第569回で、「ミッション・エンジニアリングとはなんぞや」という話を書いた。それより先、第556回と第557回では、モデルベースのシステム工学(MBSE : Model-Based System Engineering)についても書いた。まだ日本の防衛産業界では、ミッション・エンジニアリングやMBSEに関する理解あるいは導入が進んでいない、との指摘も聞かれる。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
アンシス・ジャパンが6月25日に都内で、防衛産業向けのDXに関するセミナーを開催した。そこで聞き込んできた話と、昨今の業界の動向に関する話を交えて、ミッション・エンジニアリングやデジタル・エンジニアリング、関連する話題としてのMBSEの必要性について考えてみる。
新兵器が出れば対抗策が出る
2022年にロシアがウクライナに侵攻してから程なくして、業界のみならず、一般の口にまで名前が上るようになった装備体系で「バイラクタルTB2無人機」や「ジャベリン対戦車ミサイル」があった。
では、現在はどうか?
3年前には、「ウクライナでバイラクタルTB2が大活躍している、日本も買うべきだ」みたいなことをいう人がいたけれども、今、その人達は何をしているのだろうか。そもそも、「あっちで活躍してるからうちでも買おう」では、流行のお洋服を買いに走るのと変わらない。
侵攻が勃発した当初にTB2が活躍したのは事実。しかし、ロシア側が叩かれっぱなしで納得するはずもなく、対抗策を案出して試すフェーズが来る。それがうまく行けば、TB2は当初の威力を発揮できなくなる。
これに限らず、新手の武器体系が登場して活躍すれば、相手側も対抗手段を開発するのが世の常だ。結果的にスカに終わることもあるにしても、少なくとも、対抗手段を開発する取り組みはなされるものである。
その対抗手段が有効に機能すれば、有用性を失うことになるわけだから、今度は「いかにして対抗手段を打ち破るか、無力化するか」という話が出てくる。武器の歴史とはすなわち、こうしたシーソーゲームを繰り返してきた歴史でもある。
第二次世界大戦中のイギリスとドイツの電子戦
昔から似たような話はある。といっても時代を遡りすぎるとピンと来なくなりそうだが、比較的現代に近いところで、第二次世界大戦中にイギリスとドイツの間で戦われた電子戦は典型例といえる。
ドイツ軍が、夜間に爆撃機を正確に目標に導こうとして電波による誘導装置を配備したら、イギリス軍は妨害電波を出した。攻守ところを変えてイギリス軍がドイツに夜間爆撃を仕掛けるようになったときにも、同じことが起きた。
ドイツ軍はイギリス軍の爆撃機を迎撃するために、地上だけでなく夜間戦闘機にもレーダーを搭載した。そこでイギリス軍は、チャフを撒いたり妨害装置を配備したりして対抗した。
イギリス軍の爆撃機が、夜間戦闘機の接近を知るために後方警戒レーダーを搭載したら、ドイツ軍の夜間戦闘機は後方警戒レーダーの電波を逆探知して発信源の方位を知らせる受信機を搭載した。そのためイギリス軍は、後方警戒レーダーの使用を取りやめる羽目になった。
みんな「新兵器」と「対抗策」によるいたちごっこである。
いたちごっこのペースが速まる時代
国の存亡がかかっている戦時中は当然ながら、こうしたいたちごっこのピッチは速まる。いま現在、ウクライナとロシアの間で起きていることがこれである。
しかし平時でも、こうしたいたちごっこのペースは早まってきているのではないか。技術革新がどんどん進んでいるというだけでなく、既存の民生品、いわゆるCOTS(Commercial Off-The-Shelf)品でもアイデア次第で役に立つ。
つまり「役に立つ技術やモノを開発する」だけでなく「役に立つ技術やモノを見つけて、それをどう活用するかを考える」という話でもある。それは「ゲームのルールを考える」という話であるし、それを実現する技術や製品こそが「ゲームチェンジャー」となる。
「目新しい」「画期的」「大幅な性能向上」というだけで手当たり次第に「ゲームチェンジャー」と呼ぶのは、単なるゲームチェンジャーの大安売りでしかない。
そういう状況下では、官民ともにこれまで以上の機敏さ・柔軟さが求められる。新しい装備を開発・配備したから、当面はそれで安泰……ではない。常にフィードバックと改良のループを回し続けなければならない。
なんだったら、「時間をかけて百点満点の装備を開発・配備する」ことよりも「80%の出来でもいいから、早く開発・配備した上で改良のループを回す」ことが求められる場面もあり得よう。ことに、成熟していない、新興・発展途上の分野はそうだ。まだ誰も正解を知らないのだから。
ところが、昨今のウェポン・システムは複数のサブシステムを組み合わせて構成する、いわゆるSoS(System of Systems)であるから、さまざまな構成要素の相互関係、相互間の影響について正しく理解する必要がある。そうしないと迅速な開発は覚束ない。それだからこそMBSEが重要になるという話は、以前に具体例を交えて書いた。
といったところまでで結構な分量になってしまったので、本題となる続きのパートは次回に回すこととしたい。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。