前回、「しめくくりとして」と書いてしまったが、よくよく考えると抽象的な話が多く、具体的な話が多くなかった。これではちょっと理解が難しかったかも知れない。そのことと、何気なく使ってきていた「ミッション」という言葉の定義。その辺の話について、蛇足として1回を加えることにした。「軍事とIT」という話ではなくなってしまうのだが。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
「任務」「目標」「目的」「使命」
作戦要務の分野では、「任務」「目標」「目的」「使命」という言葉が頻出するが、それぞれちゃんと定義がある。一つ具体例を挙げて考えてみよう。
第二次世界大戦中に、敵国の航空機工場を爆撃機で叩く場面が多発した。航空戦力がなければ戦場で勝ち残ることができない。いいかえれば、敵国の航空戦力を減殺することで勝利を引き寄せられる。そんな考えによる。
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米英両国は1943年に、”Operation Argument” (別名 “Big Week”)と題して、ドイツの航空機工場を狙った爆撃を集中的に実施した。黒い綿状のものがたくさん見えるのは、炸裂した高射砲弾 写真 : USAF
爆撃機を飛ばして、実際に爆弾を敵国の航空機工場に投下するのは、爆撃機の部隊である。米陸軍航空軍を例にとると、欧州戦線の第8航空軍や、太平洋戦線の第21航空軍が知られている。いずれも、麾下に複数の爆撃群(BG)、その下に複数の爆撃飛行隊(BS)を擁していた。
これらの部隊の立場から見ると、敵国の航空機工場は「物的目標」である。そこの上空に爆撃機を飛ばして爆弾を精確に投下して、できるだけ多くの爆撃機と搭乗員を基地に連れ戻ってくることが、爆撃機部隊の指揮官が達成すべき責務となる。すなわち、爆撃機部隊にとっての任務(task)である。
ただし、物理的な意味での目標は「航空機工場」だが、作戦要務における目標は物的目標だけではない。任務に対する所望結果も目標という。航空機工場の爆撃であれば、爆弾を投下するのは任務だが、落とした爆弾が敵国の航空機工場を破壊するのが、所望結果すなわち目標となる。
つまり、物的な目標は「target」、作戦要務上の目標は「objective」と考えれば、分かりやすいかもしれない。
ここまでは現場の爆撃機部隊の話だが、その上に立つ上級司令部の立場から見るとどうか。
そもそも、航空機工場を爆撃によって破壊するのは、先にも書いたように、航空機の生産能力を落として、敵国の航空戦力を補充・増強できないようにするためだ。これがすなわち、目的(goal)である。爆撃というひとつの行為でも、立場が変われば意味が変わる。
そして使命(mission)は、目的と任務を合わせたものだと説明される。いま書いている例でいえば、「敵国の航空機工場を爆撃によって破壊して、航空機生産能力を落とす」ことがすなわち、爆撃機部隊に課せられた使命ということになる。
爆撃目標を変えてみる
敵国の航空機生産能力を落とすために、何度も航空機工場の爆撃が行われた。これを、さらに上の立場から見ると、敵国の航空戦力を減殺することは、戦争に勝つという最終目的を達成する手段の一つということになる。
ところが、これが意外と難しい。米英軍の爆撃機がドイツの航空機工場をせっせと爆撃したのに、ドイツの航空機生産が最大の生産数を記録したのは1944年の話なのだ。それでは、爆撃の効果が上がっていなかったんじゃないか、といわれかねない。
その1944年5月頃から多用されるようになった新手の作戦が、石油施設に対する爆撃だった。飛行機が何万機あっても、燃料がなければ飛べないから戦力にならない。どんなにカタログ性能がいい軍用機でも、地上に張り付いていたのでは置物に過ぎない。
つまり、航空機工場ではなく石油施設に対する爆撃でも、「ドイツ空軍の航空機が空中にいない」状況を作り出せる。
それに、燃料が不足すればパイロットの養成に支障を来す。実際に飛行機を操縦して空を飛ばなければ、操縦の訓練も戦技の訓練もできない。そこで燃料が足りないと、訓練不十分のパイロットが戦地に出ることになる。それでは簡単に撃ち落とされてしまうから、これもまた、「ドイツ空軍の航空機が空中にいない」状況を作り出せる。
使命を実現する方法はいろいろ
戦争をするからには勝たなければならない。勝てば官軍である。そこで国家の指導者は「勝利条件」(エンド・ステートと言い換えてもいい)を定めなければならない。それを武力によって達成する方法を考えるのは、軍の首脳部の仕事となる。
「勝利条件を武力によって達成する方法」を考える過程で、「これは実現しておかなければならない」という物事が出てくる。先の例で挙げた「敵の航空戦力をつぶす」は、その一例。国家にとっての勝利条件を実現するための、軍に課せられた使命の一つというわけだ。
ところが、これを達成する方法は一つではない。敵機を空中で撃ち落とす、敵機が地上にいるところを破壊する、敵機の拠点となる飛行場を使用不可能にする、etc, etc。
また、地上で破壊するのに航空攻撃によるとは限らない。第二次世界大戦中の北アフリカ戦線では、英陸軍の特殊作戦部隊が敵地に忍び込んで、飛行場に駐機しているドイツ空軍機を壊して回った。
減耗した敵機の補充を妨げたい、高性能の新型機が戦場に出てくるのを邪魔したい、と考えると、先に挙げた航空機工場の破壊という話が出てくる。注意しなければならないのは、破壊はあくまで手段ということ。所望結果は生産を止めることだ。
そこでは、工場の敷地内にどれだけ着弾させたか、だけでなく、大事なポイントにどれだけ着弾させたかが問題になる。壊されたら代わりがきかない貴重な生産設備や工作機械をつぶせば、同じ一発でも、その意味は大きい。鯉を飼っている池に着弾しても、生産の阻害にならない。
だったら破壊工作をやって貴重な生産設備や工作機械をつぶしても、結果は同じじゃないか? という意見が出てくるかもしれない。実現可能性は別として。 そのときどきの状況、彼我の力関係、利用可能な資産といった制約要因があるから、「我の行動方針」を定める際に、使える選択肢と使えない選択肢が出てくる。もちろん、使えない選択肢は捨てる。極端な話、核兵器を持っていない国に核攻撃という選択肢はない。
最善の資産を最善の方法で投入する
では、使命を達成する過程で、どの方法が最も有効か。どの方法が最も少ないコスト(経費だけでなく損失も含む)で済むか。それを追求するのに、いちいち実際にやって結果を見るのでは、時間も経費もかかる。その挙句にうまくいきませんでした、では国の存亡にかかわりかねない。
そこでミッション・エンジニアリングの出番となる。モデリングやシミュレーションのツールを活用して、例えば、敵国の航空機生産を阻害するための多種多様な手法を試す。そして、有望そうな選択肢を拾い上げて、実際の作戦行動に移る。
単に「どんな資産を投入する」だけでなく、「何を、どういう順番で、どういうタイミングで、何に対して指向するか」まで含めて、みんな可変要素である。その可変要素をいろいろ変えてはシミュレーションを走らせて、最善解を追求するわけである。
そこで重要なのは、単に敵機を撃ち落とすとか敵艦を撃沈するとかいう「物的目標」の話にとらわれず、「最終的に達成しなければならないこと」を明確化して、常に念頭に置くこと。
それを忘れると、「作戦目的は達成できなかったけど、敵艦をたくさん撃沈したのでヨシ!!」とかいう頓珍漢なことが起きる。実際にあったことである。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。
