前回、「携帯電話というインフラの設置・維持を通じた民心掌握」という話を取り上げた。しかし現実問題としては、インフラの設置以前に、まず地元住民とコミュニケーションをとれないことには始まらない。

翻訳・通訳業務が大事

たとえばアメリカ軍が世界の各地に出て行って任務に就く場合、任地の住民は必ずしも「英語が通じる相手」ばかりとは限らない。

実際、2001年に「不朽の自由」作戦(OEF : Operation Enduring Freedom)をアフガニスタンで開始した際には、現地で使われているパシュトゥン語の専門家がいなくて苦労したらしい。地元住民とコミュニケーションをとる場面だけでなく、通信傍受によって敵の動向を知る場面でも、言葉というのは障壁になり得る。

米軍ではカリフォルニア州モントレーにDLI(Defense Language Institute)という語学教育部門を置いているし、陸軍の特殊作戦部隊みたいに「任地に合わせた現地語の学習が必須」とされている職種まである。とはいえ、平時に「出番がありそう」と考えた言語が教育の対象になるわけだから、いざ本番の任務となったときに、想定外の言語を操る羽目になっても不思議はない。

そうなると内輪で人材を養成していたのでは間に合わないので、通訳や翻訳を担当する人材を外部に求めたり、現地で雇ったりということになる。実際、米国防総省が公表している調達・契約情報の中にも、通訳や翻訳に関わるものが散見される。

たとえば、2010年5月にMission Essential Personnel (オハイオ州コロンバス所在)という会社が米陸軍から、アフガニスタンなどで行う通訳・翻訳業務を6億7900万ドル(!)で受注した。地元住民とのコミュニケーションや、情報収集、他国の部隊との相互協力が目的だとしている。

このほか、2011年9月にはAll World Language Consultants Inc.(メリーランド州ロックヴィル所在)という会社が、アラビア語の通訳/言語専門家派遣に関する契約を681万5361ドルで受注した。こちらは尋問や翻訳を担当するとの説明付きだった。

手元のデータから拾い出したところでは、米特殊作戦軍団(USSOCOM : US Special Operations Command)も通訳・翻訳がらみの契約を行っている。もともと言語の達人が多いとされる部門ではあるが、それでもリソースが足りなかったようだ。

ただ、通訳を雇うといっても、なり手がいないことには始まらない。場合によっては、「米軍に協力するとは怪しからん」といって通訳が命を狙われることもある。それに、なり手がいたとしても、どの程度のスキルを備えているかという問題もある。やってみたら使い物になりませんでした、ではシャレにならない。

そこで、通訳がいなければジェスチャーで… というのは誰しも考えるところだ。ところが実際には、たとえば検問所でクルマを止めさせたときに、ジェスチャーで「クルマを降りろ」「トランクを開けろ」などと指示しても、往々にしてうまく行かないのだそうである。

機械翻訳技術の開発に乗り出した米軍

そこで出てきたのが、おなじみ、国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)。ソフトウェアによる自動翻訳を開発して役立ててもらおうではないか、というわけだ。

たとえば、GALE(Global Autonomous Language Exploitation)というプログラムがある。これは、さまざまな言語の会話や文字について、筆記・翻訳・解釈を90%以上の精度で実現できるソフトウェアを開発する案件だ。狙いは、外国語の情報を迅速に活用するところにあり、まずはアラビア語・中国語のニュース記事や放送を英語にするところから手をつけるとしていた。受注したのはレイセオン社傘下のBBNテクノロジーズ社で、契約額は1700万ドル。2010年6月のことだ。

そのBBNテクノロジーズ社は翌月、別件でMADCAT(Multilingual Automatic Document Classification, Analysis and Translation)計画の継続契約を614万ドルで受注した。それより2年前から作業を進めていたものだ。

MADCATも発注元はDARPA。信頼できる情報源として活用する目的で、人手を必要としない自動翻訳システムのプロトタイプを開発する案件だとされている。具体的には、道路標識、写真、手書きメモなどの外国語を翻訳して、作戦行動の発起に活用する、との説明だった。

同社はこのほか2011年10月に、外国語の翻訳技術を開発する、Broad Operational Language Technology Programという案件の契約を844万8523ドルで受注しているが、これもDARPAが発注元。契約は現時点でも進行中で、作業対象分野は以下の通りとなっている。

  • Activity A, : Genre-Independent Translation and Information Retrieval System
  • Activity B : Human-Machine Communication System
  • Activity C : Human-Human Dialogue System
  • Activity D : Arabic Dialect Components

人と機械、あるいは人と人のコミュニケーションにも踏み込んで研究を進めているようである。

軍用翻訳ツールの分野にNISTも参入

DARPAだけでなく、NIST(National Institute of Standards and Technology)もこの分野に進出している。話が出てきたのは2010年のことで、計画名称はTRANSTAC(spoken language communication and TRANSlation system for TACtical use)。

TRANSTACが企図しているのは、スマートフォンを利用して英語をパシュトゥン語に翻訳するデバイスの実現で、DARPAと組んで作業を実施している。その際、パシュトゥン語に加えてダリ語も対象とした。

ハード面では、まずマイクロホンと携帯式PCの組み合わせを使い、その後に登場した改良型では双方向にリアルタイムで音声の翻訳を行えるようになった。Text-to-speech technologyといって、口頭で喋った内容を別の言語のテキストに翻訳・出力することもできるとの説明だ。

評価試験では、海外派遣任務を経験した軍人から協力を得て、検問、重要情報告知、施設検査、医療診断、軍事訓練などのシナリオを設定しという。2011年にはアフガニスタンで、TRANSTAC計画の下で開発したソフトウェアをスマートフォンに組み込み、米陸軍・第101空挺師団(航空強襲)・第 4 旅団戦闘団の兵士が実地にテストした。

スマートフォンを使うと、パソコンよりも携帯性に優れる利点があるが、それだけではないという。もともと通話ができるデバイスだから、会話を録音することもできる利点があるのだそうだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。