近年深刻化する人手不足への対応策として、多くの日本企業がAIをはじめとするデジタル技術の導入を進めています。一方で、トゥモロー・ネットが実施した調査によると、AIサービスについて「プロンプトの書き方が難しい」「使い方が分からない」といった現場の声も浮き彫りになりました。今回は、これまでのAIサービスにおける課題点と、調査から見えてきた「現場が求めるAIサービスの条件」について解説します。

AI導入は進むも、現場での定着には課題が

筆者が所属するトゥモロー・ネットは企業向けにAIサービスを提供していますが、商談の場で「AIやDX(デジタルトランスフォーメーション)は今やらなければいけない」という声を聞く一方、実際の導入や定着はまだ進んでいない印象を受けます。アンケート調査の結果でも、同様の傾向が見られました。

「DXの推進状況を教えてください」という質問に対し、全社および部門単位を合わせると、DXやAIの導入意欲は非常に高く、9割以上の組織が予算を確保していました。一方で、「業務で十分に使いこなせている」と答えた組織はわずか半数にとどまりました。

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    DXの取り組み状況(資料:トゥモロー・ネット)

AIサービスの利用における課題としては、「期待したアウトプットが得られない」「トラブル時の対応に困る」といった声が上位を占めています。また、利用者だけでなく運用を担う情報システム部門からも、「社内で使いこなせない」や「セキュリティ・情報漏洩が不安」といった課題が挙がっています。

AIから生成AI、そしてAIエージェントへ

AIと呼ばれるサービスは、決して新しいものではありません。例えば、コールセンターの人材不足対策として導入が進んだチャットボットもその一つです。従来のルールベース型のチャットボットは、質問と回答の組み合わせをデータベースとして保持しています。一致する質問には正確に答えられますが、想定外の質問には対応できず、機械的で不自然な印象を与える場面も少なくありませんでした。

その後、ChatGPTの登場によって注目を集めたのが生成AIです。生成AIは、LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)によって入力文を処理し、自然な回答を生成します。これにより、事前に登録されていない質問にも答えられるようになり、AIとの対話が格段に自然で柔軟になりました。

しかし、企業の業務は単純な質問と応答の連続ではありません。「顧客データを整理し、提案資料を作成し、上長に共有する」といったように、複数の工程が連動して最終的に目的を達成する構造になっています。

こうした一連のプロセスを生成AIに任せる場合、現状では「データをまとめて」「要約して」「文書にして」「メール文を作って」といった複数の指示(プロンプト)を段階的に入力しなければなりません。つまり、生成AIは「単一のタスク」には強いものの、「業務全体の流れ」を自律的に完結させることはまだ難しいのです。

この「AIを動かすための手間」こそ、現場での利用を妨げる要因の一つです。「プロンプトの書き方を学ばなければならない」「AIに正しく伝えなければならない」など、ユーザーの負担感が課題です。

そこで、ユーザーが「目的を伝えるだけで業務が進む」仕組みとして注目されているのが、AIエージェントです。AIエージェントを活用すれば、ユーザーは目的をAIに伝えるだけでAIが複数のタスクを自動的に実行し、業務を進められるようになります。

AIエージェントの仕組み

AIエージェントとは、人が設定した目的やルールに基づいて複数のAI技術やデータを連携させ、最適なタスクを自動的に実行する仕組みです。人間が細かい指示を出さなくても、あらかじめ定義された範囲内でAIが状況を判断し、処理を進めます。いわば人間の意思を補完しながら業務を進める「支援型AI」といえるでしょう。

AIエージェントの処理は次の3ステップで構成されます。
認識:自然言語処理や画像認識などを通じてユーザーの意図を理解
判断:得られた情報をもとに、最適な行動や手順を選択
実行:選択したタスクを自動的に処理し、結果を出力

AIはこの3ステップを継続的に繰り返すことで、人の意図に沿った業務を遂行しながら、結果の精度を高めていきます。AIエージェントは単に「質問に答えるAI」ではなく、人とAIが協調して仕事を進めるための仕組みなのです。

現場が使いやすいAIサービスとは

調査結果でも明らかになったように、現場が感じる課題は「AIをうまく使いこなせないこと」にあります。この壁を超えるためには、ユーザーにプロンプトなどのスキルを求めるのではなく、AIそのものを「使いやすく設計する」ことが必要です。そのためのポイントは2つあります。

1.データの充実と文脈理解の仕組みづくり

生成AIは汎用的な知識を広く学習しているため、「何でも知っているけれど、誰でもない」存在です。現場で成果を出すには、企業独自の社内データやFAQを組み込み、AIが正しい文脈で理解・回答できるようにすることが欠かせません。

これを実現する技術がRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)と呼ばれる技術で、AIが必要な情報を適切に参照しながら応答を生成できるようになります。

2.AIのロール設計とシステムプロンプトの定義

「あなたは○○の専門家です」といったロール(役割)設定をAI側に設定しておくことで、回答の一貫性や精度を高められます。こうしたルールや方針(システムプロンプト)は、事前にAIベンダーや開発チームが設定しておくべき要素であり、ユーザー自身が都度プロンプトを工夫する必要はありません。

このように、ユーザーが目的を入力するだけで、AIが最適な処理を実行してくれる環境が重要です。つまり、AIの品質を支えるのは「ユーザーの操作力」ではなく、「AI構築・運用側の工夫」なのです。

「現場で使えるAI」に必要なのは技術より設計思想

AIは人を置き換えるためのものではなく、人がより創造的に働くためのパートナーです。どんなに高度な技術であっても、使う人が迷ったり、負担を感じたりするようであれば、本当の意味でのAI活用とは言えません。だからこそ、現場に根付くAIサービスには「人を中心に設計された使いやすさ」が欠かせないのです。人に優しい設計のAIこそ、AIの真の価値を発揮するのです。

こうしたAIエージェントの仕組みを現場で本当に生かすためには、単に技術を導入するだけでなく、使う人の立場に立った設計が欠かせません。次回からは、現場で使いやすいAIサービスを実現するための具体的なポイントを見ていきましょう。