ける税理士がマイナンバーを取り扱ううえで大きく負担を軽減できることになります。
なお、先に見た所得税確定申告書や、従業員を雇用している場合に作成しなければならない源泉徴収票など法定調書や給与支払報告書には源泉徴収義務者として事業主のマイナンバーを記載しなければなりません。これらの書類にマイナンバーの記載が必要となるのは、いずれも2016年分の所得からとなりますので、来年1月以降ということになります。
また、事業用の不動産の賃貸をしている個人事業主の場合や、講演や原稿執筆などで収入を得ている個人事業主の場合は、不動産の使用料や講演料、原稿の執筆料などの支払元となる企業などから、支払調書作成のためにマイナンバーの提供を求められるケースがあります。実際にこれらの支払調書にマイナンバーの記載が必要となるのは来年1月以降のことですが、それまでにはマイナンバーの提供が求められることになることも留意しておく必要があります。
社会保障分野で個人事業主のマイナンバーが必要な書類はない?
社会保障分野でマイナンバーが今年の1月から必要なのは雇用保険関係の書類ですが、事業主として提出する書類としては「雇用保険適用事業所設置届・廃止届」があります。これらの書類には、今年1月以降法人番号欄が設けられ法人が届け出る場合は法人番号を記載する必要がありますが、個人事業主の場合法人番号欄は空欄で提出することとされています。したがって、従業員を雇用している個人事業主の場合でも、税の分野とは異なり、いまのところ、マイナンバーを記載しなければならない書類はありません。
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今回は個人事業主のマイナンバーの利用について現状を整理してみました。 個人事業主は個人として事業を行っていく限り、特に税の分野におけるマイナンバーの利用からは免れません。マイナンバーがどのような書類でいつ必要になるのか再確認し、自らのマイナンバーはもちろんですが、扶養親族も含めたマイナンバーをきちんと管理できるように準備しておきましょう。
著者略歴
中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。